その人は誰?
屋根が壊れて埃っぽい室内。シャワーの音と、数人分の寝息と、モーター音が響く部屋。
三人の男が、羽毛布団のこたつで頭を抱えている。
状況が改善されたとするなら、流石に二日酔いが覚めてきたところぐらいではないだろうか。
ソボロコフは、さっきまで自分が枕にしていた出どころのわからない札束を、なんとなく壁に寄せて遠ざけていた。
長田は、口をあんぐりとしながら、自分の右腕を見て、手をグーパーしている。
「おおいい……どうすんだこれどうすんだこれ」
「ああ……。(ウィィィン……)どうしようか(ウィン、ウィン、ウィン)」
小出の両隣でわちゃわちゃしているが、言いたいことはつまり、「どうするんだ」である。
「うーーん……」
小出の左隣で横になっている、有名女優らしい女性が、流石に目を覚ました。
不機嫌そうに小さい体を持ち上げ、細い黒髪が顔の前でぱらついている。
男三人の空気が固まった。
「ん……」
まだ開ききってない目を擦りながら、むすっとしているが流石に三人に比べて『場慣れ』しているのか、
こんな状況でもいきなり取り乱してはいない。が……目の前の割れたこたつテーブルを見て……。
「サイアク……壊れてんじゃん」
と漏らした。
「「「え……」」」
小出、長田、ソボロコフは声を揃えてしまった。
「……藤峰さんの……コタツ……なのですか?」
ソボロコフは、女優の名前を思い出して聞いてみた。
「…… …… ……誰?」
女優はソボロコフの顔をみて、低い声で聞いてきた。
完全に男三人はテンパっている。長田は咄嗟にサイボーグの腕を隠した。
藤峰と呼ばれた女優は机に突っ伏し、UFOの羽を指で何回か叩くと、
「今何時?」
と聞いた。
男三人は弾けるように自らのスマートフォンを確認した。
「じ……10時っす!」
「朝の10時っす!」
藤峰も二日酔いのようで、頭を抑えている。まだぼんやりしているのかもしれない。
そして徐にこたつから立ち上がった。
「ちょっとシャワー借ります」
そう言って藤峰はヨロヨロと部屋を出て行った。
男三人は、背筋を伸ばして固まっている。
「……本物か?」
ソボロコフが聞くと、
「……(ウィィィン)俺の腕と、お前の後の金と、このUFOと、どれのことだ?(ウィン?)」
「あの女の子だよ! あれ人気女優だろ!?」
ウィィィィイン…… と、部屋に長田のアームの音が響いている。
「小出ちゃん……藤峰楓と知り合いなの?」
「え、知らない。俺紅白より第九派だし」
「(ウィン、ウィン)じゃあなんで、小出の部屋にいるんだ?
有名女優が」
「知らないよ……お前らが呼んだんじゃないの?」
「ばか!! ……知り合いでも男しかいない鍋パに、声なんかかけられるかよ! 有名女優なんて」
「(ゥイイイイイン)じゃあ、そっちの(ゥインー)寝てる人は、マネージャーさんか?」
機械の腕で長田は、一番端で寝ている中年男性を指差した。
髭面で、趣味の悪いスーツを着ている。
寝たら起きないタイプなのか、一番大きないびきをかいている。
「そうであってほしいけどよ……。こういう時、一緒につぶれちゃっていいのか? マネージャーって……」
一番近い場所に座っているソボロコフが不安そうに答える。
「じゃあ……誰だよ(ウィィィィン……)」
「どうにも手詰まりだね」
小出が『手詰まり』というと……
「お前、(ウィィィィン……)楽しそうだな?」
「え? そんなことないよ?」
すると、リビングの扉が乱暴に開く。
藤峰がTシャツ姿で入ってきた。
いくらか目が覚めたようにみられる。
「ねえ……シャワールームのあれ、なに?」
小出、長田、ソボロコフは顔を合わせて、一様に部屋を出て行った。
……
……
……
ややあって、
「なんだあれーーーー!!」
ソボロコフがリビングに入ってきて、混乱と絶望感から壁に頭を打ち付けた。
残りの三人もリビングに入ってくるが表情が固く、信じられないと言ったふうな目で、シャワールームの方を見ている。
「お前……小出お前よ!! ここペット可なのかよ!」
「可じゃねえよ……」
「(ウィィィン……)信じられんな……。鹿と、熊とは」
「正確にいうと、エゾシカとツキノワグマな」
「(ゥイン!!)そうじゃなくて! (ゥインウィン!!)なんでお前の風呂場でエゾシカとツキノワグマがシャワーを浴びてるんだ!?」
「わかんねえよお……お前らが連れてきたんじゃないのか?」
「お前は俺らを、そんな楽しいやつだと思ってたのか?」
そこに、藤峰の咳払いが聞こえて、男三人は黙る。
ソボロコフが頭を掻く。
「あ……なんか……スンマセン。その……コタツと、シャワー?」
「いいです。(ため息)家で浴びますから」
「あ……うす」
藤峰はスマホを操作して、メールを送信すると、またその場に横になった。
「「「え」」」
「パパに迎えにきてもらうので。しばらくここで寝かせてもらっていいですか?」
と、寝た後で言う。
男三人は顔を合わせた。
所在なく、なんとなくコタツに戻る三人。その温もりだけが、安心できる要素に思えた。
しばしの沈黙の後……
「うお!?!? なんだこりゃあ!!」
と、聞き覚えのない男の声が響いた。
三人が視線を向けると、いつの間にかいびきをかいて寝ていた、スーツの中年男性が起きている。
「……あ、失礼」
「「「…… ……いえ」」」
すると中年男性は、ハッハッハと笑って見せた。前歯が派手派手な金歯だった。
小出、長田、ソボロコフは、男を見て(誰ーーー? )と思っていた。
男は、そんな三人を見て、こう言った……。
「いやあ、昨日は楽しかったね!!」