第1話 助けを求める少女(6)
居住性を改善するために軽トラに屋根をつけることにしたギジロウは、公衆浴場で出会った青年に屋根を注文する。
「最高の仕上がりにしてやるよ!」
居住性の改善を開始して数日経った頃、作業を終えてギジロウが総督の館に帰ってくるとルースと総督が立ち話をしていた。
「何かあったのか?」
「オステナートが攻撃を受けているらしいから心配なの。だから、すぐに出発しよと思って挨拶していたの。」
「ルース様、今から向かうのは危険です。それに時間もかかります。」
「でも、家族が心配だわ。」
「お言葉ですが、あなた様1人ではどうしようもありません。ご家族は逃げきれていると信じましょう。ワイバーンを偵察に行かせましたので報告を待ちましょう。」
夕食後、総督による報告会が行われルースが出席した。出席者は総督、町の公務員の役職者、議会の議員などそうそうたるメンバーがそろっていた。
報告会は偵察結果の報告から始まった。
「上空より確認しましたが、オステナート西の村はファナスティアル王国が占領しておりました。後続と思われる部隊か駐留しております。また、オステナート上空には50体以上のワイバーンが飛んでおり近づけません。」
「ファナスティアル王国はオステナートを滅ぼす気なのか。ワイバーンがそんなに大量投入されるとは。」
「また、ニーテツの東の村にかかっている橋の修理が始まっていました。一応、退散させましたが、再度修理にかかると思われます。」
「まずいな、ニーテツに攻めてくるのも時間の問題だな。報告ありがとう。下がって、ゆっくり休んでくれ。」
偵察兵が会議から退席する。
「避難の状況はどうだ。」
住民管理部門の長が避難状況を説明し始めた。
「避難の状況ですが、本日までに約2500人の住民がニーテツを脱出、冒険者や行商人等の一時的な滞在者もほとんどがニーテツを去りました。総督のご家族様も何もなければ、昨日には南の伯爵領に到着していると思われます。」
「なるほど、それで市内にはどの程度の住人が残っているのだ」
「約4000人の住民と一部の冒険者などがまだ残っています。」
「そうか。他に報告があるものは?」
「軍務省からですが、現在届いているオステナートの戦況報告をお伝えします。城門をすでに突破され市内で戦闘が行われている様子です。現時点で伯爵家等の貴族の死傷者の情報は入っていません。」
それを聞いてルースは一安心する。
「また、未知の兵器が使われたらしく、これが厄介とのことです。」
「未知の兵器だと?」
「えぇ。なんでも投石器によって黒い塊を飛ばしてくるそうです。」
「ただの投石攻撃だろ。どこが未知なのだ。」
議員の1人が疑問を投げかける。
「問題は飛んでくる黒い塊が着地後や上空で爆発するのです。これによって多くの兵が負傷したようです。市街地突入後は敵も同士討ちを避けるためか、当該の兵器は使われていないようです。」
「なるほど、後程軍務省の見解を教えてくれ。ニーテツの防衛体制の方はどうだ?」
「市民からの志願者による志願部隊が編成されています。志願部隊の訓練は本日より開始されています。基本的な戦術ですが……」
報告会は深夜にまで及ぶ。
翌朝、朝食の席でギジロウはルースから会議の様子を教えてもらう。オステナート、ニーテツともにかなり危機的な状況のため、ルースはニーテツから南の都市へ避難することを伝える。
「そうか。準備は今日中に終わるよ。」
「わかったわ。急いでくれてありがとう。目立たないよう日没直前に出発しましょう。」
夕方、挨拶に回っていると、執事長が大慌てでやってきてくる。
「ルース様、出発はお止めください。」
「あら、執事長。お世話になりました。私たちは夜間の移動には慣れていますから心配なさらなくても大丈夫ですわ。」
「そうではありません。ニーテツから抜け出せる南の道がファナスティアル王国によって寸断されてしまいました。昨日、ニーテツから避難した住民がファナスティアル王国軍に途中で遭遇し大慌てで帰ってきたのです。」
突然の報告にギジロウもルースもあっけにとられる。
「それと申し訳ないですが、傷ついた住民が救護を待っています。手伝っていただけませんか。」
「わかりました。救護に向かいます。」
次の日の夕方、総督からオステナート陥落の報告が伝えられた。
・領主つまりルースの父親は戦死
・領主の家族は消息不明。
報告を聞きルースは泣き崩れる。そんなルースの様子をギジロウはただそばで見守るしかなかった。
そして夜に総督がニーテツ防衛のための緊急会議を招集し、ギジロウは次の日の朝にルースから会議の詳細を聞いた。
「ルース、大丈夫か?」
「ごめんなさい。でも、落ち込んでいる場合ではないの、次はニーテツに彼らは攻めてくる。わたしは貴族として民を守るために知恵を出さないといけないの。あなたの知識も参考にしたいから話を聞いてほしい。」
「あぁ、わかった。」
会議で要点をかいつまみながらルースがギジロウに説明する。
「まず、1つ目の話題はオステナートで使用された新兵器ね。これは投石器で投げこまれた石が爆発するというものよ。石の大きさは小さいという話だけど、実際の大きさはわからないわ。この爆発する石によって、多くの兵が負傷したらしいわ。」
(なんとなく、投石器で爆弾を投げてきているようだが俺の知っている爆弾なのか。この世界には魔法があるから爆発魔法みたいなものが持ち込まれただけの可能性もあるが。)
「この世界では爆発するような魔法をこめた石はないのか。」
「あるにはあるのだけれど扱いが難しいうえに貴重な鉱石を使用したりするから、今回みたいな使い方はしないわね。それに、爆発時に出る光は紫色に近い青色なのよね。今回は普通の炎が上がったようなの。」
「そうか。それで、昨日の会議ではどういう結論になったのだ?」
「昨日の会議では、新しい種類の爆発魔法が発明されて投入されたと、しかも大量生産できるような、比較的安い材料が使われている可能性があるという分析だったわ。」
「わかった、続けてくれ。」
「2つ目の話題は、オステナートの鉱物保管庫が占領された件ね。保管庫の中身が持ち去られた可能性が高いとみられているわ。」
「その保管庫には何が保管されていたのだ、先ほどの爆発する魔法の石か。」
「保管庫には主に鉄や銅が主に納められていたわ。製錬された塊だけでなく、鉱石そのものもあったはずよ。それ以外には金、銀、宝石などの価値が高い石が保管されていたわね。あとは各地でとれた珍しい鉱物なんかが研究用に保管されていたわね。」
「すごい詳しいな。」
「それは当然よ。ポーリッシュ家がその保管庫の鍵を管理していたもの。私も何度か入って鉱物を持ち出していたわ。」
そういって、ルースはいくつかの小箱を取り出して見せてきた。
(銀色の金属の塊だな、銀か?)
