第10章:新学期、噂の二人と副会長の眼鏡
夏休みが明け、二学期が始まった。
久しぶりの教室。俺、雨宮 聖次は、ある違和感に襲われていた。
「……おい、雨宮」
「ん? なんだ、達也」
声をかけてきたのは、クラスメイトの**小野田 達也**だ。
サッカー部所属のムードメーカーで、クラスの事情通として知られる男である。
「お前さ、夏休み中何してたんだよ。LINE送っても『忙しい』ばっかで、全然付き合わねーし」
「悪い。……家の事情で、ちょっとバタバタしててな」
「ふーん? まあいいけどさ」
達也はニシシと笑い、俺の顔を覗き込んだ。
「なんかお前、雰囲気変わったよな」
「は?」
「一学期までは『壁』作ってる感じだったけど、なんかこう……所帯じみたっていうか、丸くなった?」
「……失礼なヤツだな」
ギクリとする。
所帯じみた、というのは否定できない。この夏、俺は三人の美女と家族として暮らしていたのだから。
「それにさ、大変そうに見えるから声掛けようと思っても……なんかこう、橘(瑠奈)といい雰囲気っぽいし?」
「……ぶっ」
「いや、お前ら最近、言葉交わさなくても通じ合ってる感が出てるっていうか。まあいっかってズルズル声かけるの遠慮してたんだけどさ」
俺は冷や汗をかいた。
家での「家族としての阿吽の呼吸」が、教室でも無意識に出てしまっていたのか?
――その頃。教室の反対側でも、似たような会話が繰り広げられていた。
「ねーねー、瑠奈〜」
瑠奈の親友、**相原 美咲**が、ニヤニヤしながら瑠奈の机に腰掛けていた。
「なに、美咲」
「瑠奈ってさー、雨宮のこと好きなの?」
「ぶっ!!?」
瑠奈が飲んでいたパックジュースを吹き出しそうになる。
「はぁ!? な、何言ってんのアンタ!?」
「えー? だって一学期の途中ぐらいから、ずっと雨宮のこと目で追ってるよ? 今のクラス委員決めも、雨宮が手挙げた瞬間、瑠奈も反応してたし〜」
「し、してないし! あんな冴えないヤツ、眼中にないし!」
「へえ〜? 顔赤いよ〜?」
教室の両端で、同時に悲鳴が上がる。
「「なな、なんでアタシが……ッ!」」
「「なな、なんで俺が……ッ!」」
俺と瑠奈の声が、示し合わせたように綺麗にハモった。
一瞬の静寂。そしてクラス中の視線が集まる。
達也と美咲が顔を見合わせ、「ほらね?」と言わんばかりにニヤリと笑った。
俺と瑠奈は顔を見合わせ、同時にバッとそっぽを向いた。
心臓が早鐘を打つ。
……マズい。学校での「赤の他人」設定が、夏休みの濃密な共同生活のせいで、完全に崩壊しつつある。
***
放課後。生徒会室。
詩織は、山積みの書類を片付けていた。
「……会長」
声をかけたのは、副会長の**神崎 蓮**だった。
銀縁眼鏡をかけた理知的な男子生徒で、詩織の右腕として信頼されている男だ。
「何? 神崎くん」
「いえ、その……夏休みの間に、何か良いことあったんですか?」
「え?」
詩織の手が止まる。
「その……なんていうか、雰囲気が以前より和らいだというか、なんというか……」
神崎は少し照れくさそうに、視線を逸らした。
「一学期までは、張り詰めた糸みたいで……正直、近づきがたいオーラがありました。でも最近、ふとした時に口元が緩ん……だ……? みたいなのを、たまに見掛けるようになりましたので」
「…………」
詩織は無意識に、自分の頬に手を当てた。
思い出すのは、夏のプールでの出来事や、お盆の墓参りでの聖次との会話。
そして何より、毎晩「根詰めすぎですよ」と言ってココアを入れてくれる義父(聖次)の顔。
(……私、学校でも気が緩んでる……?)
彼女はコホン、と咳払いをして、眼鏡の位置を直した。
「……気のせいよ、副会長。受験が近づいて、ハイになっているだけかもね」
「はあ、そうですか……。ならいいんですが」
神崎は納得していない顔で席に戻った。
詩織さんは手元の書類に視線を落とす。
その文字を目で追いながら、彼女の口元がまた小さく綻んだのを、副会長は見逃さなかった。
そして、その柔らかな表情が、自分に向けられたものではないことも、彼はなんとなく悟ってしまっていた。
新学期。
俺たち家族の秘密は、鋭いクラスメイトたちの「勘」によって、少しずつ包囲され始めていた。
そして迫る体育祭が、その包囲網を一気に狭めることになるのを、俺たちはまだ知らなかった。
(続く)




