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【完結】娘はクラスメイト 『〜パパになっちゃったら、好きって言えないじゃん!!〜 』  作者: NEXT


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第34章:進路調査票と、誰と笑って過ごすか

 騒がしい花見の宴を終え、俺たちが夜桜の下を歩いて帰宅したのは、すっかり夜も更けた頃だった。


「んむぅ……聖次さぁん……えへへ……」


 帰り道、俺の背中で完全に夢の世界へ旅立っていた遥さんを、そっとリビングのソファに下ろす。

 寝言で俺の名前を呼ぶ幸せそうな寝顔に、毛布をふわりとかけてあげた。


(……私を見つけてくれて、ありがとう)


 背中越しに聞いたあの透き通るような本音が、まだ俺の耳の奥と、背中の体温に熱く残っている。

 俺は小さく息を吐き、その熱を冷ますようにキッチンへ向かって、冷たい水を一杯飲み干した。


 一息ついて、ふとリビングのテーブルに目をやる。

 そこには、持ち帰った空の重箱と――瑠奈のカバンから無造作に取り出された一枚のプリントが置かれていた。


 『進路調査票』だ。



「……はぁ。マジだるい」


 風呂上がりの瑠奈が、髪をタオルで拭きながらその紙を睨んでいる。

 彼女は冷蔵庫からアイスを取り出すと、ドカッと椅子に座った。


「聖次は書いたの? これ」

「ああ、一応な。地元の大学の経営学部を志望しようかと」

「ふーん。……経営?」

「俺、今は家事ばっかりだけどさ。将来的にはちゃんと就職して、遥さんを支えたいから。経済とか経営とか、しっかり学んでおきたいんだよ」


 俺が真面目に答えると、瑠奈はアイスのスプーンを咥えたまま、つまらなそうにテーブルに頬杖をついた。


「……偉いね、パパは。ちゃんと考えてて」

「瑠奈はどうするんだ? まだ白紙だけど」

「……別に。まだ迷ってるし」


 瑠奈の視線が、キッチンで洗い物をしている詩織さんの背中に向く。

 詩織さんはT大生。才色兼備の自慢の姉だ。


「……アタシ、お姉ちゃんみたいに頭良くないし。やりたいこととか、特にないし」


 コンプレックス。

 優秀な姉と、再婚して(予定)幸せそうな母。そしてしっかり者の父(予定)。

 その間で、自分だけが置いてけぼりになっているような焦燥感。

 俺がなんと声をかけようか迷っていると、洗い物を終えた詩織さんが、手を拭きながら近づいてきた。


「瑠奈」

「……なに。嫌味なら聞かないよ」

「大学だけが全てじゃないわ」


 詩織さんは静かに言った。

 家モードの彼女は裸眼だ。その瞳が、真っ直ぐに妹を見つめている。


「私は『黒澤』の家を守るために、学歴が必要だと思ってた。完璧でいなきゃいけないって、自分で自分を縛ってた。……でも、今は違う」


 詩織さんは、俺の方を見てふわりと笑った。

 それは、昼間の神崎先輩に見せた「営業スマイル」とは違う、心からの柔らかな笑顔だった。


「聖次さんが教えてくれましたから」

「え、俺?」

「はい。……大切なのは、どこに行くかじゃなくて、誰と笑って過ごすかだって」


「……ッ」


 瑠奈が顔を上げる。

 詩織さんは妹の頭に手を置き、優しく撫でた。


「あんたはあんたの道を行けばいいのよ。メイクが好きなら美容系でもいいし、ファッションでもいい。……私たち家族は、あんたが何を選んでも応援するわ。ね、お父さん?」


 詩織さんに同意を求められ、俺は深く頷いた。


「ああ。もちろん。瑠奈が笑顔でいてくれるなら、それが俺たちにとって一番の正解だ」


 俺たちの言葉に、瑠奈の大きな瞳がじわりと潤んだ。

 彼女は慌てて顔を伏せ、照れ隠しのようにスプーンを握りしめた。


「……なによ。急に真面目ぶって」

「本心だよ」

「……うるさい。バカ」

 瑠奈は鼻をすすり、少し溶けかけたアイスをすくうと、不意に俺の口元に突き出してきた。


「……ほら、あげる。半分」

「え?」

「……これ食べて黙ってて」

「むぐっ!?」


 強引に口に突っ込まれる冷たいアイス。

 チョコミント味だ。


「……サンキュ。パパ」


 ボソッと呟かれたその言葉は、いつものトゲトゲしたものではなく、甘く溶けていくようだった。


「あら〜? 瑠奈だけズルい〜! 私も聖次さんに食べさせる〜!」


 その時、ソファからゾンビのように遥さんが復活した。

 寝ぼけているのか、まだ酔っているのか、フラフラと近寄ってくる。


「遥さん、起きたんですか?」

「聖次さぁ〜ん……あ〜んしてぇ〜❤」

「ちょ、遥さん! ふたりが見てますって!」


 再び始まる甘い修羅場。

 詩織さんは「ふふ、モテモテですね」と楽しそうに笑い、瑠奈は「またママばっかり!」と怒っている。


 進路のことは、まだ決まらないかもしれない。

 でも、この騒がしくて温かい空間がある限り、彼女はきっと大丈夫だ。

 俺は口の中に残るミントの清涼感を感じながら、そう確信していた。


(続く)

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