21話 まだ見ぬ地獄と引くは引く魔王
魔王の間にて
「……マジかよ。あいつら、デス・ナイト討伐したのかよ」
玉座の前に映し出された魔法の水鏡。その中で、十人の冒険者たちが死の騎士を撃破する決定的瞬間が繰り返されている。
魔王――竜の魔王《黒崎 四》は、呆れたように小さく息を吐いた。いつもは面倒くさがりな彼ですら、目の前の光景には軽く驚きを隠せなかった。なんせ、やり過ぎたかもしれないと思うほどに強い魔物、デス・ナイトが冒険者10人に倒されたという衝撃な現実を見てしまった。
「まさか、倒せるとはな……デス・ナイトは俺が思ってるより雑魚だったか?」
自嘲気味に笑いつつも、脳内ではすでに次の対策が練られている。
あのデス・ナイトは、単なる16階層の番人として設置しただけだった。だが、腐敗人間の軍勢と馬に跨り、闇と死と召喚を操るその騎士は、紛れもなく常識外れの強さを持っていた。普通の冒険者なら、まず突破は不可能――のはずだった。
「……今回の連中は、俺の想定をちょっとばかし超えてたか」
椅子の肘掛けをトントンと叩きながら、彼は目を細めた。
「このままじゃ19階層までの魔物じゃ歯が立たないな……となると、20階層の“あいつら”と戦わせるしかないか?」
そう呟くと、口元に笑みが浮かぶ。
「ま、別に構わねぇ。魔物は一定時間経てば復活する。損失ゼロ……むしろ、いい刺激になるだろ」
事実、討伐されたデス・ナイトもすでに復活していた。倒されても何度も蘇る。
「16階層に置いとくには惜しいな……21階層にでも配置しとくか」
彼が指を鳴らすと、空間が歪み、デス・ナイトの魂核が転送される。
「……1体しかいねぇし、大切にしねぇとな。ま、その前に21階層の“あの二体”の了承を取らねぇといけないけどな……あいつら、手間かかるからなぁ……いろんな意味で」
そう、竜の魔王は理解していた。20階層に鎮座する、死霊聖騎士――《デス・パラディアン》の二人。その忠誠心は、もはや狂気と紙一重であり、“あの二体”が暴走しないよう管理する方が面倒なのだ。ため息しながらその場から立ち上がる。
「……一応、行くか……」
光のない目で玉座から離れて歩き始める。
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20階層――死の聖域
静寂の礼拝堂。石造りの柱と祭壇。うっすらと立ちこめる霧の中、二つの影がひざまずいていた。
死の聖騎士ーーー静と紫苑。
純白の聖騎士服を纏い、目を閉じ、祈るように沈黙を保つその姿は、まるで神に仕える清廉な巫女のようだった。だが、その実態は魔王に魅了された重度の信奉者にして、常軌を逸した狂信者。
「……デス・ナイトが、やられたみたいね」
静が先に目を開き、艶やかな声で呟いた。
「ふふ……あの程度の男では、魔王様の寵愛には届かないのよ。ねえ、紫苑?」
「ええ、当然よ。あんな雑魚と私たちを同列に扱わないでほしいわ」
紫苑は陶酔したように両手を頬に当て、蕩けるように微笑む。その表情はまるで人間のようだった。
「……ねぇ静。もし魔王様が、今この礼拝堂に現れたら……わたし、即座にこの床に寝転んで、魔王様の靴を舐めてお迎えしてもいいかしら?」
「却下。靴を舐めるのは私の役目よ」
「じゃあ、足の爪を磨かせて。魔王様の爪に触れるなんて……ああ、聖なる悦び……!」
「その前に、私が魔王様のマントの汚れを舌で拭くから。布1枚たりとも不浄にしないのが、私の誓い」
彼女たちは本気だった。魔王に触れる行為すら、神聖な儀式のように扱っていた。
(こいつら、やべぇ……)
一度だけ彼女たちに挨拶をしに来た魔王は、あまりの忠誠心に一瞬だけーいや、本気でドン引きした。目を見つめただけで喘ぎ声を上げ、彼が落とした手袋を拾って「これを毎晩枕にして寝ます」と宣言し、しかもその場でポケットにしまい込んだのだ。そう言う過去がある魔王は彼女達2人とあまり関わりたくなくなってしまったのだ。
「でも、魔王様の前に他の魔物を置くなんて……ちょっとだけ妬けちゃうわ」
紫苑が僅かに怒気を含んだ声で呟く。
「うん……許されない。魔王様の寵愛は、私たちだけのもの」
「私たちが魔王様の剣であり、盾であり、恋人であり、花嫁であり、墓標なの」
「誰よりも魔王様のことを知ってる。好きで、信じて、命すら要らないって思ってる」
「でも、その命も……魔王様に抱かれるその瞬間までは絶対に死ねない!」
「……静、もし私たちのどちらかが先に消えたら……魔王様の指先だけでも、形見に残してもらえるかしら?」
「その発想はなかった……最高ね……っ!」
彼女たちは互いに頷き合い、息を整えて再び静かに祈りを始める。
(こいつら……何を言っているんだ……)
外見赤ちゃんからのドン引きしていた。
しかしその時、空間が揺れた。
「……転送の気配」
「デス・ナイトね。魂核が……21階層に? あら、わざわざ私たちの隣に?」
「ふふ。魔王様……やっぱり見ていらしたのね。私たちの“準備”が整っていることを……」
「嬉しい。でも、嬉しいのと同時に……デス・ナイトを隣に置いたこと、ちょっとだけ許せないかも」
「でも大丈夫。彼がまたやられれば、魔王様はきっと私たちを召し出す。私たちが必要だって……わかってくださる」
彼女たちは笑い合い、再び目を閉じた。祈りは再開されたが、心の中は静かな炎で満たされていた。その炎は、妄執と愛欲と忠誠が混ざり合った、正体不明の感情だった。
ちなみに魔王は2人の言動にあまりにもキモ・・・ゲフンゲフン、恐ろしいため、2人の前に現れなかった
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再び動く死
その頃、転送されたデス・ナイトは、21階層の外縁――廃墟と化した古城の片隅に姿を現していた。
既に以前の敗北の記憶は断片化し、理性は希薄だ。ただ一つ、命令だけが鮮明に刻まれている。
――冒険者を屠れ。腐敗人間を増やせ。
死者の残骸が転がる礼拝堂跡に立ち、彼は静かに呪文を紡ぐ。
「……召喚……従属……死よ、再び歩め……」
周囲に黒い霧が渦巻き、腐敗臭が広がっていく。そこには、かつて殺された冒険者たちの魂が眠っていた。
「……起きろ。腐り、蘇れ……我が兵として」
数体の腐敗人間が地中から這い出る。肉は崩れ、骨は軋み、目は虚ろに揺れている。だが、彼らの指先は――明確に“生者”を求めて動き始めた。
デス・ナイトはただ無言で、それを眺める。
彼の目には、感情などない。ただ、命じられた仕事をこなす道具のように。けれど、その“道具”が再び前線に立つとき――《デス・パラディアン》という“狂信者”二人と、“竜の魔王”の名のもとに、世界はさらに深い死に包まれる。
次なる地獄の幕は、静かに、だが確実に開かれつつあった。
次回の投稿は明日の21時半にします
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