20話 死霊と英雄
今回の話は5600文字あります
長いのでご注意
来たのは屋敷の中、どこかの洋風の屋敷の中の扉を開けて入る
「ここが十四層……魔物の気配はあるが、なんか小さい?」
神谷涼が足を止め、耳を澄ませる。すると、どこからともなく複数の足音──素早く、軽快なものが響いた。
「来るよ、前方から五体!」
月城梨花の警戒の声とともに、影が飛び出してくる。それは緑色の肌に、小柄な体躯。だが目だけは爛々と赤く輝く。
「ゴブリン……予想通りだ」
春日井聖が呟く。情報通り、この階層に現れるのはゴブリンのみ。それも特筆すべき強さはない。
「悪いが、虫でも潰すようにいかせてもらうぜ!」
佐伯亮真が走り出す。その速度にゴブリンが反応する間もなく、剣が一閃。赤黒い血飛沫が宙に舞い、ゴブリンの首が地に転がった。
「チッ、脆いな」
嶋田剛士も続き、豪斧を一薙ぎ。三体を一撃で粉砕する。まるでおもちゃのようだった。
「この階層は完全に消耗回復用ね。気を抜かなければ問題なし」
香坂美佳の幻影が、逃げようとする最後の一体の足元に罠を展開し、その動きを止める。続けざまに志摩綾音の火球が直撃し、焼き尽くした。
──十体、二十体と現れようと、すべてが瞬く間に掃討されていく。
「これなら、ここを通れなかった冒険者の気が知れないな」
野崎拓人の皮肉に、誰もが小さく笑った。
だが、その油断の中にも警戒は怠らない。彼らは知っている。迷宮とは、いつだって”次”が地獄だということを。
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──十五層、石の守護者の間。
天井が高く、空間が急に広がった。空気が重い。先ほどの雑魚階層とは明らかに異なる気配に、全員が無言で武器を構える。
「いる……右奥と左上段の柱裏に、二体」
志摩綾音の《探知の魔眼》が敵の気配を捕らえた。
そして──地響きと共に、それは姿を現す。
全身が巨大な岩で構成され、深緑色の光が体内に脈打っている。石像のような顔は無表情のまま、冒険者たちをじっと見据えていた。
【ストーンガーディアン】
体力:1580/攻撃力:1410/防御力:2514/魔力:1006/運:108
魔法:土魔法
スキル:なし
「先のガーディアンより厄介だな……防御が段違いだ」
神谷涼が短く告げる。防御力2514──すでにこの階層の常識を超えている。
「でも、スキルはない。ってことは、破壊光線も再生もないってことだ」
春日井聖の冷静な分析に、希望の光が差す。
「だったら、全力で削るだけだな!」
佐伯が真っ直ぐに突っ込む。《貫通斬撃》が発動するが、ガーディアンの分厚い胸部にわずかな傷を刻むのみだった。
「ッ……通らねぇ!」
だが嶋田が横から襲いかかり、《豪斧連打》で集中攻撃を加える。わずかにだが、岩が削れ、破片が砕けて落ちていく。
「効かないわけじゃない!」
月城が氷魔法で動きを鈍らせ、志摩が精密な雷撃を右脚に落とす。石の表面が焦げ、魔力の波動が漏れ出す。
──敵も黙ってはいない。
ストーンガーディアンが巨大な拳を振りかざし、嶋田へ叩きつける。その瞬間、《鉄壁の盾》が展開される。
「くっ……!」
受け止めたものの、衝撃は強く、嶋田が数歩後退する。
「こっちは防御スキルなしで受けてる。押し負けるなよ!」
