少ない持ち金で当てのない旅を。
家を出て私は今後のことを考えた。持ち金は少ないし、どこまで旅に出れるかも分からない。ここから一番近い町はバステールだろう。私はひとまずバステールに行くことにした。
家で炊事家事洗濯掃除全てをしてきた私だ。仕事の経験がなくてもなにか働き口がバステールにあるはずだと思った。
そうしないとどこか遠くまで旅も出来ないし、生活もままならないだろう。そんなことを思いながら私は乗り合い馬車のあるところまでひたすら徒歩で歩き続けていた。広い屋敷の掃除などをしてきたので体力には自信はある。
女一人がバックを持って乗り合い馬車の方向に向かっているのを見て、ひそひそと噂話をし始めるそんな人たちも居たが、私はそんな人たちを気にせずにただ堅実に歩を進めていた。
途中でお腹が空いたので喫茶によってコーヒーとサンドイッチを頼んだ。家を出されて一人旅をするための第一日目ということで奮発したつもりだ。屋敷ではろくな物を食べさせてもらえなかったので。私の体はやや痩せ気味だ。
丁度お昼で一番太陽が日照する時間だ。店には申し訳ないが、コーヒーとサンドイッチをゆっくりと食べさせてもらって少し時間稼ぎをさせてもらおうと思った。
店員の若い女性が私の元へサンドイッチとコーヒーを運んでくる。私はお礼を言ってそれを受け取った。
喫茶店か。私も隣町のバステールに着いたら喫茶店で働こうと考えた。炊事家事洗濯掃除をしてきた私なら出来るんじゃないかと、そんな淡い期待を持ったからだ。
私はコーヒーを一口飲んだ後にサンドイッチを頬張る。
「美味しい……」
こんな素敵な食事を食べたのはいつ以来だろう。家の来賓の前に顔を出した時ぐらいだからもう半年も経つのか。私は外の景色を見ながらゆっくりと食べていく。乗合馬車の到着時間まで暫く時間がある。
外の景色は私のネガティブな思考と違って、とても明るい喧噪に包まれている。皆平和な一日を過ごしているのだろう。特に私は家族連れの一行を見ていた。私にもあんな感じに楽しそうにしている未来があったのだろうか。そう思うと私は悲しくなってきた。
私はいまどんな顔をしているのだろうか。怒りでもない。ただただメニを思うと悲しくなる。あの子は私のことをおばさんと呼ぶ。それを思い出すと悲しくなる。
私は生きている意味があるのだろうか。そんなふうに考えてしまう私がいることに私自身が驚いた。家に居て虐められている時はそんな感情を抱く暇がなかったが、家を追い出されて余裕が出来た今、こんな感情を持つのだから不思議な物だ。
そんな風なネガティブな思考になってきたら急に食欲が落ちてきてしまった気がする。コーヒーを飲んで気を落ち着かせると、コーヒーが空になってサンドイッチだけが残ってしまった。
「しまったな……」
コーヒーと交互に楽しもうと思っていただけに、先になくなるのは困った物だ。そんな気持ちを抱いていると、ウエイトレスの女の子が私の元へコーヒーを運んできた。私は困惑した。私は新しいコーヒーを頼んだ覚えはない。そもそも節約しているので無駄金を使うことはない。
「私は頼んでいませんが……」
私はウエイトレスにそういうと、ウエイトレスの女の子は少しにこやかに笑顔を浮かべてこう言ってきた。
「あそこのお客様からです」
ウエイトレスの女の子はそういうと私の席とはかなり離れているカウンター席を指さした。風体を見ると初老の男性だった。私は困惑する。こんなことをされたことも初めてだし、そもそもこんな風にしてもらってもなにも返せる物がない。
私は湯気が上るコーヒーを見て、ただただ困惑してたが、ウエイトレスの女のが伝言でこう伝えてきた。
「気になさらず召し上がって下さいとあの方がおっしゃっておられますので、どうぞ」
そう私に言ってきたので、私はわずかな警戒心を持ちつつもコーヒーに口をつける。
やはり緊張をする。コーヒーの味は少し気まずいものがあったけど、コーヒー自体は美味しい。私はそんな気持ちを抱きながらサンドイッチに手をつけるのだった。