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『娘はクラスメイト 〜パパになっちゃったら、好きって言えないじゃん!!〜 』  作者: NEXT


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第16章:聖域への侵入と、氷解する心

 俺の剣幕に、遥さんの表情が一変した。

 いつものふわふわとした天然の空気が霧散し、スッ……と芯の通った、冷静な大人の女性の顔になる。


「裏の駐車場よ! 一番手前!」

 迷いのない、凛とした声だった。

 俺はその変化に一瞬驚きつつも、すぐに指示を飛ばした。


「了解! 瑠奈、聞いたな!? ダッシュで経口飲料水買ってきてくれ! 裏の駐車場で合流だ!」

「えっ、あ、うんッ!」


 瑠奈は一瞬だけ涙目を拭うと、弾かれたように自販機の方角へ駆け出した。

 その速さは、体育祭の時以上だった。


「俺たちも行きます! 遥さん、鍵を開けて!」


 俺は腕の中の熱い塊を抱きしめ直し、人混みの中へと走り出した。


 廊下は生徒たちでごった返していた。

 俺が詩織さんを抱えて走ると、驚いた生徒たちが道を塞ぐ形になってしまう。


「どいてくれ! 急患だ!」

 俺が叫んでも、喧騒にかき消されそうになる。

 その時だった。


「――道を開けろォ!!」


 よく通る、鋭い声が響いた。

 人混みを割り、銀縁眼鏡の男子生徒――副会長の神崎が現れた。


「生徒会の緊急事態だ! 左右に退避! そこ、立ち止まらない!」


 神崎の鬼気迫る誘導に、生徒たちがモーゼの海割れのように道を作る。

 俺が横を駆け抜ける瞬間、神崎と目が合った。


「……雨宮! 会長を頼む!」

「ああ、任せろ! 恩に着る!」


 俺たちは最短ルートで昇降口を抜け、裏の駐車場へと飛び出した。

 遥さんがリモコンキーでロックを解除し、後部座席のスライドドアを開ける。

 俺が詩織さんを慎重にシートへ寝かせた、その直後だった。


「――ハァ、ハァ……! 待って……!」


 金髪を振り乱し、瑠奈が滑り込んできた。

 手には経口飲料水と、氷嚢代わりのロックアイス。

 俺が指示してから数分も経っていない。


「ナイスだ瑠奈! 乗れ!」


 全員が乗り込むと同時に、遥さんが車を発進させた。

 ハンドルを握る彼女の横顔は、普段の「可愛いママ」とは別人のように真剣だ。


「……脈が速いけど、呼吸は安定してる。過労と知恵熱ね」


 信号待ちの間、遥さんが後ろを振り返り、詩織さんの手首と額に触れてテキパキと確認する。その手つきは、素人のそれではない。慣れている。


(……そういえば、昔聞いたことがある)


 俺は思い出した。

 遥さんは昔、病院で働いていたと。

 そこで担当したのが、瑠奈たちの実の母親だったはずだ。

 彼女は母親を献身的に看護し、亡くなった後も、残された幼い娘たちと父親を支え続けたのだと聞いている。

 かつて現場で培った「プロの目」と「慈愛」が、今、娘の危機に蘇っていた。


「病院の待合室で待たされるより、家で静かに休ませた方がいいわ。私が看るから大丈夫」

「はい、お願いします」


 その言葉には、絶対的な説得力があった。

 助手席の瑠奈も、頼もしい母親の姿にホッとしたように肩の力を抜いた。


 俺は後部座席で、詩織さんの頭を膝に乗せ、その手を握り続けていた。

 彼女は苦しげに眉を寄せ、うわ言のように「……まだ、仕事が……」と呟いている。


(……バカ真面目すぎるんだよ、詩織さん)

 俺は痛む胸を抑えながら、彼女の汗ばんだ前髪を優しく撫でた。


 ***


 帰宅後。

 俺は詩織さんを二階へ運び、彼女の部屋――今まで誰も入ることのなかった「聖域」のベッドへと寝かせた。


「聖次さん、着替えさせるから一回出てて! あと氷枕お願い!」

「分かりました!」


 遥さんと瑠奈の連携プレーに任せ、俺はキッチンへ走った。

 氷枕と、飲みやすいようにストローを差した経口飲料水を持って部屋に戻る。


 着替えを終えた詩織さんは、少し呼吸が落ち着いていた。

 遥さんと瑠奈は「お粥の準備してくる!」

とキッチンへ降りていった。


 静かな部屋。

 夕日がカーテン越しに差し込んでいる。

 俺がベッドサイドに座り、氷枕の位置を直していると、ふと詩織さんの睫毛が震え、薄く目が開いた。


「……ん……」

「気がつきましたか? 家ですよ」


 俺が覗き込むと、彼女の瞳からツーッと涙がこぼれ落ちた。


「……聖次、さん」

「はい」

「……見せたく、なかった」


 彼女は弱々しい声で、顔を背けた。


「あなたに……こういう無様な姿、見せたくなかったんです。完璧な姉でいたかったのに……」

「……そんなことだろうと思いましたよ」


 俺は苦笑して、彼女の涙を指先で拭った。


「言ったでしょう。僕の前では、生徒会長じゃなくていいって」

「……でも」

「無様でいいんです。泣き虫でいいんです。……僕は、完璧な生徒会長と家族になったんじゃありません」


 俺は彼女の手を、両手で包み込んだ。


「僕は、不器用で頑張り屋な女の子の父親になったつもりですよ。……だから今日は、子供に戻って甘えてください」


 その言葉に、彼女の瞳が大きく揺れた。

 彼女は俺の手を握り返してくる。熱い、けれど確かな力で。


「……聖次、さん」

「ん?」

「……一分だけ。……一分だけ、手を握っててくれませんか」


 それは、彼女なりの精一杯の甘えだった。

 俺は頷き、彼女の手を強く握り返した。


「一分と言わず、眠るまで握ってますよ」


 彼女は安心したように目を細め、小さく「……あったかい」と呟いた。


 ガチャリ。

 そこへ、お盆を持った遥さんと瑠奈が入ってきた。


「あらあら〜。お楽しみ中、お邪魔だったかしら?」

「……抜け駆け禁止だし。お姉ちゃんばっかズルい」


 二人は呆れたように、けれど温かい笑顔で俺たちを見ていた。

 詩織さんは真っ赤になって布団を被ろうとしたが、俺の手だけは決して離そうとしなかった。


 こうして、鉄の女と呼ばれた生徒会長の「掟」は崩れ去り――代わりに、俺たち家族の絆は、誰にも解けないほど固く結ばれたのだった。


(続く)

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