信次郎の涙
「今日はありがとうございました。気を使わせてしまって。」
「お前さん、ここのところコンを詰めすぎているようだからな。」
「どうしても、元いた時代が今どうなっているか知りたくて。」
「そうじゃないだろ?元いた時代にいる恋人の事だろう?」
「何でもお見通しなんですね?流石だなぁ。」
「江戸の泰平の世の中とは言え、色々な人間がいるからな。」
「しかし、分かりません。何故自分がこの様な事になっているのか。」
「難しい事は分からないが、きっとこれも運命なんだよ。」
「運命ですか?だとしたら厳しい現実ですね。」
「我々武士も運命には逆らえない。」
「古今東西人には全て運命が必ずある。」
「もがき足掻いても、最終的な結果は変わらない。」
「これから先の見通しは立っていませんが、自分には行く宛がありません。」
「案ずる事はない。我が家に好きなだけいなさい。」
「ありがたき幸せ。と言う様な気分ですね。」
「それはちょっと時代をさかのぼり過ぎだろ?」
「あまり深く悩む事はないでしょう。なるようにしかなりません。」
「そうですね。ですがやはり元いた時代に戻りたいです。」
「それは自然な感情だろうな。」
「不便な事もあるだろうけど、ゆっくりして行けば良い。」
「七三吉に出会えていなければ、今頃どうなっていだろうか…。」
「分からないが、それもまた運命…なのかもな。」
「武士と言う者はもっと合理的なのかも知れないと思っていました。」
「ワシみたいに他力本願な武士や中には非合理的な者もいるさ。」
「力で何ともならない事もありますか?」
「そりゃあるさ。刀で斬れない物がある様にな。」
「明日どうなっているか分からないのは不安じゃないですか?」
「そう言う状態になった事がないから、何とも言えないな。」
「自分は今そんな心境です。明日なんて来なくて良い。」
「そう言う気持ちになるのは無理もない。だが一人で溜め込むな。」
「ええ…。」
信次郎は親切な七三吉の言葉に涙を流した。
「涙を流すくらい辛かったのなら、何故言わない?」
「すみません。これ以上の負担になりたくなかったので。」
「馬鹿者。人間はそんなに強くないぞ?無理をするな!」
「はい。もう少し成長出来たら、きっと次が見えますよね?」
「そこまで付き合うよ。これも何かの縁だし、乗りかかった船だからな。」
と、七三吉は信次郎に優しく言葉をかけた。普通ならこんな面倒臭そうな人間には関わりたくないと思っているものだ。しかし、七三吉は大した身分ではないが、信次郎に優しくしてくれた。それが信次郎にはたまらたく嬉しかった。