ギジロウはそのうちの1つを手に取る。
(えらい重いなアルミや鉄ではないな。鉛より重いぞもしかしたらプラチナか?)
「あとは、この辺の石なんかも保管庫にはあったわね。今は車においてあるけど少しずつ持ち出してきているわ。」
部屋の置物の石を指さして紹介してくれた。ギジロウは魔導書で鉱物図鑑を開き見比べながら鉱物を確認する。辰砂、水晶、ルビーなど元の世界にあった鉱物だけでなく、魔銅鉱、魔王石、虹落石とかファンタジーゲームにしか出てこないような鉱物まである。
「先ほど説明した魔法を使った爆発はこの虹落石を使用するのよ。まず、虹落石に限界まで魔力をためるの。魔力が限界までたまると虹落石自体が虹色に輝くから魔力が充填されるのが分かるわ。ちなみに放置すると勝手に魔力は抜けていくわ。次に、魔王石の粉末を水に溶かした液体を作るわ。魔王石がとても固い鉱物なので粉末を作るのが大変なのよ。魔法が充填されて輝いている虹落石を魔王石の溶けた液体に一気に入れると反応して魔法爆発と呼ばれる爆発が起こるわ。ちなみに逆はだめで虹落石に魔王石粉末の溶けた液体をかけても爆発しないわ。」
「なるほどね。めちゃくちゃ面倒くさいな。」
「それに両方ともとにかく値が張る鉱石なの、虹落石は中級の貴族では一生働いても買えないと言われていわ。魔王石はそこそこの量が採掘できるけど、貴族でも気軽に買えるものではないわ。」
「なるほど。投入量や特徴の両方から考えて魔法爆発ではなさそうだな。」
次の話題に入る前にルースが開いた魔導書を見てある鉱物を指差した。
「この黄色い石なんかは、私は持ち出していないけれど保管庫にはあったわね。」
「硫黄か。どこでとれたものか知っているか」
「獣人王国側の首都の北側に温泉があってね。そこで量は少ないけれど採掘できるわ。」
「そこって、今は占領されてるのだっけ?」
「そうよ、冬に入る直前に陥落したわ。あの時は獣人王家が逃げてきたり、次の攻撃は直ぐに来るという噂が流れたりして大変だったわ。」
話から硫黄で間違いないとギジロウは確信する。
「ルース、恐らく投げ込まれた石の正体がわかった。俺が元居た世界ではよくつかわれていた兵器だ。」
「そうなの、正体は何かしら?」
「恐らく、黒色火薬を材料とする爆弾と呼ばれている兵器だ。」
「コ、コクショクカヤク? バクダン?」
「黒色火薬は激しく燃える薬物で、それを詰めた爆発する兵器を爆弾というのだけど、原料は炭、先ほど図鑑で見た黄色い石である硫黄、それと硝石だ。これらを混ぜると黒色火薬というのができるのだが、ファナスティアル王国はこれを発明したのだと思う。炭は簡単に手に入るし、硝石も量が少ないけれど実は古民家の床下の土から作れたりする。しかし、硫黄の入手は場所を選ぶんだ。館の地図を見る限りファナスティアル王国周辺には大きな火山がない。だから、硫黄が手に入らなくて戦争の初期では使用されなかったのだろう。獣人王国の首都陥落後、硫黄を採掘できるようになったから爆弾を作って実践投入したのではないかと思う。」
ギジロウの説明を聞き、そんなものがあるなんてとルースは驚きの表情をする。
「ど、どうして急にそんなものが発明できたのかしら。技術水準が低い国だったのに。」
「それはわからない。」
「ま、まあ、正体がわかれば対処法よね。ギジロウがいた世界ではどうやって、その爆弾は爆発するのを防げないの。」
「俺のいた世界でも投げ込まれた爆弾が爆発するのを防ぐ技術というのはない。だから、壁を作って入ってくるのを防いだり、飛んできたものを打ち落としたりするのが基本的な防御方法だよ。あとは、万が一投げ込まれてしまった場合は穴に落として、被害を軽減するというのもある。」
「そ、そうなのね。基本的には矢と同じように防ぐしかないのね。わかったわ。総督に説明してくる。」
ルースが総督に説明し納得した総督は新兵器対策のため城壁に盾を追加するなどの対策を急いで施すように指示をする。
1人部屋に残ったギジロウはふと考える。
「この世界の爆弾はどこまで発展しているのだろうか。」