「回復行く!」
羽田悠人が回復魔法を放つ。神谷が《瞬歩》で背後に回り、脚の関節部へ斬撃を加える。そこはわずかに装甲が薄く、切れ目が入った。
「ここが狙い目か!」
神谷の声に呼応し、佐伯がそこを目掛けて一撃を重ねる。連撃が傷を広げ、ついに関節が砕けた。
「一体、膝を落とした!」
野崎の《地裂爆》がその隙を突き、下半身を地中に沈める。動きが止まった瞬間、全員の攻撃が一点に集中した。
──そして、轟音と共に崩れ落ちる。
「あと一体だ!」
香坂美佳の幻影が敵を翻弄し、志摩の《加速陣》が展開される。全員の速度が上昇し、攻撃が雪崩のように襲いかかる。
「突破するぞッ!」
神谷の《瞬撃斬》が装甲を貫き、春日井の聖光が致命の一撃となる。
──二体目もまた、音を立てて崩れ去った。
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──十五層クリア、安全地帯にて。
静けさの中に、息遣いだけが残る。
「……強かったな。スキルなしでこれか」
嶋田が岩に腰を下ろし、汗を拭う。
「逆にスキルがないからこそ、純粋に硬さと攻撃力でゴリ押してくる感じだな」
神谷は剣を収めながら、仲間たちを見回す。
「だが、これで確信した。過去の冒険者たちが、ここで苦戦して足止めを食った理由がよく分かる」
「そうだね……この堅牢さ、破壊光線よりもある意味厄介だった」
月城がそう言いながら、氷で傷口を冷やしていた。
「だが、次が本命だろ」
野崎が重く告げる。そう──十六層、死の騎士が潜む、迷宮の真の難関が目前に迫っているのだ。
迷宮の第十六層、その入り口を抜けた瞬間、一行は言い知れぬ違和感に包まれた。
「……ここ、廃村……?」
月城梨花が低く呟く。風もなく、音もなく、空気だけが異様に乾いている。石畳の道はところどころ崩れ、苔むした井戸や瓦礫に埋もれた家屋が並ぶ。ひと昔前に人が住んでいたであろう痕跡は、今では誰もが避ける死の静寂に覆われていた。
「魔物の気配はある……でも、完全に潜伏してる。隠れて見ているような……そんな感じだ」
神谷涼が剣の柄に手をかけ、目を細める。全員が沈黙のまま、村の中心部にあたる安全地帯──半壊した広場の中央へと向かった。
そこには倒れた石像と朽ちた教会、そして割れた水瓶と干からびた果実。かつて人の営みがあったはずの場所は、今では亡霊の棲家となっていた。
「この層、本当に何もいないのか?」
春日井聖が周囲を警戒しつつ声を落とす。香坂美佳は首を横に振りながら呟いた。
「……違う。これまでと空気がまるで違う。ここ、たぶん“待ってる”のよ」
「何が?」
「……“何か”が、よ」
嶋田剛士が岩に背を預け、腕を組みながら低く言う。
「あのストーンガーディアンだって常識外れだったが……この層はさらに上。正直、あれを単独で倒せるパーティなんて、国家クラスしかいねぇ」
神谷が頷き、周囲の警戒を強めながら言葉を続けた。
「だが、次に進まなければならない。ここが“境界”なんだ。この迷宮が、本当の意味で異常だと証明される層……」
誰もが無言で頷いた。ここまできた以上、引き返す道はない。そして、彼らは知ることになる──“竜の迷宮”の本質を。
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次の日──
