15話 死の騎士による蹂躙
第十六階層:腐敗の村と死の騎士
──竜の迷宮・第十六階層。
朝霧のような靄が立ち込める中、冒険者たちは村の入口に足を踏み入れた。石造りの建物は半ば崩れ、木々に侵食された屋根は今にも崩れ落ちそうだった。
「……腐ってる。村全体が」
ヒルダが鼻をつまみながら言う。湿った空気の中に、明確に異質な臭いが混ざっていた。肉が腐ったような、鉄が錆びたような、血と泥の混ざり合った重たい臭気。
昨日はなんとも感じなかった。異質な臭いはなかった。異質な雰囲気が漂い、異質な臭いも漂う廃村。
「腐敗臭……でも、魔物の気配は弱いな」
ラグナが剣を抜いたまま警戒する。
その時──
「出るぞ!」
ユズの声と同時に、朽ちた家屋の陰からのそのそと現れたのは、まさしく人の形をした『腐った死体』だった。皮膚は所々剥げ落ち、目玉は濁り、口からはよだれと血が垂れている。
「……人間じゃない。ゾンビか?」
バルドが斧を構え、一閃。ゾンビはあっさりと吹き飛び、倒れる。
「……なんだ、ゴブリンより柔らかいじゃねぇか」
「気味は悪いけど、脅威じゃないな」
フェリスの言葉に、皆の緊張が少しだけ緩む。だが、ラグナの剣先は微かに震えていた。
(何か……おかしい。この臭い、腐敗の中に混じる、異質な……気配)
不安は的中する。
──カツ、カツ、カツ。
不意に、村の奥から乾いた音が響いた。馬の蹄のような音。しかし、この階層に馬などいるはずがない。
「っ……!」
遠くからゆっくりと現れたのは──全身を漆黒の騎士甲冑で覆い、朽ち果てた戦馬に跨る騎士の亡霊だった。マントは風になびかず、顔は鉄兜の奥に隠れている。ただ、その視線は確かに、ここにいる全員を見下ろしていた。
【死の騎士】
体力:3403/攻撃力:6018/防御力:3107/魔力:2571/運:284
魔法:闇魔法、死魔法、召喚魔法
スキル:騎士道、腐敗人間支配、忠誠心
「……う、嘘だろ」
ステータスを確認したリヴィアの声が震えた。全員がその数値に凍りつく。体力も防御も高すぎるが、それ以上に《攻撃力6018》という他のステータスとは異常に高い数値に、背筋を凍らせた。
「ッ……来るぞ!!」
次の瞬間──音すら感じさせぬ速度で、デス・ナイトが地面を蹴った。
一番前にいたフェリスが、反応する暇もなく斬られた。鎧ごと真っ二つに。血飛沫が空中に散り、皆がそれを見るより先に、地面に倒れたフェリスの体からは既に命の気配が消えていた。
「フェリス……!?」
ヒルダの叫びが、無意味なものだったと気づくのに、時間はかからなかった。
「来るぞッ!! 全員っ、散開──ッ!」
ユズが指示を飛ばす。しかしその言葉も、もはや意味をなさなかった。
その意味がすぐに分かる。
バルドの斧が叩きつけられるも、デス・ナイトは無傷。そして、その反撃の剣はバルドの体を一太刀で吹き飛ばす。鋼鉄の鎧ごと、骨が砕ける音がはっきり聞こえた。
「な、なにこれ……!」
リヴィアが詠唱を試みるも、魔力の奔流に圧され、術式が破壊される。黒き瘴気が村全体に広がり、腐敗の魔法が空気を染める。
魔法を使用できなかった。
「援護するッ……!」
セリスが突撃し、ラグナが側面から斬撃を加える。だが、通らない。防御力3107という壁の前では、彼らの一撃は「音」にすらならない。
「ッ、チィッ!!」
カイが火狐を召喚し、火炎弾を放つも、デス・ナイトは片手で薙ぎ払い、召喚獣ごと爆散させた。
次々と、冒険者たちは散っていく。
セリスの喉を貫く剣。
ヒルダの腹を斬り裂く大太刀。
リヴィアの魔力を吸い尽くし、燃え尽きる呪詛。
カイが召喚獣とともに踏み潰され、
ユズが戦術指揮を放棄せざるを得ないほどに圧倒され、
そして──
「……ああ、終わりか」
ラグナが呟いた瞬間、胸に深々と突き刺さった剣が、全てを終わらせた。
血の匂い、腐敗の臭い、焦げた肉の臭い──全てが混ざり合い、地獄のような戦場となった十六階層。
──そこに立っていたのはただ一人。
死の騎士だけだった。
全ての冒険者は、彼の「腐敗人間支配」スキルにより、彼の配下となり、再び立ち上がった。皮膚は剥がれ、目は濁り、それでも忠実にデス・ナイトに従う。
__________
そんな光景を、遠くの丘の上から眺めていた者がいた。
「……はーあ、マジで終わってんな、あの冒険者達……16階層に出したら駄目だったか?」
彼──黒崎 四。見た目は赤ん坊、中身は転生者の高校生であり、この迷宮の『魔王』である。
頬杖をつきながら、巨大な木の上に座り、ゆるく足をぶらぶらと揺らしていた。
「せっかくちょっとは期待してたのにさ。あれだけレベルアップして、スキルも増えてたんだから、もうちょい抗えるかと思ったんだけどなぁ……」
口調は軽く、態度も気だるげ。だが、どこかにほんの微かな落胆があった。
「ま、あんな冒険者共が二十階層まで行けるわけないか。アレが人間の限界?ああ、見せてもらったよ、あっさりとな」
黒崎は立ち上がる。周囲に結界も張らず、魔力の気配すら隠すことなく。
「じゃ、もういいや。監視終了。次に来るのは……もっとマシなやつであってくれよな、ここにくる冒険者はもっと強い人であれ。」
そう呟いて、彼の姿は空間のひずみに消えていった。
──腐敗の村には、今や生者の気配はない。
ただ、《死の騎士》の命令のもと、かつて冒険者だった屍たちが、無言で歩哨のように村を巡っている。
こうして、Bランクの冒険者たち11名は──迷宮に呑まれ、終焉を迎えた。
そして、彼らを見限った竜の魔王は、また一歩、孤独と退屈の中へと歩を進める。
次回は12時半に投稿します
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
面白かったと感じていただけた方は、ぜひ評価(☆☆☆☆☆)やブックマークをしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしています!
皆さまの応援が励みになります。次回もお楽しみに!