第15章:文化祭、誘惑のメイドと崩れ落ちる女王
11月。文化祭当日。
俺のクラス、2年B組の出し物は「メイド&執事喫茶」だった。
教室は飾り付けられ、甘い香りが漂っている。
俺はシフトの空き時間を利用して、客足が途切れないようにする「サクラ」として席に座らされていた。
教室の隅では、フリルのついたエプロンドレス姿の瑠奈が、不機嫌オーラ全開でトレイを拭いている。
金髪ツインテールにミニ丈のメイド服。破壊力が高すぎて、男子客の視線が釘付けだ。
「……チッ。なんでアタシがこんなフリフリ着なきゃなんないわけ」
本人はご不満のようだが、それが逆に「ツンデレメイド」として好評らしい。
平和だな……と俺がお茶を啜ろうとした、その時だ。
教室の陰で、不穏な動きがあった。
執事服を着た達也が、メイド服の美咲を手招きしている。
「ちょちょちょちょちょ……美咲、耳貸せ」
「なによ達也……(あ、この顔は♪)」
美咲がニヤリと笑う。達也の顔が、あの「悪徳商人」モードになっているからだ。
「……ゴニョゴニョ(あそこの席の雨宮にな、もっと過剰サービスして、瑠奈ちゃんの反応見ようぜ)」
「……アンタ悪いね〜? w」
「最高の褒め言葉だ♪」
悪魔的契約が成立した。
次の瞬間、美咲がスイッチを切り替え、「極上の営業スマイル」で俺の席へと突撃してきた。
「お帰りなさいませぇ〜、ご主人様ぁ❤」
甘ったるい声と共に、美咲が俺の横にぴったりとくっつく。
近い。豊満な胸元が腕に当たりそうだ。
「うおっ!? み、美咲? どうした急に」
「んもう、ご主人様ったらぁ。サクラでお疲れでしょう? 美咲が癒やしてあげますねぇ〜」
美咲はそう言うと、俺のオムライスをスプーンですくい、フゥフゥと息を吹きかけた。
「はーい、あ〜ん❤」
「い、いや、自分で食えるから!」
「ダメですぅ! これは『萌え萌えあーん』のオプションなんですからぁ! ほら、口開けてくださいよぉ、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま❤」
美咲がさらに身体を密着させてくる。
教室の隅で、ガシャン! と何かが倒れる音がした。
見なくても分かる。瑠奈だ。
「ほらほら雨宮、拒否すんなよ〜。役得だぞ〜?」
背後から達也がニヤニヤと煽ってくる。こいつら、グルか!
美咲のスプーンが俺の唇に迫る。
「――そこまでよ、泥棒猫」
地獄の底から響くような声と共に、美咲の手がガシッと掴まれた。
鬼の形相をした金髪メイド――瑠奈だった。
「あら〜? 瑠奈ちゃん? 今、接客中なんですけどぉ?」
「うるさい。その客のアテンドはアタシが代わる。アンタは皿洗いでもしてなさい!」
瑠奈は美咲を強引に追い払うと、ドカッと俺の前の席に座った。
美咲と達也が、遠くでハイタッチしているのが見えた。……あいつら、絶対後でシメる。
「……ハァ。ニヤニヤしてんじゃないわよ、バカ聖次」
「してない。困ってたんだ」
「嘘つき。デレデレしてた。……口開けて」
「は?」
瑠奈は俺のオムライスを奪うと、乱暴にケチャップを手に取った。
皿の上に、真っ赤な文字が描かれる。
『浮気?』
「……食え」
「……はい」
「……おいしくなーれ(棒読み)。……はい、あがり」
瑠奈がスプーンを俺の口に突っ込む。
味は……バターの香りが口いっぱいに広がる、完璧な半熟具合だった。
「……美味い。完璧だ」
「……ふん。アンタに教わった通りにしただけだし」
瑠奈がそっぽを向く。その耳は真っ赤だ。
嫉妬と独占欲の味がするオムライス。俺が完食しようとした、その時だった。
教室の外が、急に騒がしくなった。
「キャーッ! めちゃくちゃ美人!」
「え、誰かのお姉さん? 誰の身内?」
嫌な予感がした。
教室の入り口に、この世のものとは思えない美女――サングラスを外した遥さんが立っていた。
彼女は俺たちを見つけると、花が咲くような笑顔で手を振った。
「あ〜! いたいた〜! る〜な〜ちゃ〜ん! せ〜い〜じ〜……っ!」
俺は音速で立ち上がり、遥さんの口を手で塞いだ。
「静かに! 名前呼ばないで! ここじゃ俺たちは他人だから!」
「むぐぐ!? んー!」
周囲が「え、雨宮と知り合い?」「てか瑠奈の親?」とざわつき始める。
カオスだ。収拾がつかない。
「……何をしているんですか、校内で騒がないでください」
そこへ、凛とした声が響いた。
生徒会腕章をつけた詩織さんだ。
だが、その様子がおかしい。顔色が紙のように白い。
「あら、詩織! 頑張ってるわね〜!」
「母さん……来ないでと言ったのに……うッ……」
詩織さんがよろめいた。
連日の準備、受験勉強、そして家事の監督。
張り詰めていた糸が、遥さんの登場というトリガーでプツリと切れたように見えた。
「――詩織ッ!!」
俺はとっさに彼女の名前を叫び、倒れ込むその華奢な身体へと駆け出した。
間一髪、腕の中に受け止める。
軽い。そして、身体が燃えるように熱い。
「きゃあぁぁっ!? し、詩織!?」
「お姉ちゃん!?」
周囲が騒然とする。
誰かが「先生を呼べ!」「保健室だ!」と叫んだ。
だが、俺の脳裏には、さっき接客した男子生徒たちの会話が蘇っていた。
『保健室、熱中症と怪我人でパンクしてるらしいぜ』『マジか、足の踏み場もねえってよ』
あそこに連れて行っても、今の彼女を静かに寝かせるベッドはない。
俺は瞬時に判断し、立ち尽くす遥さんに向かって叫んだ。
「遥さん! 車、どこに停めました!?」
(続く)




