男尊女卑
信次郎は翌日、指定された料亭で相野光なる人物を待っていた。
そこへ二人の人物が現れた。如何にも強そうな侍で、どうやらその侍の隣にいるのが相野光と思われた。自己紹介も運ばれて来る料理にも目をくれずに聞きたい事を聞いた。
だが、相野光なる人物は、付き添いの侍のせいもあってか、はっきりしない曖昧な答えを続けた。やがて信次郎も聞く事が無くなってしまう。
まぁ、それは無理もない。どうやら付き添いの侍は誰かの命令により信次郎と、相野光なる人物との面会を見届ける様に動いていると感じた。信次郎にはその黒幕の存在など、知る宛も無かったが、一つだけ分かった事がある。相野光はこの時代の人間だと言う事である。
信次郎はずっと頭の中で相野光はもしかしたら、自分と同じ様に未来の人間かもしれないと、そうほのかに期待をしていた。しかし、会食を進めるうちに言葉づかいや所作を見ていても、現代人の所作ではない。そしてそれは長い年月をかけて培われるものであり、1日や2日で馴染むものではない。
この時代の女性の地位は現代人の様に高くない。それは貴族だろうが平民だろうが、男尊女卑と言う日本人が長きに渡り築いて来た社会の在り方であり、口を挟む者はこの時代にはいない。付き添いの侍がそれを象徴している。
相野光もきっと見知らぬ者が自分を探していると知り、用心棒でも付ける気になったのであろう。それは会ってから取り越し苦労だったと思ったのである。年齢は噂通り20代前半の様子であった。無論、着物を着ている為、年齢がもっと上の可能性は否定出来ない。
ただ、信次郎は江戸時代の女性も奥ゆかしくて良いものだと思う様になっていた。時間は刻々と過ぎ、信次郎は出来るだけ情報を引き出そうと躍起になっていたものの、付き添いの侍が刺す様な視線で信次郎を警戒していた為、思う様には聞きたい事は聞けず仕舞いだった。
相野光もその事は感じていた様である。面会は2時間程度で終了した。その時間は御互いがどの様な人物であるかを知るには、充分過ぎる時間ではあった。相野光は、帰り際に付き添いの侍の分からぬ様に小さな文を信次郎に渡した。そこには、明日同じ今日の店で2人だけで話したいと書かれていた。ちなみに午後3時頃迎えを寄越すから、時間を開けておくようにとも書いてあった。