第2話 未踏の森へ(1)
ギジロウとルースは部屋から出て総督の館の廊下を急いで歩く。
「きゃっ!」
遠くから爆発音が連続してこだましルースがその場にしゃがみ込む。
「大丈夫か? ルース。」
ルースはギジロウの手を取り立ち上がる。
「だ、大丈夫よ。少し驚いただけだから。」
出口に向かっているとメイドとすれ違う。
「ルース様、お逃げになるのですね?」
「そうよ。でも、ただ逃げるわけではないわ。私はニーテツを取り戻すために未踏の森に潜伏して反撃の機会を待つわ。」
「よろしくお願いします。ニーテツを助けるために帰ってきてください。」
メイドは深く礼をする。
「あなたも一緒に逃げるかしら?」
「いえ、私は総督に忠誠を誓ったメイドですから。それに戦闘能力は高い方と自負していますわ。」
メイドは剣を取り出しルースに見せる。
「ルース様、ご武運を。」
総督の館の前では子供たちが農業地区へ避難するために集まっていた。次々と馬車に乗り込む中、ルースは1人の少女が大泣きしながら地面に座り込んでいるのを見つける。ルースはその子供に近づくと、抱きかかえて頭をなで優しく語り掛ける。
「大丈夫よ、頑張ってね。」
「でも、お父さんが! お母さんが!」
「大丈夫。きっと大丈夫よ。お父さんたちはあなたを守るために頑張っているわ。だからあなたも一生懸命頑張って生きて。」
ルースに抱きしめられた少女は涙をこらえながらも頷き、ニーテツへと移動するための馬車に乗り込む。
「ありがとう。お姉ちゃん。」
馬車は子供を載せて農業地区へ出発する。
「ルース、君は優しいな。」
「無責任だけど、そう言ってあげるしかないわよね。」
馬車を見送ると、ギジロウ達も軽トラに向かって歩く。
「ワイバーンだ! 再び来たぞ!」
ワイバーンが飛んでいるのを見つけた住民が空を指差して叫ぶ。ワイバーンはとおりに沿うように低い位置をルース達に向かって飛んでくる。
「火炎を吐くつもりだわ! そこの路地に隠れましょう。」
2人はすぐ側の路地へ全力で走る。路地に入った後、ギジロウが後ろを振り返るとつい先ほどまでいた場所が炎に包まれる。
「助けてくれ! 誰か火を消してくれ!」
ワイバーンの炎が町を焼く熱気と人々の叫びにルースは地面に屈み頭を抱える。
「な、なんでこんな執拗に私たちを攻撃するの……。そんなに鉄が欲しいの……。私たちが何をしたっていうの?」
ルースは声を絞り出すようにつぶやく。
「しっかりしろ、ルース!」
「こんな状況ではもう終わりだわ。総督も私もみんな死ぬのよ……。」
ギジロウは必死に呼びかける。
「ルース! 君はここで死んではだめなんだろ! ニーテツで酷い目にあっている人々を助けに戻るんだろ!」
ギジロウがルースの肩をつかみ、目を見つめる。
「君は自分の国の民を守るために、俺に頭まで下げたのだろ! 総督とも必ずこの町を救うと約束したのだろ!」
「で、でも、この惨状だと……。」
「俺は自分の技術で君を必ず守る! だから君も前を向いて進んでくれ。」
「必ず守ってくれるの……。」
ルースは涙を浮かべ、ギジロウに確認する。
「約束する!」
そういって、ギジロウはルースを立ち上がらせワイバーンが去った大通りに出る。
そこには炎で焼かれ熱さが残る地獄の痕跡が広がっていた。ギジロウも立ち尽くすが無意識に体が軽トラに向かう。
「と、とりあえず車まで行こう。」
ギジロウはルースの手を取り一生懸命走る。助けを求める声があちらこちらから上がるが自分の無力さを感じながら無視して走る。
「ギジロウ。ギジロウ。」
ルースがギジロウに呼びかける。
「ありがとう、助けてくれて。ギジロウの言うとおり私は総督とニーテツを取り戻す約束をしたから、こんなところで立ち止まっていられないわね。私はまだ、何もできないけれど、必ずニーテツを取り戻すわ。」
ルースの声は弱々しかったがその瞳には力強い決意が宿っていた。
