第48章:文化祭本番、スポットライトと「公認」の口づけ
文化祭当日。
体育館のステージ裏は、本番直前のピリピリとした緊張感……ではなく、異様な熱気に包まれていた。
「いいか聖次、瑠奈ちゃん! お前らはただ、その溢れ出るパッションをぶつければいい!」
「照明係、タイミング合わせろよ! クライマックスの『アレ』で失敗したら承知しないからね!」
総監督・達也と、演出補佐・美咲が飛び回っている。
俺は重厚な衣装のマントを直しつつ、胃の痛みを堪えていた。
「……なぁ達也。クライマックスの『アレ』ってなんだ。台本には『抱擁』としか書いてなかったぞ」
「ん〜? ああ、現場のノリで変えるかもな! 役者のテンション次第だ!」
達也がニヤリと笑う。
完全に何か企んでいる顔だ。
隣では、純白のドレスに身を包んだ瑠奈が、深呼吸を繰り返している。
緊張しているのかと思いきや、その目は爛々と輝き、獲物を前にした肉食獣のようだった。
「……やるからには、伝説作るよ。聖次」
「お手柔らかに頼むぞ……」
ブザーが鳴る。
開演のアナウンス。
俺たちは、光の射す舞台へと踏み出した。
***
劇の内容は、達也による『ロミオとジュリエット』の超解釈版だった。
家柄の対立に加え、「血の繋がらない兄妹(という設定)」という禁断要素まで盛り込まれている。達也の奴、どこまで俺の現状(義理の親子)を擦れば気が済むんだ。
だが、観客の反応は上々だった。
俺と瑠奈が舞台上で見つめ合い、セリフを交わすたびに、客席(特に女子)から「キャーッ!」「尊い……!」という悲鳴のような歓声が上がる。
「『……ロミオ。この壁を越えることは、罪なのでしょうか』」
「『罪ではない。愛だ。……誰が何を言おうと、僕はこの手を離さない』」
俺が瑠奈の手を取り、跪く。
瑠奈の指先が熱い。
彼女の瞳が、潤んで俺を見つめている。
……演技だ。これは演技だ。俺は自分に言い聞かせる。
だが、瑠奈の瞳にある感情は、台本に書かれた文字以上の熱量を帯びていた。
そして、物語はクライマックスへ。
舞台中央。スポットライトが二人だけを照らす。
「『……もう、離れない。誰にも渡さない』」
瑠奈が一歩踏み出し、俺の胸に飛び込んでくる。
俺は彼女をしっかりと受け止めた。
会場のボルテージが最高潮に達する。
その時だ。
袖にいる達也が、カンペ(スケッチブック)を高々と掲げた。
**『キスしろ!!!(フリでOK)』**
(……ッ!? フリでOKって、お前ぇぇぇ!)
俺が凍りついていると、腕の中の瑠奈が、俺の背中に回した手に力を込めた。
彼女はカンペを見ていない。いや、見て見ぬふりをしているのか。
彼女が顔を上げる。
その顔は、至近距離まで迫っていた。
「……聖次」
マイクに入らない小声で、彼女が囁く。
「……『フリ』でいいの?」
挑発的な瞳。
彼女はつま先立ちになり、唇を寄せてくる。
逃げ場はない。ここで拒めば舞台は台無しだ。
俺は覚悟を決め――
(……角度だ! 客席から見えない角度で、親指を唇に当てて……!)
俺は「舞台上のキス(フリ)」の技術を使おうとした。
俺の手が彼女の頬に触れ、親指で彼女の唇をガードしようとする。
だが。
瑠奈はその親指ごと、俺の顔を引き寄せた。
「……んッ」
触れた。
唇ではない。
俺の親指の上から、彼女の柔らかい感触と、熱い吐息が押し当てられたのだ。
しかし、客席からは完全に「唇が重なった」ようにしか見えない角度。
「キャアアアアアアアッ!!!」
「し、したァァァーーッ!!」
「マジかよぉぉぉッ!!」
体育館が揺れるほどの絶叫。
達也がガッツポーズをし、照明係に合図を送る。
フッ、と照明が落ち、舞台は暗転した。
***
暗闇の中。
まだ心臓が早鐘を打っている俺の胸元で、瑠奈がクスクスと笑った。
「……ビビりすぎ。……指越しだよ」
「お、お前……! 心臓止まるかと思ったぞ!」
「……本番は、合格してからって言ったでしょ?」
彼女は俺から離れると、暗闇の中で俺の手をギュッと握った。
「……でも。これで既成事実は完成ね。……みんな、見ちゃったもん」
明かりが点き、カーテンコール。
割れんばかりの拍手の中、俺たちは手を繋いで一礼した。
客席の最前列で、達也と美咲が涙を流して抱き合っているのが見える。
そして。
その後方、保護者席のあたりで。
眼鏡を光らせた詩織さんが、腕を組み、仁王立ちでこちらを睨みつけているのが見えた。
その横には、「まあ! まあっ!」と顔を赤らめて大興奮している遥さんの姿もある。
(……詩織さんの眼鏡が……光ってる……)
俺は喝采の中で、帰宅後の「家族会議(尋問)」の恐怖に震えていた。
こうして、伝説の文化祭は幕を閉じ――俺たち「家族」の関係は、世間的にも、家庭的にも、ますます引き返せない場所へと突入していったのだった。
(続く)




