第46章:禁断の台本と、検閲官の赤いペン
翌日。放課後の教室。
脚本担当の達也から、製本されたばかりの台本が手渡された。
「完成したぞ! 俺の魂の結晶が!」
「仕事早すぎだろ……」
俺は嫌な予感を抱きつつ、表紙を見た。
**『ロミオとジュリエット 〜許されざる恋の壁〜』**
**脚本・演出:小野田 達也**
「……おい達也。サブタイトルが不穏なんだが」
「当たり前だろぉ? 原作通り『家柄の対立』も描くが、今回は現代風にアレンジして**『周囲の反対を押し切ってでも結ばれようとする二人』**に焦点を当てたんだ!」
達也が熱弁する。
「いいか聖次。障害があればあるほど、恋は燃え上がるんだよ! 壁を乗り越える瞬間のカタルシス! それを演じきれんのかお前らに!」
(クッ……こいつ、無自覚に俺の現状(義理の親子)を抉ってきやがる……!)
隣で台本を受け取った瑠奈は、パラパラとページをめくり、あるページで手が止まった。
そして、口元をニヤリと緩めた。
「……ふーん。達也にしては、いい本作るじゃん」
「だろぉ? 特にクライマックスのバルコニーのシーン、気合い入れたからな」
瑠奈は台本を胸に抱き、俺を見た。
「……聞いた? 聖次。やるからには本気でいくよ。……棒読みとかしたら、承知しないから」
その瞳は、完全に「女優」の顔……いや、「獲物を狙うハンター」の顔をしていた。
彼女は、乗せられているんじゃない。
この波に、全力で乗りに来ている。
***
その夜。橘家(雨宮家)のリビング。
夕食後、俺と瑠奈はダイニングテーブルに向かい合わせで座っていた。
台本の読み合わせ(本読み)だ。
「……じゃあ、いくよ。第3幕、バルコニーのシーン」
瑠奈がスッと息を吸い込む。
空気が変わった。
「『……ああ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?』」
切なく、濡れたような声。
普段のギャル口調とは違う、可憐な少女の声色だ。
「『その名前を捨てて。家族を捨てて。……それができないなら、私を愛すると誓って』」
「ッ……」
セリフの内容が、突き刺さる。
「名前を捨てて(雨宮を捨てて)」「家族を捨てて(父親をやめて)」。
これ、完全に今の瑠奈の俺に対する本音じゃないか?
俺が冷や汗をかきながら沈黙していると、瑠奈がテーブルの下で俺の脛を蹴った。
「……ちょっと。アンタの番」
「あ、ああ。悪い」
俺は慌てて台本に目を落とす。俺のセリフは……。
「『……ジュリエット。名前など何の意味がある。たとえどんな名前で呼ばれようと、君というバラの香りは変わらない』」
「『……でも、この場所は危険だわ。もし見つかったら……』」
「『愛の翼が、僕をここへ運んだんだ。石の壁(家族の目)も、僕の愛を遮ることはできない』」
(……達也てめぇ! なんてセリフ書いてやがる!)
俺が羞恥心で爆発しそうになりながら読み上げると、瑠奈は頬を紅潮させ、ウットリとした目で俺を見つめていた。
「……うん。悪くない。……もっと感情込めてもいいけど」
「これ以上込めたら放送事故だろ」
その時。
背後から、氷点下の声が降ってきた。
「……何をしているんですか、二人とも」
ビクッ!
俺と瑠奈が同時に振り返ると、そこにはお風呂上がりの詩織さんが立っていた。
手にはドライヤー、顔には「絶対零度」の表情。
そして、その目がテーブルの上の台本に向けられる。
「……『許されざる恋の壁』?」
詩織さんが台本を手に取り、パラパラとめくる。
その目が、どんどん細められていく。
「……なんですか、この破廉恥なセリフの数々は。『愛の翼』? 『全てを捨てて』? ……文化祭の出し物にしては、刺激が強すぎませんか?」
「こ、これは演劇で! 名作古典のアレンジで……!」
「アレンジと言うには、あまりに……生々しいですね」
詩織さんはバタンと台本を閉じると、ポケットからいつもの「眼鏡」を取り出し、カチャリと装着した。
検閲官モード、起動。
「……二人三脚の次は、恋人役ですか。……達也くんたちの悪意……いいえ、作為を感じます」
「あ、あはは……。まあ、断れなくて……」
「……そうですか」
詩織さんは俺の隣に座り、赤ペンを取り出した。
「分かりました。私が演技指導……兼、脚本の『倫理チェック』を行います」
「えっ、お姉ちゃん!?」
「うるさい瑠奈。貴女、役に入り込みすぎて暴走する気満々でしょう? ……あそこのト書き」
詩織さんが台本のラストシーンを指差した。
**『ト書き:二人は熱い抱擁を交わし、顔を近づける(寸止め、もしくは暗転で誤魔化す)』**
「……ここ。『寸止め』とありますが、勢い余って……なんてことは絶対に許しませんよ?」
「チッ。……演技だし」
「舌打ちしない。……いいですか、聖次さん」
詩織さんが眼鏡を光らせて俺に詰め寄る。
「練習は認めます。ですが、私の目の届く範囲で行うこと。そして……」
彼女は赤ペンで、台本のセリフの一部を囲った。
「あまりに過激なセリフや、密着しすぎる演出は、私が修正します。……教育的指導です」
こうして、俺たちの演劇練習は、主演女優(やる気満々)と、検閲官(嫉妬心満載)の監視下で進められることになった。
達也の書いた「禁断の台本」は、我が家の平和を脅かす爆弾となってしまったのだ。
(続く)




