第47章:純白のドレスと、検閲官の特別ルール
文化祭まであと一週間。
教室の空きスペースは、段ボールやペンキの匂いで満たされていた。
そんな中、衣装係の美咲が、大きな紙袋をドン!と机に置いた。
「じゃじゃーん! 主役お二人の衣装、完成しました〜!」
「おおっ! 仕事早いな美咲!」
達也が袋を開ける。
中から出てきたのは、ドン・キホーテで売っているようなペラペラの既製品……ではなく、しっかりと生地から仕立てられた本格的な衣装だった。
「すげぇ……これ、美咲が作ったのか?」
「まーね! 家庭科だけは5だし? ギャルなめんなよ〜!」
美咲がVサインをする。
俺と瑠奈は、それぞれ更衣室(という名の空き教室)へと押し込まれた。
数分後。
まずは俺がカーテンを開けて出てきた。
白いシャツに、刺繍入りのベスト、そしてマント。
中世の騎士風……いわゆる「王子様スタイル」だ。
「ヒューッ! 聖次、似合うじゃん! やっぱ顔だけはイイな!」
「顔『だけ』は余計だ」
達也が茶化す。
サイズはぴったりだ。美咲の目分量、恐るべし。
「……じゃあ、次。瑠奈ちゃーん、オープン!」
美咲の掛け声と共に、もう一つのカーテンが開いた。
「…………どう?」
そこに立っていたのは、純白のドレスに身を包んだ瑠奈だった。
ふわりと広がるスカート。レースがあしらわれた胸元。
髪をアップにし、少し恥ずかしそうに頬を染めて立っているその姿は、いつもの生意気なギャルではなく、深窓の令嬢――本物の「ジュリエット」に見えた。
「……っ」
俺は一瞬、言葉を失った。
綺麗だ。
父親としての欲目を抜きにしても、息を呑むほどに。
「……おい聖次。見惚れてんじゃねーぞ」
「……うっさい」
達也に小突かれ、俺は我に返った。
瑠奈がおずおずと近づいてくる。
「……変じゃない? なんか、フリフリすぎて……」
「い、いや。似合ってるよ。……すごく、綺麗だ」
俺が素直な感想を告げると、瑠奈はパッと顔を輝かせ、それからニシシと悪戯っぽく笑った。
「……へへ。惚れ直した?」
瑠奈が小声で囁いてくる。
俺は周囲の達也たちの視線を気にしながら、そっと瑠奈の耳元に口を寄せた。
「(……親バカとしてな)」
「チッ。素直じゃないんだから」
瑠奈は拗ねたように唇を尖らせたが、その頬は嬉しそうに緩んでいた。
くるりと回ってみせる彼女の姿を、達也と美咲が「ハイ、今の頂きましたー!」と激写しまくっている。
危ないところだった。達也の地獄耳に拾われていたら、俺の秘密は一巻の終わりだ。
***
その夜。
衣装のサイズ微調整のため、俺たちは衣装を家に持ち帰っていた。
リビングにて、瑠奈が再びドレスを着る。
それを見た遥さんは「まあ〜っ! 可愛い〜! お姫様みたい!」と大はしゃぎで写真を撮りまくっている。
そこへ、詩織さんがやってきた。
手にはメジャーと裁縫セット。
彼女は瑠奈の姿を一目見るなり、眼鏡の奥の目をスッと細めた。
「……デザインは悪くありません。美咲さんの技術は認めましょう。……ですが」
詩織さんの目が、瑠奈の胸元で止まる。
レースがあしらわれているものの、少し前屈みになれば谷間が見えそうなきわどい開き具合だ。
「……胸元の開きが、広すぎますね。お辞儀をした時に見えそうです」
「えー? これくらい普通じゃん。サービスだよサービス」
「ダメです。舞台の上は照明が当たりますし、観客席には男子生徒が大勢いるんですよ?」
詩織さんは、チッ、チッ、と舌を鳴らしながら、俺の方をギロリと見た。
「……聖次さん。どう思いますか?」
「え、俺? いや、確かにちょっと……目のやり場に困るというか……」
俺が正直に答えると、詩織さんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……聖次さんはいいんです」
「え?」
「聖次さんは家族ですし、父親なんですから。……不可抗力です。それに、聖次さんが見る分には……身内ですから、減るもんじゃありませんし」
詩織さんはぶっきらぼうに言ってのけ、瑠奈に向き直った。
だが、その手には明らかに力が入っている。
「ですが、他の有象無象の男どもに見せる必要はありません。……安売りは禁止です」
「なっ……! お姉ちゃん、何気にヒドいこと言ってる!」
「事実です。……修正します」
詩織さんはテキパキとレースを足し、露出を抑える加工を施していく。
その最中、彼女は俺にだけ聞こえるような小声で、ボソリと呟いた。
「……聖次さんだから、特別に許してるんですからね」
「え?」
「……これ以上、瑠奈にデレデレしないでください。……見てて腹が立ちますから」
詩織さんの耳は真っ赤だった。
それは「風紀」のためではない。
自分以外の女(たとえ妹でも)に見惚れている俺への、明確な嫉妬だった。
「……ふーん。お姉ちゃんにしては、話が分かるじゃん」
「勘違いしないでください。……聖次さんが鼻の下を伸ばしているのが癪なだけです」
詩織さんは顔を赤くして、作業を再開した。
完成したドレスは、露出こそ抑えられたものの、詩織さんの手直しによってより上品で、清楚な美しさが際立つ仕上がりになっていた。
こうして、露出対策も(対外的には)完璧に仕上がった。
あとは、本番の舞台で「禁断の愛」を演じきるだけだ。
(続く)