「これが……全滅の瞬間の映像記録か」
志摩綾音が魔力を端末に流し込むと、空間に映像が投影される。そこには、1か月前に消息を絶ったBランク冒険者たち二組の姿が記録されていた。
最初の映像は明るかった。ゴブリンを瞬殺し、ストーンガーディアンにも苦戦しながらも見事に勝利を収めていた。
だが、十六層に足を踏み入れた瞬間、映像の空気が変わる。
腐敗臭。呻き声。重い蹄の音。石畳に響く、それは地獄の騎士の来訪。
──そして、現れた。
【死の騎士】
黒銀の甲冑。燃え盛る眼。腐りかけの馬に跨り、手には闇を纏う大剣。ひと目で分かった。こいつは“格”が違う。
「……っ」
映像の中の冒険者たちは、まるで人形のように蹂躙されていく。砕かれ、斬られ、殺され──そして蘇り、仲間を殺す。
「これは戦闘じゃない……処刑だ……」
神谷涼が唇を噛みしめる。
「意思がある……明確に“絶望”を与えに来ている。こいつ……遊んでる」
映像が終わった後の空気は重苦しかった。沈黙。無言。誰もが、言葉を持てなかった。
⸻
翌日──腐敗と戦端
朝、村に腐敗臭が漂い始めた。
「来た……!」
朽ちた家屋の影から、呻き声とともに現れる無数の影。腐った皮膚。露出した骨。泥に塗れた装備。
「ゾンビだ……!」
だが、その中に見覚えのある顔が混じっていた。昨日の映像で死んでいった冒険者たち。
「……ああ……!」
誰もが一瞬だけ戸惑う。しかし──
「──抜け!」
神谷の号令と共に、剣が、魔法が容赦なく放たれた。
志摩の雷撃が焼き、佐伯の《貫通斬撃》が心臓を貫く。野崎の火球が一体を吹き飛ばし、香坂の幻影が撹乱をかける。
「眠れ……安らかに」
春日井が聖光で屍を浄化する。瞬間、腐敗人間が塵となって崩れ落ちた。
──その時。
「蹄音……」
月城が顔を上げた。全員の動きが止まる。
石畳に響くのは、重く規則的な足音。廃村の奥、闇を割って現れたのは──
【死の騎士】
体力:3403/攻撃力:6018/防御力:3107/魔力:2571/運:284
魔法:闇・死・召喚魔法
スキル:騎士道/腐敗人間支配/忠誠心
「馬を落とす、地上に引きずり出すぞ!」
神谷の号令と共に戦闘が始まる──
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佐伯が一閃、《貫通斬撃》が馬の前脚に突き刺さる。黒血が噴き出し、馬が苦悶の嘶きを上げる。
嶋田の《豪斧連打》が後脚を砕き、香坂の幻影が馬の視線を引き付けた隙に、志摩が《雷鎖撃》を投下。稲妻が骨と鎧を焦がす。
「あと少しだ、脚を狙え!」
野崎の氷槍が馬の膝を凍てつかせ、月城の《音速斬》がその氷を断ち割る。
蹄が崩れ落ち、デス・ナイトが転倒する。しかし、すぐに鎧を鳴らして起き上がった。
地上戦。
春日井の《聖なる閃光》が魔力障壁を破壊し、神谷の《瞬撃・紅閃》が鎧の隙間をえぐる。
だが、デス・ナイトの剣が反撃する。風を断ち、空間を歪める漆黒の一閃。
志摩が叫ぶ。「避けろ!」
香坂が横に跳び、野崎が身を伏せる。その場に刻まれた深い溝が、斬撃の威力を物語っていた。
「まだ倒れない……!」
嶋田が膝をつく。それでも諦めず、神谷が最後の気力を振り絞る。
「──《瞬撃・紅閃》!」
継ぎ目を狙った渾身の一撃が、ついに──
ズバァァンッ!
