無駄な事は何も無い
江沢龍三には弟子がいた。名前を進川英也と言う。この二人の白熱した講義のどのタイミングで入れば良いか、江沢の元に着いた信次郎はタイミングを図っていた。
「であるからな。こうやってああするからこうなるんだ。」
「しかし、それではああなってもこうはなりません。」
「分からん奴だな?それでは理論も何も無いじゃないか?」
「先生の話はいつもそうなんですよ。それは駄目だと。」
「まぁ、良い。今日の所はこの辺にしておこう。」
「先生、どうやら来客がある様でございます。」
「通してやれ。私は少し薬を飲んで来る。」
「はい。どうやら若い男性の様です。弟子入りですかね?」
「分からんけど、余程の物好きであろうな。」
「確かにそうかもしれません。江戸一の天才を訪ねる。」
「それは違うだろ進川君。私は江戸一の変わり者である。」
「客人の方?どうぞお入りになさって下さい。」
「あのぉ?お取り込みの所すみません。少しお時間よろしいでしょうか?」
「ん?見かけぬ顔だな。来客か?珍しいな。で、要件は?」
「元の時代に帰るにはどうすれば良いのでしょうか?」
「こりゃまた驚いた。あんた未来から来たのか?」
「そうなんですよ。この江戸においてそんな馬鹿げた事を信じてくれるのは、江沢先生位だとお聞きしまして馳せ参じ参った所存であります。」
「そうかもしれないが、残念な事に私も君に応えられる物は持っていない。」
「そうですか。何かあるのではないかと思ったのですが。」
「一つだけ君に言っておく事がある。それは意味の無い物は無いと言う事だ。」
「ありがとうございます。立派な議論、勉強になりました。」
「時間がある時はここに通って来ると良いだろう。」
「ここは寺子屋なのですか?」
「まぁ、一応な。」
「門下生はほとんどいないが、まぁそっちの方が良いだろう。」
「ありがとうございます。時間がある時は是非。」
「未来人の要求を満たせられるとは思えないが…。」
「やってみる価値はありますよ!無駄な事はないのでしょう?先生?」
「こりゃ、一本取られてしまったな。ハハハっ愉快だのう。」
「江戸一の頭脳があれば何か分かるかも知れません。」
「そんな大したものではないよ。まぁ、また来ると良い。」
「ありがとうございました。また機会があればお目にかかりたいです。」
そう言うと今言われた事をメモしていた紙を持って、急ぎ七三吉の屋敷に戻っていった。どうやら信次郎は何か分かった様であった。それがこの時代を抜け出す鍵となるのか、ならないのか?それはまだ分からなかった。




