第21章:お正月、艶やかな振袖と共通テストの朝
明けましておめでとうございます。
そんな言葉と共に始まった元日の朝。
俺、雨宮 聖次は、リビングに入った瞬間、言葉を失って立ち尽くした。
「あ、聖次さん! 明けましておめでとうございます♪」
「……お父さん、おはようございます」
「……おっそいよ、パパ」
そこには、三人の「大和撫子」が並んでいた。
遥さんは、大人の色香が漂う淡い藤色の訪問着。うなじが眩しい。
詩織さんは、知的な彼女に似合う矢絣柄の袴姿。レトロモダンで、文豪の娘のようだ。
そして瑠奈は、鮮やかな赤と金を基調とした派手な振袖。ギャルメイクと和装の組み合わせが、意外なほどマッチしている。
「……似合いすぎて、目のやり場がないです」
「あら、嬉しい! 聖次さんも着替えて! 男の着物も用意してあるから!」
遥さんに着せ替え人形にされ、俺たちは初詣へと繰り出した。
***
向かったのは、地元で一番大きな神社だ。
当然、人混みは凄まじい。
だが、俺たちの最大の敵は「人混み」ではない。「知り合い」だ。
俺はマスクと伊達メガネで変装し、周囲を警戒しながら歩く。
三人の美女(しかも和装)を連れた男など、目立って仕方がないからだ。
「聖次さん、手! はぐれちゃう!」
「ちょ、遥さんくっつきすぎです! 帯が当たってます!」
「いいじゃない夫婦だもの(予定)!」
キャッキャとはしゃぐ遥さんを制御しつつ、俺たちは賽銭箱の前へ辿り着いた。
二礼二拍手一礼。
俺たちは静かに手を合わせた。
【雨宮 聖次の願い】
(詩織さんの受験がうまくいきますように。瑠奈の進路が決まりますように。遥さんが幸せでありますように。……あと、俺の胃と心臓が今年一年持ちますように!)
【黒澤 詩織の願い】
(第一志望合格。……それと。この温かい時間が、少しでも長く続きますように。……父さんが認めてくれたこの人を、私も信じ続けられますように)
【橘 瑠奈の願い】
(服飾の大学に受かる。……あと。来年の今頃は、この人の隣が『保護者席』じゃなくて『恋人席』になってますように。……絶対奪う)
【橘 遥の願い】
(聖次さんと結婚式! 新婚旅行! あと子供! ……あ、でも瑠奈と詩織のことも大事だし……神様、全部叶えて!!)
それぞれの重すぎる願いを乗せ、俺たちは参拝を終えた。
その時だ。
「――お? おい美咲、あれ見ろよ。すっげー美人の三姉妹じゃね?」
心臓が止まるかと思った。
数メートル先に、屋台の焼きそばを持った達也と、リンゴ飴を舐めている美咲がいたのだ。
「うわマジだ! 着物じゃん! レベル高っ!」
「真ん中の子、ちょっと瑠奈っぽくね?」
美咲の鋭い発言に、瑠奈が「ヒッ」と息を呑む。
マズい。完全にロックオンされた。この距離で顔を見られたら、変装していてもバレる。
「……聖次さん。こっちです」
機転を利かせたのは、詩織さんだった。
彼女は俺の手を引くと、参道の脇にある「絵馬掛け所」の陰へと誘導した。
「隠れて。……壁になります」
詩織さんと遥さんが、俺と瑠奈を挟むようにして外側に立つ。
彼女たちの和服の袖が、カーテンのように俺たちを隠した。
「白粉の甘い香りと、防虫香の古風な匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。こんな至近距離で、家族(女性たち)の体温を感じながら隠れるなんて、バチが当たりそうだ」
「……おい、どこ行った?」
「見失った〜。人多すぎだし〜」
達也たちの声が近づき、そして遠ざかっていく。
俺たちは息を潜め、身体を密着させたまま動けなかった。