鎧を斬り裂き、首を断ち切った。
【死の騎士討伐成功】
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レベルアップとステータス上昇(10名分)
【レベルアップ】Lv+2
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【神谷 涼】Lv:66
体力:1448/攻撃力:1362/防御力:1198/魔力:1228/運:187
魔法:雷撃魔法、風刃魔法
スキル:瞬歩、剣技【雷閃】、統率
【月城 梨花】Lv:65
体力:1408/攻撃力:822/防御力:1016/魔力:1694/運:184
魔法:氷結魔法、解析魔法、結界魔法
スキル:マナ視認、魔法陣展開、知識の書庫
【嶋田 剛士】Lv:67
体力:1652/攻撃力:1147/防御力:1020/魔力:768/運:168
魔法:強化魔法、火炎魔法
スキル:挑発、怪力無双、怒涛斬
【春日井 聖】Lv:63
体力:1107/攻撃力:1127/防御力:1144/魔力:1250/運:193
魔法:聖光魔法、浄化魔法
スキル:再生祈祷、祝福、精神耐性
【佐伯 亮真】Lv:64
体力:1008/攻撃力:1108/防御力:1373/魔力:1225/運:179
魔法:火炎魔法、光魔法
スキル:二刀流、背撃、熱意
【香坂 美佳】Lv:62
体力:1198/攻撃力:1136/防御力:1264/魔力:1380/運:182
魔法:幻影魔法、束縛魔法
スキル:迷彩、影歩、錯乱
【野崎 拓人】Lv:68
体力:1522/攻撃力:1333/防御力:1204/魔力:877/運:176
魔法:地裂魔法、強化魔法
スキル:不動、絶壁防陣、反撃
【志摩 綾音】Lv:63
体力:1556/攻撃力:1414/防御力:1456/魔力:1121/運:186
魔法:雷鳴魔法、加速魔法
スキル:高速詠唱、魔力連鎖、瞑想
【羽田 悠人】Lv:66
体力:1380/攻撃力:1432/防御力:1300/魔力:1186/運:180
魔法:武装魔法、回復魔法
スキル:集中、連撃、護衛
【榊 真】Lv:64
体力:1406/攻撃力:1146/防御力:1342/魔力:1320/運:190
魔法:風魔法、毒霧魔法
スキル:奇襲、戦術眼、弱点看破
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彼らは、初めて“S級迷宮”に触れた。絶望と、力の代償。それでも彼らは進む──その先に、世界の理を覆す“真実”があると信じて
燃え残る腐臭と、鉄と焦げた土の匂いが漂う中、一行は廃村の安全地帯に戻っていた。誰もが肩で息をし、傷を癒しながら、静かに自身のステータス変化を確認していく。
最初に驚愕の声を漏らしたのは、前衛の神谷だった。
「……は? これ……本当に俺の数値か?」
虚ろな目で端末を見つめたまま、震える声で呟く。
「攻撃力が……かなり上がってる……防御も……」
「私も……魔力が……」
志摩綾音が目を見開き、端末を抱きしめるようにして口を開く。
「千を超えてたのに、更に数十以上上昇して……。これ、通常のレベルアップじゃあり得ない……」
春日井聖は沈痛な面持ちで頷いた。
「ただのレベルアップじゃない。これは、経験値の質が違いすぎる。あの“死の騎士”……あれは、神話級の魔物だ」
「一度の戦闘でここまで……」
香坂美佳が、幻影で数値の変化を再現して見せる。光の粒が形を変え、一人ひとりのステータス上昇を視覚化するたびに、誰もが驚愕を隠せなかった。
「オレ、防御が百近くも上がってる……。この迷宮、なんなんだ……」
嶋田剛士が膝に手をつきながら唸る。いつもは豪胆な彼の声がかすかに震えていた。
「まるで、命を削って進んだ者だけに与えられる“褒美”って感じだな」
佐伯修司の言葉に、一瞬空気が重くなる。誰もが、あの戦闘で死を覚悟したのだ。
「これが、S級迷宮の報酬……?」
野崎遼が呟くと、芹沢奈々が静かに頷いた。
「ええ……でも同時に、これだけの見返りがあるということは、それだけの“代償”を求められるということ……。この先、もっと強い存在がいるってことよ」
一行の視線が、再び村の奥、迷宮の続く闇へと向けられる。
「でも……」
月城梨花が口を開く。
「ここまで来た。後戻りはできない。だから、私たちは行くのよ。力を得たなら、なおさら──“あの存在”の正体を突き止めるまで」
力を得た歓喜も、安堵も、すぐに霧散する。
戦いの果てに待つものが、祝福か破滅かは誰にもわからない。
それでも、彼らは剣を、杖を、覚悟を握り直す。
彼らはもう、ただの冒険者ではなかった。
S級迷宮《竜の迷宮》に挑み、生きて帰った者。
そして──それを、次へと伝える者。
進む先にある“真実”のために、再び地獄の底へと足を踏み入れるのだった。
次回の投稿は明日の21時半にします
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