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『娘はクラスメイト 〜パパになっちゃったら、好きって言えないじゃん!!〜 』  作者: NEXT


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第14章:生徒会室の残業と、二人きりの微熱  放課後。

 チャイムが鳴り響き、生徒たちが帰路につく中、俺は一人、生徒会室のドアをノックした。


「……失礼します」


 重厚な扉を開ける。

 夕日が赤く差し込む部屋には、書類の山に埋もれた詩織さんが一人で座っていた。

 副会長の神崎先輩はいない。どうやら先に帰されたようだ。つまり、完全な密室である。


「……遅いですよ、雨宮くん」


 詩織さんは顔も上げずに言った。

 その声は冷ややかだが、どこか拗ねているようにも聞こえる。

 俺は彼女のデスクの前に立ち、殊勝な態度で頭を下げた。


「申し訳ありません。担任に捕まっていて」

「言い訳は結構です。……今日は、この資料の仕分けと、文化祭パンフレットの校正を手伝ってもらいます」

「はい。仰せのままに」


 俺が隣の席に座ろうとすると、詩織さんが「待って」と制した。


「そこじゃありません。……こっちです」


 彼女が指差したのは、長机の対面ではなく、彼女の椅子のすぐ隣に置かれたパイプ椅子だった。

 距離にして三十センチ。袖が触れ合う距離だ。


「……あの、詩織さん。近くないですか?」

「監視が必要ですから。またサボって、他の女の子と『新婚ごっこ』をされたら困りますので」


 根に持っている。

 やはり昼間のホームセンターの一件は、彼女の逆鱗に触れていたらしい。

 俺は大人しく隣に座り、黙々と作業を始めた。


 カサ、カサ……。

 静かな部屋に、紙をめくる音だけが響く。

 だが、気まずさはなかった。

 家で毎日一緒に過ごしているせいか、彼女の隣にいると不思議と落ち着くのだ。俺の処理速度は上がり、山積みだった書類はみるみる減っていった。


「……終わりました」

「えっ?」

 一時間後。僕が最後の束を揃えると、詩織さんが驚いて眼鏡をずらした。


「早すぎます。……神崎くんでさえ、三時間はかかる量なのに」

「瑠奈の宿題監視で鍛えられましたから。これくらいならお安い御用です」

「……むぅ」


 詩織さんは頬を膨らませ、不満げにペンを置いた。

 どうやら、もっと長時間拘束して困らせる予定だったらしい。

 彼女は眼鏡を外し、机に置いた。

 その素顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。


「……お疲れですね、詩織さん」

「……ええ。猫の手も借りたいくらいでしたから。……あなたが来てくれて、助かりました」


 彼女は小さく息を吐き、椅子にもたれかかった。

 その無防備な姿に、俺はドキリとする。

 夕日に照らされた横顔が、あまりにも綺麗で、儚げだったからだ。


「……ねえ、聖次さん」

「はい」

「昼間、楽しそうでしたね。瑠奈と」

「う……。あれは、不可抗力というか」


 俺が弁解しようとすると、彼女はくるりと椅子を回転させ、俺の方を向いた。

 その瞳が、俺をじっと見つめている。


「……私だって、あなたと買い出しに行きたかったです」

「え?」

「家具を選んだり、クッションの色で悩んだり……そういう『普通の家族』みたいなこと、私だってお父さんと……聖次さんと、したかったです」


 彼女の吐露した本音。

 それは「黒澤」として気を張っている彼女が、心の奥底で求めていた「普通の少女」としての願いだった。


「……今度、行きましょう。詩織さんの欲しいもの、買いに」

「……本当ですか?」

「はい。約束します」


 俺が答えると、彼女はようやく微かに微笑んだ。

 だが、すぐにまた瞳を細め、悪戯っぽい光を宿した。


「……約束だけじゃ、足りません」

「はい?」

「昼間の嫉妬と、今の約束。……その保証として、お・し・お・きが必要ですね」


 彼女は顔を近づけ、ネットリとした口調で一音ずつ区切って言った。


(――ッ!?)


 その瞬間、俺の脳裏に、あの悪友・達也の顔がフラッシュバックした。

 『た・ち・ば・な』と言った時の、あの憎たらしい笑顔。

 詩織さんの可愛らしい唇から紡がれた言葉なのに、なぜか達也の顔が重なって見える。


(くッ……! 可愛いハズなのに達也の顔がリンクする……クソ……!)


 俺が複雑な心境で顔をしかめると、詩織さんはそれを「反省して怯えている」と勘違いしたらしい。

 ふふ、と満足げに笑った。


「覚悟してくださいね」


 彼女はそう言うと、俺の左手を両手で包み込み、そのまま机の上に突っ伏した。


「……え、詩織さん?」

「……五分だけ。……充電させてください」


 お仕置きとは、彼女の枕になることだったらしい。

 俺の手の甲に、彼女の額の熱と、柔らかな髪の感触が伝わってくる。


「……瑠奈には内緒ですよ。……これ、私の特権ですから」


 消え入りそうな声で呟くと、すぐに寝息が聞こえてきた。

 俺は動けなかった。

 達也の呪いは消え失せ、代わりに胸が締め付けられるような愛おしさが込み上げてきた。


 夕闇に沈む生徒会室。

 繋がれた手の熱だけが、俺たちの関係を繋ぎ止めていた。

 これは、あまりにも甘くて残酷な「お仕置き」だった。


(続く)

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