第33章:敗北の貴公子、乱入 ~勘違いは桜と共に舞い散る~
自販機の前で、俺は頭を抱えたくなった。
目の前には、歌舞伎役者のようにビシッと指を突きつけてくる男――神崎 蓮。
「答えろ雨宮! 貴様、なぜここにいる! まさか詩織さんを尾行してきたのではあるまいな!?」
(……ストーカーって、それはアンタのことだろ……)
俺は心の中で盛大にツッコんだ。
広い公園でピンポイントに俺たちを見つけるなんて、嗅覚が鋭すぎる。
「いえ、俺たちは家族で花見に来てるだけですよ。神崎先輩こそ、何してるんですか?」
「ふっ、愚問だな。僕は花の香りに誘われて、詩を詠みに来ただけだ」
「はあ……そうですか」
絶対嘘だ。詩織さんを探しに来たに決まっている。
俺が適当に流して戻ろうとすると、神崎が
「逃がさん!」と回り込んできた。
「家族だと? 笑わせるな! どうせその『家族』という立場を利用して、詩織さんに不埒なアプローチをしているのだろう! ええい、僕が直接詩織さんに忠告してやる!」
彼は聞く耳を持たず、ズカズカと俺たちのレジャーシートの方へ歩き出してしまった。
マズい。このままではせっかくの平和な宴が台無しだ。
「ちょ、待ってください神崎先輩!」
***
シートに戻ると、詩織さんが優雅にお茶を飲んでいた。
遥さんは既に横になって寝息を立てており、瑠奈はスマホでゲームをしている。
「詩織さん! ご無事ですか!?」
神崎が大声で駆け寄る。
詩織さんがゆっくりと顔を上げた。
「……あら? 神崎くん?」
その瞬間、神崎の動きがピタリと止まった。
石になったかのように固まっている。
無理もない。
そこには、大学で見せる「クールな才女」の表情とは違う、完全にリラックスした**「素顔」の詩織さんがいた。
柔らかな日差しを浴びて、家族(俺)に向ける無防備な微笑み。
入学式や講義室で見かける、背筋を伸ばしたフォーマルな姿とも違う、圧倒的な「オフモード」**の破壊力だ。
「……っ、ぐ、ぅぅぅ……ッ!!」
神崎が胸を押さえて後ずさる。
あまりの尊さに、物理的なダメージを受けているようだ。
「な、なんという……! 大学での凛としたお姿も美しいが……き、休日の……この無防備な詩織さんもまた……至高……ッ!」
「どうしたの? 顔色が悪いわよ?」
「はっ! い、いえ! 何でもありません!」
神崎は直立不動になり、居住まいを正した。
そして、俺の方をキッと睨みつけ、詩織さんに訴えかける。
「詩織さん! 騙されてはいけません! こいつは貴女のことを『家族』だなどと嘯いて、近づこうとする危険な男です! 僕が追い払って……」
「あら。間違っていませんよ?」
詩織さんが、きょとんとして首を傾げた。
「え?」
「聖次さんは、私の**『大切な人(父)』**ですから」
春風が吹いた。
その風のせいで、肝心な(父)の部分がかき消された……かどうかは分からないが、神崎の表情が絶望に染まった。
「た……たい、せつ……な……人……?」
「はい。とっても頼りになりますし、私にとってなくてはならない存在です」
詩織さんはニコニコと笑っている。
神崎の顔面が蒼白になり、膝から崩れ落ちそうになる。
俺は慌ててフォローに入った。
「あー、いや、その、神崎先輩。誤解しないでくださいね? 俺たちはその……一緒に住んでる家族みたいなもので……」
「なっ……!?」
神崎がバッと顔を上げ、血走った目で俺を見た。
「い、一緒に……住んでいる……だと……?」
「はい。もう一年くらいになりますけど」
「同棲だとぉぉぉーーッ!?」
公園中に響き渡るような絶叫。
カラスが一斉に飛び立った。
「き、貴様ぁぁぁ! 大切な人発言だけでなく、同棲まで……! いつの間にそんな既成事実をッ!!」
「いや、だから違いますって! 事情があって……」
「言い訳無用ッ!!」
神崎は俺の胸ぐらを掴もうとして、詩織さんの冷ややかな視線に気づき、ピッと手を止めた。
彼はプルプルと震えながら、涙目で俺を指差した。
「……くっ、負けん! 僕は負けんぞ雨宮!」
「はあ……」
「今は貴様が一歩リードしているようだが……僕だってT大生だ! 詩織さんにふさわしい男になるべく、大学で男を磨いてみせる! 首を洗って待っていろーッ!!」
神崎は捨て台詞を吐くと、脱兎のごとく走り去っていった。
その背中は、悲哀と謎の情熱に満ちていた。
「……何だったんでしょう、彼」
詩織さんが不思議そうに呟く。
彼女には、神崎の暴走の意味が全く伝わっていないらしい。
俺は遠ざかる嵐のような背中を見送りながら、しみじみと呟いた。
「……元気な人だな」
「……バッカみたい」
一部始終を見ていた瑠奈が、呆れたようにジュースを飲んだ。
「あんなのがライバルとか、聖次も大変だねー」
「ライバルじゃないって。ただの先輩だよ」
俺は苦笑いしながら、シートに座り直した。
遥さんはまだ幸せそうに寝ている。
勘違い。
すれ違い。
けれど、この騒がしさこそが、今の俺たち「家族」の形なのかもしれない。
散りゆく桜を見上げながら、俺は冷めかけたお茶を啜った。
(続く)




