第50章:聖夜の編み物、それは執念という名の愛
12月に入り、街はクリスマスムード一色に染まっていた。
だが、受験生を抱える我が家には、そんな浮かれた空気は微塵もない。
「……瑠奈。顔色が悪いですよ」
朝の食卓。
詩織さんが心配そうに(もちろん敬語と小言セットで)指摘した通り、瑠奈の目の下には濃いクマができていた。
「……ん。大丈夫。ちょっと夜更かししただけ」
「勉強も大事ですが、体調管理も受験の一部です。風邪でも引いたら元も子もありませんよ」
「分かってるってば……」
瑠奈はあくびを噛み殺しながら、トーストを齧る。
俺も心配になって声をかけた。
「無理するなよ。夜食なら俺が作るから、ちゃんと言え」
「……ん。ありがと、パパ」
瑠奈は力なく微笑んだが、その指先には無数の絆創膏が貼られていた。
ペンだこにしては場所がおかしい。指先や指の腹だ。
俺は少し違和感を覚えたが、受験勉強のストレスで爪でも噛んでいるのかと、その時は軽く考えていた。
***
しかし、その違和感の正体は、数日後の深夜に判明した。
午前2時。
ふと目が覚めた俺は、廊下から漏れる微かな光に気づいた。
瑠奈の部屋だ。
まだ勉強しているのか? さすがに根詰めすぎだ。
俺は注意しようと、音を立てずにドアに近づき、少しだけ開いた隙間から中を覗いた。
「…………ッ、……ッ、……」
そこには、鬼気迫る形相で机に向かう瑠奈の姿があった。
だが、彼女の手にあるのは参考書でもシャープペンでもない。
**赤と黒の毛糸。そして銀色に光る二本の棒。**
カチャ、カチャ、カチャ、カチャ……。
目にも止まらぬ高速の編み物だった。
彼女はブツブツと何かを呟きながら、一心不乱に編み棒を動かしている。
「……合格する。……合格して、これを巻かせる。……絶対、アタシのものにする……」
ヒィッ……!
俺は思わず息を呑んだ。
それは「彼氏へのプレゼント作り❤」という可愛らしい光景ではない。
まるで藁人形に釘を打つかのような、あるいは、凄まじい**「念」**が込められた作業だった。
指先の絆創膏は、編み棒が擦れてできた傷だったのだ。
(……受験勉強はどうした!? いや、あれが彼女なりの精神統一なのか……?)
俺は恐怖と感動の入り混じった複雑な心境で、そっとドアを閉めた。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
***
そして迎えた12月24日。
今年は受験生への配慮から、派手なパーティーはなし。
ささやかなケーキとチキンだけの夕食を終えた後、その時はやってきた。
「……はい、聖次」
瑠奈が背中から、紙袋を取り出した。
ズシリ、と重い音がテーブルに響く。
「……なんだ、これ」
「クリスマスプレゼント。……開けてみて」
俺がおそるおそる袋を開けると、中から出てきたのは――
**マフラーだった。**
**ただし、長さが3メートルくらいありそうな、超ロング・極太マフラーが。**
「……す、すごいボリュームだな」
「……うん。寒がりだから、絶対寒くないように、隙間なく編んだ」
瑠奈の目は少し充血していた。
睡眠時間を削り、偏差値を上げる時間を削り、命を削って編み上げられた「強力な呪いを帯びた物品」……もとい、愛の結晶。
色は赤と黒のメランジ。遠目に見ると、血管が脈打っているようにも見える(失礼)。
「……編み目、すげぇ綺麗だ。……ありがとう、瑠奈」
俺が首に巻いてみると、当然ながらグルグル巻きになり、顔の半分が埋もれた。
温かい。いや、熱い。
物理的な保温性以上に、込められた想いの熱量が俺の首を締め……いや、温めてくれる。
「……似合うじゃん」
瑠奈が満足そうに笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺の中の恐怖心は消え失せ、ただただ愛おしさだけがこみ上げてきた。
こんなになるまで、俺のために。
「……受験勉強もこれくらいの集中力でやれれば、E判定なんてすぐひっくり返せますね」
横から詩織さんが、呆れたように、けれど優しく微笑んで言った。
「……うるさい。これは精神安定剤なの」
「はいはい。……でも、無理はしないでくださいね。指、ボロボロですよ」
詩織さんが瑠奈の手を取り、新しい絆創膏を貼ってやる。
遥さんも「あらあら、愛が重いわねぇ〜♪(物理的に)」とニコニコしている。
俺はこの「重すぎるマフラー」を、一生大事にしようと心に誓った。
たとえ、春になって首元が汗だくになろうとも。
「……絶対、合格するから。……このマフラーつけて、デートするから」
瑠奈が俺の耳元で囁く。
その声は、編み棒の音のようにカチャリと、俺の心の鍵穴を回した気がした。
(続く)




