16話 絶望の会議と判断と世界公表
冒険者組合、絶望の会議
──冒険者組合本部。
そこは王都の中心、巨大な石造りの建物の最上階にある会議室。円卓を囲むのは、各地の支部長や高位職員たち。冒険者を束ね、育て、送り出す全ての責任が彼らの肩にある。
部屋の空気は重かった。全員が沈黙し、壁に設置された魔導スクリーンに注目していた。
「……始めてくれ」
議長の声は低く、そして震えていた。
一人の技術担当が手元の水晶端末を操作すると、スクリーンに映像が映し出された。
映し出されたのは、迷宮の第十五階層。そこにはBランク冒険者たち──「黒の狼」と「天馬の流星」、計十一名の勇姿があった。
ゴーレムを打ち倒し、ストーンガーディアンに苦戦しながらも勝利を手にし、仲間と笑い合う姿。スクリーンを前にした者たちは、その映像に思わず頬を緩める。
「……ああ、よくぞここまで」
中年の支部長が感嘆の声を漏らす。
「これほどのパーティが二組……希望の光だ。Sランク昇格も現実的に思えてきたな」
「……彼らには、我々が密かに仕込んだ魔導カメラを装備させていた。記録のため……いや、万が一の検証用として、だ」
画面が切り替わる。第十六階層──腐敗した村の入口。画面越しにも伝わる異様な臭気、漂う緊張。
最初に現れたゾンビの群れを容易く蹴散らす冒険者たちに、また同じく、安堵の声が漏れる。
「思ったより危険度は……いや」
異変はすぐに訪れた。
──カツ、カツ、カツ。
乾いた足音。遠くから現れる、漆黒の騎士。
【死の騎士】のステータスが映された瞬間、室内が凍りついた。
「攻撃力……六千超え……だと?」
「ありえん……魔王じゃないか、これは!」
誰かが椅子を引く音が響く。背中に汗が伝う音が聞こえるほどの静寂。
そして、惨劇が始まった。
フェリスの死。バルドの粉砕。一撃、一撃が、命を奪う。
「止めてくれ……もう、十分だ……!」
支部の若い女性がスクリーンから目を逸らし、震える手で口を覆う。
ラグナの剣が通じず、リヴィアの魔法が破られ、ユズの指揮が意味をなさなくなる。
全滅。
その二文字が頭をよぎる前に、全員が地に倒れた。
ラストカット──屍となった冒険者たちが、《デス・ナイト》の命令で立ち上がり、村を巡回する無言の歩哨となる姿が映し出された時、誰もが声を失った。
地獄と呼べる映像に絶句する。
「……これは、もはや迷宮ではない」
誰かが呟いた。
「監視カメラが捉えたのは以上です。彼らは……戻ってきません」
技術担当が言葉を絞り出すように告げた。
その瞬間、誰かが拳を叩きつけた。
「ふざけるな……! 何だあれは……何で、あんな化け物がなぜ、十六階層にいる……!? ふざけてる……!」
その男は肩を震わせ、頭を抱え、顔を真っ赤にして叫んだ。その強さは階層ボスと呼べるほどに高く、ステータスが異常すぎた。
「……落ち着け。気持ちはわかる……が、感情ではどうにもならん」
冷静な声で議長が諫める。しかしその顔も、苦悶に歪んでいた。
「映像は確かに真実を示している。……あの《デス・ナイト》は、我々の知る魔物の範疇を越えている」
「……S級魔物、でいいのでは?」
年老いた女性幹部が口を開いた。
「実績のある冒険者たち、11名を一瞬で……それも、屍として操るという異常なスキルを持つ存在は、A級などでは評価しきれん」
「同意だ……それに、この竜の迷宮。階層構造、魔物の質、そして今回の《死の騎士》。全てが、規格外」
「……この場で決を取る」
議長が立ち上がる。その表情は、苦渋に満ちていた。
「『竜の迷宮』を、S級迷宮として正式に認定する。反対は──」
誰一人として手を挙げなかった。
「……満場一致か。では、ここに記録しよう」
誰もが沈痛な面持ちでうなずいた。
「犠牲となった冒険者たちに、敬意を。彼らの奮闘がなければ、この判断はなかった。我々は……再び、彼らのような犠牲を生まぬよう動くべきだ」
部屋には、しばしの沈黙が続いた。