森の中に隠した軽トラは無事だった。
「とりあえず、ワイバーンに燃やされたり誰かに攻撃されたりしたような形跡はないな。外に出したままの荷物を荷台に載せたらさっさと出発するか。このまま森の奥へと進んでいけばよいのだよな?」
「そうね。もう夕方に近いし、夜になる前になるべく遠くに逃げましょう。」
外に置いておいた荷物を荷台に積もうと、荷台の中をのぞくと女性が2人隠れいていた。
「誰だ!」
「ごめんなさい。私はニーテツの住民です。抵抗しませんから殺さないでください!」
ギジロウが叫び声の主の顔を確認すると、見覚えのある顔だった。
「家具屋の娘じゃないか。そこのベッドの作成を依頼したギジロウだ。」
「はあ、ギジロウさん?」
女性はゆっくりと顔を上げてギジロウの方を見る。
「あ、先日、うちでいろいろ注文した人だ。」
「それに、隣にいるのはルース様ですか? 以前オステナートで、お見かけしたような気がします。」
もう1人の女性がルースを見て呟く。
「よく知っているのわね。私はルースで間違いないわ。それで、あなたたちはどうしてここに居るのかしら。」
「農業地区に逃げる途中でワイバーンに襲われて、無我夢中で森の中を逃げている時にこの荷車を見つけたので隠れていました。」
2人が荷台に居た経緯が分かるとギジロウはルースに声をかける。
「ルース、彼女たちどうする?」
「どうするって言っても……。農業地区に送り届けようにも、この車で送り届けたら噂になってしまうし……。そうね。一緒に逃げてもらうのはどうかしら。まぁ、本人たちの希望を聞いてみましょう。」
「家具屋の娘さん、あなたの名前は?」
「私はカイナです。」
「そちらの彼女は?」
「私はルッチと言います。仕立屋の娘です。」
「カイナ、ルッチ、私たちはこれから未踏の森の奥に逃げるのだけれど、あなたたちはどうしたいかしら? 一緒に来る気はあるかしら?」
「ルース様はなぜ未踏の森まで逃げるのですか。戦わないのですか?」
「ルース様はニーテツを見捨てるのですか?」
カイナとルッチは逃げる様子のルースに戦わない理由を問いかける。
「いいえ、私はニーテツを見捨てるつもりはないわ。でもね、今回の戦いの状況ではニーテツが陥落するのは間違いないの。悔しいけれど今の私の力では、私1人がいても状況を覆せないわ。」
ルースは苦しい状況をカイナとルッチに説明する。
「そうなのですね。ルース様、勝手なことをいって申し訳ありません。」
「別にいわよ。だから、私はここに居るギジロウと一緒に未踏の森で反撃する力をつけて、ニーテツを取り戻すために帰ってくるわ!信じられるかわからないけど、総督と必ず帰ってくると約束しているわ!」
ルースは力強く自分の石を2人に伝える。その言葉を聞いた2人は小声で相談を始める。少し話した後に、カイナが話を始める。
「私達はルース様についていきます。」
「あら、本当にいいの。しばらくはニーテツには戻れないかもしれないわよ。」
「私はお父さんから、万が一お父さん何かあった時は、私だけでも生きてほしいといわれたから。お父さんは今朝の戦闘で死亡したと伝えられた。今はお墓を作れないけど、ニーテツに帰ってきたら、お母さんと一緒のお墓を作ってあげたい。だから、私はルース様と一緒にニーテツを取り戻すために頑張ります。」
「私も一緒に行きます。私は先日の避難中にファナスティアル王国軍に遭遇して家族が殺されてしまいました。私は帰る家もなくなってしまったけれど、大好きだったニーテツに平和が訪れるように頑張りたいです。」
「2人の覚悟はわかったわ、一緒に行きましょう! いいわよね。ギジロウ。」
「あぁ、2人くらいなら問題ない。」
「それでは出発するわよ。」
ギジロウが車のエンジンを掛けると荷台に乗っていた女性が悲鳴を上げる。
「ルース、彼女たちに説明を頼む。」
「わかったわ。」