第28章:裸眼のシンデレラと、首元のシルバーチェーン
4月6日。
黒澤詩織、19歳の誕生日。
そして、T大入学式を来週に控えた、最後の休日でもある。
リビングでは、ささやかな誕生パーティーが開かれていた。
遥さん手作りのローストビーフと、瑠奈が買ってきた有名店のフルーツタルト。
主役の詩織さんは、先日俺と一緒に選んだ春色のニットを着ている。
……が、その顔には、いつもの「眼鏡」が鎮座していた。
「……詩織さん。大学では眼鏡を外すんじゃなかったんですか?」
俺が尋ねると、詩織さんはバツが悪そうに眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……そ、そのつもりなんですけど。家だとつい、落ち着かなくて」
長年、彼女を「生徒会長」として支えてきた鎧だ。
いざ丸腰(裸眼)になろうとすると、心許ないのだろう。
視力は両目とも1.5。物理的には見えているはずなのに、精神的なピントが合わないらしい。
「ふーん。お姉ちゃん、ビビってんの?」
瑠奈がフォークを咥えながら茶化す。
「入学式、周りはエリートばっかなんでしょ? そんな弱気で大丈夫〜?」
「……うるさいわね。分かってるわよ」
詩織さんは唇を尖らせ、眼鏡を外してテーブルに置いた。
途端に、その涼やかな目元が露わになり、どこか頼りなげに揺れる。
「……慣れないんです。素顔を晒して歩くなんて、なんだか裸で戦場に出るみたいで」
彼女の「武装色」であるブルーライトカット眼鏡。
それを外した彼女は、ただの美しい、けれど不安げな19歳の女の子だった。
***
食後のコーヒータイム。
俺は、用意していた小箱をポケットから取り出した。
「詩織さん。これ、誕生日プレゼントです」
「えっ? い、いいんですか? クリスマスにも頂いたのに」
「門出ですから。……開けてみてください」
彼女が丁寧にリボンを解き、箱を開ける。
中に入っているのは、シンプルなシルバーのネックレスだ。
小ぶりな一粒ダイヤ(風のジルコニア)がついていて、派手すぎず、どんな服にも合わせやすいものを選んだ。
「……綺麗……」
「眼鏡の代わりにはなりませんが、新しい『お守り』になればと思って」
俺は箱からネックレスを取り出した。
「……つけてみても?」
「は、はい……お願いします」
詩織さんが背を向け、髪をかき上げる。
露わになった白いうなじに、俺は少しドキリとしながらチェーンを回した。
カチャリ、と留め具の音が響く。
彼女の首元で、シルバーがキラリと光った。
「……どう、ですか?」
彼女が振り返り、不安そうに俺を見る。
眼鏡のない素顔。そこに、ネックレスの輝きがプラスされ、一気に「大人の女性」の華やかさが宿っていた。
「……完璧です。眼鏡より、ずっと強い鎧に見えますよ」
俺が言うと、彼女は手鏡を覗き込み、はにかむように笑った。
「……不思議ですね。首元にこれがあるだけで、背筋が伸びる気がします」
彼女は自分の首元のチェーンに触れ、それから俺を真っ直ぐに見つめた。
その瞳に、もう迷いはなかった。
「聖次さん。……私、入学式は胸を張って行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
「……でも、写真は一緒に撮ってくださいね?」
甘えるような上目遣い。
その破壊力に、俺は無言で頷くことしかできなかった。
横で見ていた瑠奈が「ケッ、見せつけやがって」とタルトを頬張り、遥さんが「あらあら〜♪」とビデオカメラを回している。
こうして、彼女は「眼鏡」という古い鎧を脱ぎ捨て、「ネックレス」という新しい自信を身に纏った。
神崎副会長の「勘違い」が炸裂する入学式まで、あと6日。
俺たちの準備は、万端(?)だった。
(続く)




