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光眠る島  作者:
1/1

○女性誌M編集部


    うず高く資料の積まれたデスクで、イヤホン装備でキーボードを叩く中嶋。

上司「中嶋っ。おい。ゲラ!」

中嶋「……(必死の形相で画面に集中)」

上司「(中嶋のイヤホンを片方外し)なかじっま! これ(とゲラを中嶋の面前に差し出す)」

中嶋「はいっ。あ、すみません」

上司「中嶋。校了前はそれ取りな。朝から優雅にクラシック聞き込むような身分か、お前は」

中嶋「しゃす」

    と、軽く頭を下げ、ゲラを受け取ろうとするが、上司の手から抜き取れない。

    上司の表情を怯えつつ仰ぎ見る。

上司「秋のサボリコーデの特集、ネーム、まあた朱だらけよ」

中嶋「あー(と示されたページをまじまじと)」

上司「だから、値段と、お店の連絡先、ダブルチェックしろって前も言ったよね」

中嶋「……はい」

上司「次苦情の嵐になったら、あんただけ一週間電話番だから」

中嶋「……」

上司「あと、頼んどいた荒川先生の原稿、受け取った」

中嶋「それなんですけど、今日中にはと先生から連絡が……」

上司「間に合わん。バカ。すぐ行くの。青山の事務所に」

    「あんた一体何が満足にできるの」と喚き散らす上司を尻目に急いで席を立つ中嶋。

    一瞬考え込む表情をして

中嶋「先輩。あの企画、次の編集会議に……」

    と上司を見ると既に会議室の方に去る。

    頭を掻き、ゆっくりと編集部を去る中嶋の後ろ姿。


○アパートの中嶋の部屋


    ソファに倒れ込む中嶋。

中嶋「あー……」

    疲れた表情で仰向けになる。時計は深夜一時。

中嶋「今月も雑務、お疲れ様です」

    座り直し、持っていた缶ビールを開ける。

    テーブルの上のノートをパラパラとめくっていく。

    企画のネタに雑誌や新聞のインタビュー等の記事が貼ってある。

中嶋「……!」

    そこには、俯瞰のアングルで、両手を広げ、目をカッと見開く中年の男の写真。

    脇に「石原隆」の名前。

    記憶は石原と初めてインタビューで出会った日に戻る。

中嶋「先生は東京藝大を出られて、初期には女性の人物画や、メルツ絵画に近い、新聞記事やミニチュアの 

 コラージュに取り組まれ、そこから、ガラスや木材といった単純なマテリアルと、光の効果を入れたイン

 スタレーション作品に取り組まれています。この作風の変化というのは、二〇一八年から始まった日本全

 国の取材旅行と時期が重なりますね」

石原「よく気がついた。ただ、その取材旅行の前、国立民俗学博物館の展示を見たことがホントの転機だ

 よ、私の」

中嶋「どういった展示ですか」

石原「日本に帰った時に立ち寄ったんだが、そこで偶然地方の習俗の様子を映した写真が展示されていて

 ね。秋田のなまはげ、青森のイタコ……色々あったが、中でも沖縄の、豆腐売りの女の写真が目に留まっ

 た。モノクロなんだが、ああ……美しい、と心底感じた。戦後すぐだろう。白砂の上を裸足で、こう、頭

 に籠を載せて、芭蕉布をまとっていてね。余計なものは一切身に着けない、靴もない。私はそこに何世代

 にも渡って受け継がれ、結晶化された生の美を感じた」

中嶋「生の美。自然のままの美しさ、ということですか」

石原「そう、誰かに見せる為に作ったものはそこにはない。物を載せるための籠があり、酷暑の中、家々を

 廻る逞しい手足がある」

中嶋「その素朴な美に気づいたことが、素材に焦点を当てるきっかけになったと」

石原「……(聞いておらず)あの沖縄のあの島、まだ取材できてないな」


〇M編集部・会議室前


    上司ら編集部の面々が会議室を出ていく。中嶋、上司の前に付き、

中嶋「(上司につきながら)先輩、先輩!」

上司「ん?……何、中嶋」

中嶋「僕の企画案、どうなりました」

上司「(自分のデスクについて)ダメ。全部ボツ」

中嶋「全部ですか」

上司「『彼氏と行きたい居酒屋デート』とかさあ、うちの読者の興味に合ってる? これ(とめくった企画

 案を指で叩く)。アートとか建築の洗練されたデザインが見たくて雑誌買ってんだから」

中嶋「……(案を出したときは食いついたじゃねえかよという不満)はい」

上司「何か言いたそうね。言いつけた仕事もまともに出来ないのに」

中嶋「……もう配属されて一年は経ってるんです。雑用じゃなくて、そろそろwebでも、ちゃんとした記

 事を、自分一人に任せて下さいよ」

上司「そう……。やってもらいたい取材、あったのに」

    と、ノートパソコンを開いて作業を始め出す上司。

中嶋「え。何すか(と目の前に出された書類を受け取る)」

上司「私の担当ぺージで、あんたがやりたいってずーっと言ってたやつ。石原隆の、沖縄取材の記事、四ペ

 ージで出来る」

中嶋「はい」

上司「すぐ行きな。電話しても断られるから。(中嶋の方に振り返り)直接自宅に伺って取材レポートの寄

 稿、お願いするの!」

中嶋「はい!」

    慌てて編集部を出る中嶋。


〇石原自宅兼アトリエの一室


    真っ白な内壁の部屋の床、幾枚ものスケッチが重なっている。

    石原はそこで、部屋の入口に背を向け、四つん這いの姿勢で下絵を描き、

    うんうん唸り、気に入らない一枚を入口の方に放る。

    そこに、秘書に連れられ、静かに入ってくる中嶋。

秘書「先生、M編集部の中嶋様がお見えです」

石原「(紙に下絵を描き続けている)」

中嶋「(足元のスケッチを手に、石原に近づきつつ)石原先生、お仕事中、失礼いたします。H社M編集部 

 の中嶋です。(石原の前に回り込みながら)今回は先生が行きたいとおっしゃっていたK島で、取材記者

 となって原稿をお書きいただきたいと、思っており――」

石原「(床のスケッチを見て思案していたが、顔は上げず)君は誰だ」

中嶋「M編集部の中嶋敦と申します。先生とは一度、今年の二月号の日本の現代アーティストという特集

 で、一度インタビューさせていただいて」

石原「(立ち上がって)違う」

中嶋「え。覚えてませんか」

石原「僕は君を知らない。申し訳ないが、僕が聞きたいのは、君の肩書きではない。君が、何者か、今ここ

 で何を欲しているのかを聞きたいのだ」

中嶋「(凝視され居竦まる)……」

石原「……」

中嶋「女の子に……震えるような性を感じさせたいんです! 見て綺麗、食べて美味しいなんてありきたり

 な体験じゃなく。べらぼうなエクスタシーの流れる時間を――探しています」

石原「君が、知りたいのか」

中嶋「はい」

石原「生の実感を」

中嶋「そうです。先生の作品にはもの凄いエクスタシーを感じる。僕はそんなページを作りたい。それに

 は、やはり先生の、あの真っ直ぐ核心を突く目が必要です。K島の深い森の、女だけが踊り狂う祭の宵。 

 その秘儀を見て先生が何を感じられるか。どうしても先生に書いていただきたい」

    間。

石原「よおし。僕もそのべらぼうな祭を見てみたい。行ってみようじゃないか。日程は妻と話し合ってく

 れ」

    喜び勇む中嶋。

    一瞬の笑みの後、すぐに石原は描きかけのスケッチに戻る。

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