9話 地獄からの帰還
第十階層での壮絶な戦いと仲間の喪失を経て、冒険者たちは深い悲しみに包まれながらも、再び立ち上がろうとしていた。
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第十階層:死の記憶と、戦いの前哨
──帰ってきたはずだった。
だが、誰もが「帰ってきた」と感じていなかった。
あの白銀の地獄。氷の咆哮と、仲間の死。今もまだ胸の奥に、鈍く重く残っている。
智也たち四人は、街の宿に戻っていた。それぞれの部屋に散り、だが眠れず──同じ空間に集まっていた。
「……美月、が」
涼が俯いたまま呟く。
「強かったよな。誰よりも、冷静で、魔力の操作も上手くて……」
「……俺なんかより、ずっと冷静で……なのに……」
光貴が拳を握り、低く呻いた。
「……助けられたはずなんだ。あの時……俺がもっと早く気づいていれば……」
「やめて」
遥の声は震えていたが、はっきりしていた。
「それを言い出したら、キリがない。あの場にいたのは、私たち四人で……でも、それでも──彼女は死んだ」
智也は黙っていた。何も言えなかった。
口を開けば、崩れてしまいそうだった。
静寂が部屋を支配する。灯りの明かりが、誰の顔も照らせない。
「……でもさ」
涼がふと顔を上げた。
「俺たち……前より強くなってないか? 迷宮にいた時、確かに、苦しかったけど……戦えてた。ポイズンスネイクの群れも、倒して進んだ」
「それは……スライムの階層で、あれだけ連戦して……無理やり底上げされたんだろうな」
光貴が呟く。だが、その声には確かに手応えがあった。
攻略前と比べ、自分達が比べ物にならないほどに強くなっている。
「……確かに、俺も感じた。あのとき、動けた。あのスピードにも、ほんの少し反応できてた……」
「でも……ホワイトベアは別格だよ」
遥が呟いた。吐く息に涙が混じる。
「強くなったって思った。戦えるようになったって思った。でも──あれは、違う」
「……うん」
智也が頷いた。
「強化なんて関係ない。俺たちがどれだけ戦って、どれだけ成長しても……あれに届くとは思えなかった」
沈黙。誰もが、あの爪を、氷柱を、炎の奔流を思い出していた。恐怖に震えながらも語る。
「悔しいな……」
遥の瞳から、つっと涙が落ちた。
「……強くなりたい。美月を、こんなふうに殺されないくらいに……!」
誰もが、その想いを共有していた。
「……そうだな。だったら、まず“試す”か」
智也が立ち上がる。
「強くなった力が、どれほどのものなのか。実戦で……確かめてみよう」
彼らは前向きに考える。失った者のために少しでも強くなろうと考えるようになった。
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闘技場 訓練区域
鉄と石の匂い。観客のいない広場に、冒険者たちの声が響く。
智也たちはそれぞれの得意な武器を手に、模擬戦を始めていた。相手は街の訓練師──熟練の戦士たちだ。
「ふッ……!」
涼が繰り出した剣が、相手の盾を裂く。彼の動きは格段に鋭く、重さも乗っていた。
「ほう、なかなか……!」
対する戦士が苦笑しながら後退する。その表情に、真剣さが混じり始めていた。
光貴の拳が地面を揺らすように打ち下ろされ、遥の幻術が目をくらませる。智也の双剣が、風のように舞う。
──結果。
全員が、訓練師たちに勝利していた。
「……すげぇな。こんなに強くなってたのか……」
涼が息を吐く。誰もが、今までの自分との違いを実感していた。
だが、そこに──声が響く。
「おーい! お前ら……涼じゃねぇか?」
振り向けば、四人の冒険者がこちらに歩いてきていた。知り合いだ。何度か迷宮の前で顔を合わせたことのあるパーティ。
「お前らか。どうした?暇だから来たのかよ」
「んなわけねえだろ。迷宮潜って強くなるのもありだが、ここではアドバイスくれる監督がいるからよ。それで来ていたんだわ」
「そうかよ」
「アレ?お前ら、五人じゃなかったか? あと一人……どうした?」
その言葉に、空気が凍った。
誰も、すぐには答えられなかった。
やがて──智也が静かに言った。
「……美月は、死んだ。第十階層で……ホワイトベアにやられた」
冒険者たちは目を見開いた。
「は……ホワイトベア? なんだそれ……って、え、あの白いやつか?」
「おいおい待て、第十階層って……そこ、階層ボスいるとこじゃ……?」
言いかけて、一人が口をつぐんだ。
「……階層ボス、だったのか」
遥が呟く。
「そうだよ……あの階層、十階って、最初の“大きな壁”なんだ。五階層のゴーレムなんかとは比べものにならない。だって、あれ以降は“本番”だって、言われてるんだぞ……」
「……納得した。あんだけ強くなってる理由も」
急激な成長。彼らの戦闘能力が急激に高くなったのにも説明ができた。冒険者達は納得して労いの言葉をかけようか迷った。
「つーか、よく生きてたな……マジで」
どこか震える声で言う知人たちに、智也たちは頷くことしかできなかった。
「……でも、生きて帰ってきた。俺たちは、まだ……戦える」
「仲間の分も、生きる。強くなる。……このままじゃ、終われないから」
拳を握った光貴の横で、涼が静かに言った。
「ホワイトベアに勝つ。……それが、次の目標だ」
それは無謀かもしれなかった。
だが──無理だと逃げれば、二度と届かない。
だからこそ、彼らは進む。
この力で、次は“守るために”。
──続く。
次回の話は明日の21時半に投稿します!
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