着物の絹擦れの音と、おしろいの甘い香りが充満する。
「……行ったか?」
「……多分」
俺たちはホッと息を吐き、身体を離そうとした。
ふと、目の前の絵馬掛けに、見覚えのある筆跡の絵馬が揺れているのに気づいた。
『 第一志望合格。 生徒会副会長 神崎 蓮 』
「……あ、副会長のだ」
詩織さんがクスリと笑った。
「彼も来てたんですね。……字、真面目すぎます」
「詩織さんこそ。なんて書くんですか?」
詩織さんは少し考え、新しい絵馬にサラサラとペンを走らせた。
『 サクラサク。家族と共に笑えますように。 』
詩織さんが書いた絵馬。
俺はそれを見ながら、ふと尋ねた。
「……そういえば詩織さん。今更ですけど、推薦は受けなかったんですか? 詩織さんの成績なら、選び放題だったんじゃ……」
詩織さんは、少し困ったように眉を下げ、それから凛とした瞳で俺を見た。
「……担任にも言われました。『楽な道があるぞ』って」
「じゃあ、なんで」
「……意地、だったんです」
彼女は白い息を吐きながら、遠くを見つめた。
「秋頃までは、まだ『黒澤』の家長として……父に恥じないよう、一番難しい道を実力で突破しなきゃって、頑なになっていて。……推薦なんて甘えだ、って蹴ってしまったんです」
「詩織さんらしいですね」
「……ふふ。今思えば、可愛げのない娘ですよね。素直に推薦をもらっておけば、今頃こんなに焦ることもなかったのに」
彼女は自嘲気味に笑ったが、その横顔に後悔の色はなかった。
「でも、よかったかもしれません。……一般入試に向けて頑張る中で、聖次さんに応援してもらえて。ココアを淹れてもらえて。……その時間が、私には必要でしたから」
その言葉に、俺は胸が熱くなった。
彼女が選んだ「茨の道」は、俺たち家族の絆を深めるための「必要な時間」だったのだ。
「……行きましょう、お父さん。大学入学共通テストまであと二週間。……最後の追い込み、付き合ってくださいね」
「はい。夜食のメニューは任せてください」
俺たちは神社を後にした。
冷たい冬の風の中で、詩織さんの袴姿が凛と揺れていた。
***
そして一月中旬。
ついに、大学入学共通テストの当日がやってきた。
天気はあいにくの雪。交通機関の乱れが心配される、波乱の幕開けだった。
朝5時。
俺はキッチンに立ち、特製の「消化に良くて力が湧く弁当」を作っていた。
カツ丼は重すぎる。今日は、鶏肉と根菜の優しい煮物と、俵形のおにぎりだ。
「……おはようございます」
起きてきた詩織さんは、顔色が少し青い。
やはり緊張しているようだ。
彼女はリビングの椅子に座ると、クリスマスの時に俺があげたひざ掛けをギュッと抱きしめた。
「……怖い、ですか?」
「……いえ。やるだけのことはやりました。……でも」
彼女が震える手を見る。
「……もし失敗したら。……国立がダメだったら、私……」
その時、俺は彼女の前に温かいほうじ茶を置いた。
「大丈夫です。詩織さんは、俺が知る限り一番の努力家です」
俺は彼女の目を見て、力強く言った。
「それに、もし全部落ちたって、俺たちがいます。……浪人したっていい。俺が毎日美味い飯を作って支えます。だから、安心して戦ってきてください」
「……っ」
詩織さんの瞳が潤む。
彼女は一度だけ深呼吸をすると、眼鏡をかけ直し、いつもの「完璧な生徒会長」の顔に戻った。
「……行ってきます。お父さん」
玄関で見送る俺と遥さんと瑠奈。
雪の中へ歩き出す彼女の背中は、もう「孤独な黒澤」ではなく、「家族に愛された一人の受験生」の背中だった。
(続く)




