第6章実験台
筆跡鑑定で分かった事はいくつかあったが、その中で一番重要だったのが、性別と年代である。鑑定士の見立てでは、恐らくこれを書いたのは男性で未来(詳しい年月日は不明)から現代に向けて書かれた物である事は間違いなかった。
この様な確証を得た事は過去に一度も無かったが、それでもその鑑定に間違いは無さそうである。その確証が自信に変わった。信次郎は文字からそれだけの情報を得られた事に驚きを隠せなかったが、現代のテクノロジーは様々な分野で成長しているものだとも思った。
筆跡鑑定の結果は2枚のB5用紙にまとめられ、2部渡された。信次郎はこの内の1部を白村教授に渡す事にした。彼もここまで巻き込んでしまった以上、情報の共有はしておいた方が後々不便が無い。信次郎はそれでも、まだ時空支配人の尻尾を掴んだ感触は無かった。
タイムマシンの制作も進んでいて、人一人分が入れるジェラルミン合金の棺桶の様な物に現代の技術の全てをかけて磨いたホールストーンをセットし、タイムマシンの原型は完成していた。後は細かな調整を済ませるだけで、既にラットやマウスを使った実験では、それらを指定した過去や未来に送り込む事に成功していた。
勿論、それを確かめる術は無かったが、現在位置から姿、形を無くしていると言う現実が、充分にタイムスリップしている事に成功していたと言っても良い結果と、受け取れる。
だが、タイムスリップしたのは良いが、一つ問題があった。行ったは良いが、戻ってくる(リターンする)方法が無いのである。ホールストーンを極限まで磨いて、時空のねじれを人工的に発生させタイムスリップさせる事が出来る事は分かった。だが、この方法では、棺桶だけが現代の白村教授の研究室に残されたままで、人体だけがタイムスリップする。
と言う事はつまり、タイムスリップ先から現代に戻ってくる方法が無い事になる。この問題は信次郎も頭を悩ませた。タイムスリップの精度が時空支配人とは雲泥の差があり、これではとてもではないが、完全に完成したとは言え無い。行って戻ってくる。それが出来ない内は時空支配人と同じ高さのステージに立てたとは、決して言えないであろうと痛感していた。




