29話 胡散臭い者達
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三人の冒険者パーティが、夕食を囲んでいた。
「数ヶ月前にできた渋谷ダンジョン……あれ、やっぱりヤバいよな。東京の他のダンジョンとは比べものにならないくらい、危険度が高すぎる……」
頭を抱えながら言ったのは、黒髪で平均的な身長の男、木霊霞。その表情には不安と焦燥が滲んでいた。彼の言葉に、隣の二人も眉をひそめて頷く。
「東京のダンジョンは他県と比べておかしいのよ。魔物のステータスが異常に高い上に、レベルアップでの強化も激しい。強い魔物ほど成長の恩恵を大きく受けるから仕方ないわ」
冷静な分析を口にしたのは、眼鏡をかけた背の高い美人、鹿島麗子。理知的な印象を受けるが、その奥にある警戒心と経験に裏打ちされた判断力が滲み出ていた。
「そうね。私たちのようなBランク冒険者ならまだしも、下のランクの冒険者じゃ太刀打ちできない。悩んでばかりいても仕方ない。今は前向きに考えた方がいい」
そう言って柔らかく微笑んだのは、黒髪ロングの女性、正木花音。だが、その目は静かに戦いへの覚悟を滲ませていた。内に秘めた意思の強さが、彼女の優しげな雰囲気を引き締めている。
三人はBランク冒険者としては十分に強く、実力はAランクに匹敵すると噂されるほどだった。そんな彼らですら、渋谷ダンジョンの強さには頭を抱える。
「9階層まではまだ簡単だけど、10階層からは別格だよな」
「10階層のボス、ホワイトベアは異常に強い。上の階層から降りてきた魔物を捕食して、どんどん強くなっているから……」
「しかも捕食しなくても強い。倒した魔物の経験値を全部吸い取ってるから、もうAランククラスの力になってる」
「だからCランク以下の冒険者は10階層にすら到達できていない。9階層止まりっていうのも納得」
「11階や12階のゴーレムやガーディアンはまだマシだし、ゴーレムは強化もされにくい。でも……それでもやっぱり強い」
「生まれて間もないダンジョンにしては強すぎる。数年前にできたってわけじゃないよね」
「そんなわけない。ダンジョンが現れたら冒険者はすぐ気づく。渋谷ダンジョンも出現したのはほんの数時間前だ」
「そうだよな……高ランクが気づかないわけない」
沈黙が、卓上に重く垂れ込めた。
――その時。
背後から、ギシ、と椅子が軋む音が響く。
「渋谷ダンジョンの話か。面白いな、それ」
『!?』
三人は一斉に振り向く。そこには、いつの間にか一人の男が座っていた。
「なんでお前が東京にいるんだ?……裏孤」
霞が思わず口走ったあだ名に、男は眉をひそめて鼻で笑った。
「……ダサすぎるよ、そのあだ名。センスがゼロすぎる」
名は――蛇ノ木寝灰。その狐のような目と、どこか全てを見透かしているような笑みが、不快な寒気を背筋に走らせる。話し方もどこか飄々としていて、信用ならない。
「ふふ……ま、冗談だよ。で、さっきの話だけどさ。俺たちもその渋谷ダンジョンに挑もうと思ってる」
「……“俺たち”?」
霞の問いに答えるように、静かに歩いてきた二人の女性がその場に姿を見せた。
一人は、冷たい空気を纏っているような長身の女――青羽古鳥。長い黒髪に冷たい無表情。その美貌は誰もが振り返るほどだが、見た目とは裏腹に、どこか異様な気配を放っている。その眼差しはまるで人形のように感情が希薄で、時折、獲物を値踏みするかのように動く。
「…………人が増えて騒がしくなったわね」
言葉は淡々としていたが、その裏に何かを刺すような感情が垣間見えた。
もう一人は、やや低めの身長で優しい笑みを湛えた女性――真木咲楓奈。短めの黒髪に清潔感のある顔立ち。第一印象は非常に柔らかく、人当たりも良さそうだったが、どこか底知れない「影」を感じさせる。
「よろしくお願いします。私たち、ただの通りすがりの冒険者ですが……少しだけ手助けできるかもしれません」
その微笑みは温かく、どこまでも善意に満ちていた。だが霞は本能的に理解していた――この人を怒らせたら、きっと取り返しのつかないことになると。
三人の間に、沈黙が流れる。
蛇ノ木が笑いながら口を開いた。
「まあ、明日から渋谷ダンジョンに行く予定でさ。合流……とは言わないけど、攻略の進行具合、気になるよね?」
「……俺たちは俺たちで行動する。組むつもりはない」
麗子がぴしゃりと断った。目は鋭く、蛇ノ木の胡散臭さを拒絶している。
「ふふ、残念。いや、むしろその方がいいかもな。俺たち、変人ばっかりだし」
その言葉に、青羽がくす、と笑いを漏らす。真木咲はそれを見て、心底楽しそうに笑った。
「本当、寝灰さんと古鳥ちゃんは変わってるから……でも、私は好きですよ」
三人組の冒険者たちは、明確な警戒心を持ちながら、その場を後にした。
──
その夜、宿の一室。霞たちは入念に準備を進めていた。
「……あの三人、妙に馴染んでたな。何者だ?」
霞の問いに、麗子は眉をひそめながら答えた。
「分からない。ただ、蛇ノ木……あいつ、天眼を持ってる。魔物だけでなく、人の“情報”も読めるはずよ」
「性格の悪そうな狐顔だったけど、実力は確かにありそうだった」
花音は装備を整えながら、手を止めて呟いた。
「それに……あの二人の女。青羽古鳥、あれは目が怖い。感情が読めないし、何を考えてるのか分からない。でも、すごく強い魔力量を感じた」
「真木咲楓奈の方は……見た目は柔らかいけど、あれは……怒らせたらいけないタイプ。蛇ノ木たちが信頼してるのも分かる」
霞は静かに頷く。
「……あいつらがいてくれるのは助かる。だが、敵に回ることになれば――それこそ地獄だ」
彼らの胸に去来するのは、不安と緊張、そして微かな希望。
──
翌朝、冷たい風が吹き抜ける渋谷ダンジョンの入口。
霞が前を見据えて呟く。
「やるしかないな……」
「ええ、後戻りはできないわ」
麗子の瞳は鋭く、だが恐怖はなかった。
花音はそっと目を閉じ、短く深呼吸をした。
「私たち三人なら、きっと乗り越えられる。渋谷ダンジョンの真実を、この目で見届けよう」
三人は無言で頷き、そして一歩、また一歩と、渋谷ダンジョンへと足を踏み入れていった。
──“未知”と“真実”の深淵へ。
明日の21時半に投稿します
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