第8話 そのクマは冬を越さない(3)
「もっと近くで撃てば、あたるかも。」
「そ、それってマンテングマに近づけということですか?」
ギジロウの呟きを聞いた、ハイドが引きつった表情でギジロウに問いかける。
「いやいやいや、だって僕たち剣を碌に振れないから、こうやって大砲を使っているんですよ。わざわざ、近づいてどうするんですか?」
「それは、分かる。でも、このまま撃っていて当たらなかったらどうする? 火薬が尽きてしまったら? このまま逃げるわけにはいかないだろ。」
「そ、それは。」
「ベン達だって、無限に戦えるわけじゃない。」
「でも、ギジロウさんは発射の瞬間に大砲の側にいるわけではないですよね? 安全な場所で発射の指示をするだけですよね?」
「それなら、俺が側にいて一緒に撃てばよいのか?」
ギジロウはハイドをまくしたてる。
「ちょっとまって、ギジロウ。」
ヒートアップするギジロウにルースが声をかける。
「落ち着いて、ギジロウ、ハイド、双方の言い分はわかるわ。」
「シノ、ハイスと一緒に今狙っているマンテングマをベン達に近づけないように引き付けてもらえるかしら?」
「わ、わかった。」
「少し、これで時間が稼げるわね。」
「いったん、落ち着きましょう。ギジロウ、この大砲というのは何で当たらないのかしら?」
「それは、移動する目標に対して狙いが定まらないから。」
「確かにそうよね。 大砲の基本原理を完全に理解しているわけではないけど、矢と同じような飛び道具だということはわかるわ。 曲射で当てるには弓兵を大人数用意すると聞いたことがある。」
ギジロウは近現代の戦闘やライフルを思い浮かべて、撃てばそれなりの位置に着弾すると思い込み、大砲一門のみでマンテングマに挑もうとしてしまった。
(モノ作りは使用する現場のことを想像しないといけないのに、独りよがりの設計になってしまって。)
「俺の設計思想に、間違いがあった。それを使用するハイド達におしつけようとしてしまって、申し訳ない。」
ギジロウはハイド達に頭を下げる。
「いいのよ、ギジロウ。今の私たちの能力じゃ増産することも、無理だったわ。」
ルースがハイド達の代わりにギジロウに言葉をかける。
「それで、ハイド。 ギジロウはあなたたちが安全に撃てるように最大限に、設計はしてくれている。発射前に魔力を込めるのはあなたたちを守るための仕掛けよ。」
「そ、そうだったんですか。」
「ギジロウも、わざわざあなたたちを危険な目に合わせようとしているわけではないわ。でも、今もベン達は私たちよりも危険な状況で戦ってくれているわ。ベン達のためにも私たちも少し危険を冒して、1頭は仕留めないといけないの。だから協力して頂戴!」
ルースがハイド達に頭を下げる。
「あ、す、すいません。戦う気が無いわけではないので頭をあげてください。」
ハイドはギジロウの方を振り向く。
「ギジロウさん、さっきは言い過ぎました。私が操作して当てるので、ギジロウさんのアドバイスをください。」
「わ、わかった。今から何とかする方法を考えよう。」
「それで、ギジロウ。近づいて正面から撃つにはどれくらいの距離まで近づかないといけないのかしら。」
「すまん。一回水平にして撃ってどこまで飛ぶかを観測したい。」
ギジロウはハイド達と協力して岩壁に向かって撃つ準備をする。
「この場所は照門、こっちは照星というの名前でここを合わせるように狙ってくれ。」
ギジロウは念のため作っておいた照準器の使い方をハイドに教える。
「これって、こうやって使うのですね。」
準備をすぐに整え発射し狙った場所からどれくらい落ちた場所に当たっているかを確認し、そこからマンテングマの胴体を狙ってきちんと当たる距離を算出する。
「なんか、すごい難しそうなことを計算していますね。ギジロウさんはこんなことも計算できるんですか?」
「まあ、近似値ってやつだし、本物の弾道計算なんてやったことないから、完璧ではないよ。」
「それでもすごいです。それでどんな感じですか。」
「正直、かなりきつい数値だよ。」
「ルース、やっぱりかなり近づいて撃たないとあたらない。」
「そうね。そうすると、出会ってから目標に照準合わせてなんて、やってられないわね。」
「近づくとクマの動きは早くなるからな。向こうもこちらが見えたら興奮するだろうし。」
「そうすると、数人がかりで大砲を動かしながら撃つのはどうかしら?」
「いや、重すぎてクマの動きについて行けないだろ。」
「あ、あの……。」
ハイスが小さく手をあげる。
「大砲の位置は固定して隠れて待ち伏せで撃ったらどうですかね?」
ギジロウとルースははっとしてハイドの方も見る。
「な、なんですか?」
「そ、それだ。なんで気付かなかったんだ。」
ギジロウはハイドの方を掴んで首を大きく縦に振る。
「ハイド、なるべく同じ場所に毎回、大砲を設定できるか?」
「や、やってみます。」
「シノとハイスがキルポイントまで誘導中です。もうそろそろで、私たちからも目視できるはずです。」
観測しているルッチから状況が伝えられる。 マンテングマが近づいてくる雰囲気が肌で感じられるようになり、緊張が走る。
「私からも見えたよ。」
「よし、始めるか。頼んだぞ、ハイド。」
「任せてください。魔力注入!」
大砲に魔力が込められて再び、隙間から光が漏れる。
「撃ち方よーい…………撃て!」