映像が消えた後も、あの「斬撃の音」だけが、耳の奥にこびりついていた。
──そして、誰もが確信していた。
この迷宮は、すでに“何か”に乗っ取られている。
次なる探索者は、それを知った上で──命を賭けることになる。
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冒険者組合、情報の解禁と世界の衝撃
──数時間後、冒険者組合は緊急声明を発表した。
「竜の迷宮における異常事態と、十一名の冒険者の死亡。これらの情報を、全世界の市民に対し、正式に共有いたします」
魔導ネットを通じ、世界各地に配信された映像は衝撃的だった。
映し出されたのは、十五階層までを突破するBランク冒険者たちの勇姿。そして、十六階層で《死の騎士》に蹂躙され、全滅する地獄絵図。戦闘の鮮明な記録、断末魔、飛び散る血肉、そして最後に屍として操られる姿。
SNS上ではすぐさま炎上と呼べる規模の議論が巻き起こった。
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【#竜の迷宮】【#デス・ナイト】【#冒険者全滅】
「嘘だろ……Bランク11人が全滅って」
「これ本当にノーカット映像?合成じゃないのか?」
「死体を操るとかヤバすぎ。もう人類の敵じゃん」
「今まではゲーム感覚だったけど、これは……」
「勇者パーティですら無理じゃね……?」
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画面の端に刻まれていたのは、装備に仕込まれていた魔導カメラのステータス情報。鮮明な戦闘ログ、術式の解析結果、魔力の波動量まで記録されており、専門家たちは目を見開いた。
《死の騎士》
・攻撃力:6018
・防御力:3107
・魔力:2571
・スキル:《騎士道》《腐敗人間支配》《忠誠心》
「いや、これS級魔物どころか、魔王だろ……」
「魔法が一切通じてない。リヴィアの炎壁すら破られてる」
「ユズの陣形が崩れた瞬間、もう勝機はなかったんだな……」
専門家や歴戦の元冒険者たちの解説が付き、一般人の間にも徐々に理解が広まっていく。
──十六階層は地獄。だが、それ以前は?
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都市の広場では、市民たちが映像を元に語り合っていた。
「1〜9階層はスライムやゴーレムで、まあ何とかなるって話だったんだよな」
「うん。第十階層のホワイトベア三体から雰囲気変わった。強さが段違いだった」
「それでも、「黒の狼」と「天馬の流星」は連携で倒してたし、希望はあった。でも……」
「十五階層のストーンガーディアン、ヤバかったよな……あれ二体でギリギリだったんだぜ? その直後に《死の騎士》とか、詰んでるだろ」
「一体だけでもあんな威圧感、カメラ越しでも伝わるわ」
「俺だったら漏らす覚悟があるわ」
「覚悟じゃねえだろ。臭くなる」
会話は沈黙へと落ちる。映像の中で、ラグナの剣が《デス・ナイト》に弾かれた瞬間──。
「ガンッ!」
硬質な音が耳の奥に残って離れない。
フェリスの絶叫。バルドの砕ける音。リヴィアが魔力ごと叩き潰された場面。すべてが、生々しい記録だった。
一人の少年が呟いた。
「これ、勇者でも無理じゃね……?」
誰も否定できなかった。
十六階層以降、そこに広がるのは“迷宮”ではない。意志を持つ何か。支配し、引きずり込み、屍すらも道具にする異常存在。
そして誰もが、次に足を踏み入れる者の姿を想像した。
彼らのように、輝き、傷付き、絶望し──やがて、沈むのだろうか。
だからこそ、人々は思った。
次なる探索者は、本当に“覚悟”がある者だけだと。
次回は21時半に投稿します
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