助太刀
江戸から日光東照宮までは相当の距離がある。車にバイクにバスに電車と、交通網の整った現代ならまだしも、江戸中期のこの時代において、飛脚と言えど軽く見積もっても一週間はかかる距離である。
しかし、期日が迫っている訳ではない。信次郎は焦らず一歩一歩歩く事に何の疑いも無かった。道中は休み休みであったが、時空支配人の言われるままに日光東照宮へ向かっていた。
現代の栃木県にある日光東照宮は、江戸幕府を開いた徳川家康の墓がある事で有名だが、現代人は勿論だが、江戸中期の市中の庶民にとっても最早過去の偉人に成り果てていた。
時空支配人が何故日光東照宮を指定して来たかは定かではないが、江戸時代を象徴する偉人所縁の地を指定して来たかは何となく分かる気がした。
日光東照宮まで50㎞程に迫っていた所で異変が発生した。黒ずくめの3人組が突如現れ、信次郎を強襲して来たのである。
「何奴!?」
信次郎は抜けない刀を抜いて一応構えた。相手を圧倒する事など出来ないが、振り回す位の事は出来る。武装した3人組を追っ払うには心もと無いが、素手よりはましだった。
1ヶ月以上江戸にはいたが、剣術の稽古など1度もしなかった。自分には必要無いと思っていた訳ではない。だがまさか七三吉から預かった備前長船長光を使う羽目になるとは全く予想していなかった。剣術の稽古などに時間を割けなかったのは事実だが、今はそんな事を悠長に振り返っている暇はない。先ずはこの絶対絶命の修羅場を乗り越えなければならない。
と、勇んだが、恐怖で体が動かない。もう駄目だと思った次の瞬間、目の前の3人組が謎の剣客にバッタバッタと斬り倒されて行くではないか…。勿論信次郎にはその様な剣術の腕はない。第三者である誰かが、助太刀してくれたのである。追手も来ないか用心していると、その剣客は黙って信次郎の腕をつかみその場から立ち去った。
「もう、この辺りで良いだろう。御主立派な刀を持っているようだが、本当に武士か?あんな構えでは勝てるものも勝てないぞ?それより怪我はないか?」
「はい、無傷です。」
その剣客が何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、信次郎が助太刀されたのは紛れもない事実であり、間違いはなかった。二人はまた日光東照宮の方へ向かい歩き出した。




