第38章:小悪魔の18歳解禁と、耳元の独占欲
6月7日。
この日は、我が家の次女(兼クラスメイト)、橘 瑠奈の18歳の誕生日だ。
梅雨入り前の湿った空気が漂う放課後。
俺と瑠奈は、珍しく二人きりで下校していた。
いつもなら達也や美咲が絡んでくるが、今日ばかりは「家族水入らずで祝ってやれよ」と気を利かせて(あるいは面白がって)先に帰っていったのだ。
「……ねえ、聖次」
並んで歩く瑠奈が、上目遣いで俺を見る。
今日の彼女は、朝からテンションが高かった。教室でも美咲たちから山ほどのプレゼントをもらっていたが、その視線はずっと俺の方を向いていた気がする。
「ん? なんだ?」
「……分かってるよね? 今日」
「当たり前だろ。ケーキも予約してある」
「……そうじゃなくて」
瑠奈は足を止め、俺の制服の袖をキュッと掴んだ。
「……アタシも、18歳になったってこと」
「ああ。おめでとう。これで正真正銘、大人の仲間入りだな」
「……鈍いなぁ」
彼女は頬を膨らませ、意味深な視線を投げかけてきた。
その瞳の奥にある熱に、俺は少し動揺しながら歩き出した。
***
帰宅後の誕生日パーティー。
リビングは、瑠奈のリクエストである「チーズフォンデュ」の香りに包まれていた。
「瑠奈ちゃん、お誕生日おめでとう〜!!」
「おめでとう、瑠奈。……18歳ですね。選挙権も得ましたし、責任ある行動を心がけるように」
「うっさいなぁお姉ちゃんは。……ありがと、ママ」
遥さんと詩織さんに祝われ、瑠奈はご機嫌だ。
そして、食後のプレゼントタイム。
遥さんからは、瑠奈が欲しがっていたブランドのコスメセット。
詩織さんからは、大学(服飾系)進学を見据えた、プロ仕様の裁縫道具セット。
二人とも、瑠奈の興味や進路をよく理解したチョイスだ。
「……で? パパは?」
瑠奈が、待ってましたと言わんばかりに手を差し出してくる。
俺は苦笑しながら、ポケットから小さな包みを取り出した。
「……はい。俺からはこれ」
「おっ! 小さめ! 期待できるかも〜?」
瑠奈が包みを開ける。
中から出てきたのは――**揺れるタイプの、華奢なゴールドのピアス**だった。
普段、彼女がつけているような派手で大ぶりなものではない。
少し大人びた、上品なデザインを選んだ。
「……へぇ」
「もう18歳だからな。ギャルっぽいのも似合うけど、たまにはそういう大人っぽいのもいいかと思って」
俺が説明すると、瑠奈はピアスを光にかざし、ニヤリと笑った。
「……ふーん。聖次はアタシに、こういうのが似合う『大人の女』になってほしいんだ?」
「い、いや、そういう深い意味じゃなくて……」
「いいよ。気に入った。……ねえ、つけて?」
瑠奈が髪を耳にかけ、俺に顔を近づける。
その無防備な耳元と、甘い香水の匂いに、俺の心拍数が跳ね上がる。
「……自分でつけられるだろ」
「やだ。プレゼントなんだから、最初の1回はくれた人がつけてよ」
遥さんと詩織さんの視線が痛い。
遥さんは「あらあら〜♪」とニコニコしているが、詩織さんの瞳の奥がキラリと光っているのが見える。
だが、誕生日の主役を無下にはできない。
俺は震える手で、彼女の小さな耳たぶにピアスを通した。
金属のポストがスッと入る感触。
俺の指先が彼女の耳に触れるたび、瑠奈の肩がピク、ピクと小さく跳ねるのが分かった。
「……くすぐったいか?」
「……ん。……聖次の指、熱い」
彼女は顔を背けたまま、耳まで赤く染めていた。
普段、自分でつけ慣れているはずなのに。
俺に触れられているというだけで、彼女はこんなにも敏感な反応を見せるのだ。
「……よし、できた」
「……ん。サンキュ」
瑠奈は耳元のピアスを指で弾き、熱を帯びた瞳で俺を見上げた。
そして、俺にだけ聞こえるような小声で囁いた。
「……ねえ、聖次」
「……なんだよ」
「アタシも18歳になったってことはさ。……もう、**誰の許可もいらない**ってことだよね?」
ドクン、と心臓が鳴った。
先日、俺が18歳になった時に美咲が言っていたこと。そして俺自身が噛み締めたこと。
『親の同意なしで結婚できる』
そのカードを、今度は彼女が切ってきたのだ。
「……ママにも、お姉ちゃんにも、邪魔できない」
彼女は俺の目を見つめ、挑発的に唇を舐めた。
「……役所の紙切れ一枚で、アタシたちは『他人』から『夫婦』になれる。……そういう歳になったんだよ、アタシたち」
「……瑠奈、お前……」
「……だから、覚悟しといて。卒業までに、絶対その気にさせるから」
彼女はパッと離れると、「ママ〜! ケーキ食べよ!」と何食わぬ顔で遥さんの方へ走っていった。
残された俺は、耳元に残る彼女の熱と、爆弾のような言葉に立ち尽くすしかなかった。
18歳になった小悪魔(娘)は、法的な武器まで手に入れてしまった。
耳元で揺れるピアスが、まるで俺への「所有宣言」のように見えて、俺は冷たいお茶を一気に飲み干した。
(続く)
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