第8話 そのクマは冬を越さない(1)
エイダの話を聞いてすぐに部屋の扉を開けると、扉の前でレンが驚いたような表情で立っていた。
「ギ、ギジロウさん、エイダから聞いたと思いますが……。」
「レン、どういう状況だ?」
「帰り道でクマに見つかったとロンが言っています。振り切れなかったと。」
「それで、クマは今どこに。」
「水晶洞窟の採掘拠点に居た人たちと協力して足止めをしているようですが、時間が経っていますので正確な位置はわかりません。」
そちらの拠点にはシー、エイダをはじめとした採掘部隊がいる。そこにベンとシノが加われば深刻な事態にはならなそうであるとギジロウはひと安心する。
「戦力が圧倒的に不足しているわけではないとはいえ、倒しきれるわけではないな。すぐに戦いの準備をするようにみんなに伝えてくれ。ここに居る総力でマンテングマを倒す。」
「わ、分かりました。」
レンはすぐに踵を返しマンテングマと戦う準備をするように叫びながら走っていく。
「ギジロウ。大砲を使うのかしら。」
ルースは落ち着いた声でギジロウの背中にむかって話かける。
その声から大砲の投入によって今後の憂いが絶てるという希望に溢れていることがギジロウはルースを見なくても感じ取った。
ギジロウは1歩踏み出し小屋の外に出て空を見上げる。
「火薬があるかが不明だ。それに大砲を移動させるための手段がない。軽トラは燃料が心許ないし、馬に引かせる牽引具を用意していない。人力ではとても水晶洞窟までは運べない……。いまある武器でまた場を凌ぐ。」
「…………。わかったわ。私も一緒に戦う準備をするわ。」
「すまない。」
「いえ、大丈夫よ。まだまだ実践に使うにはいろいろな者を作らないといけないのね。設計はギジロウに任せっきりだったし。仕方がないわ。ギジロウ、行きましょう。」
ルースがギジロウを追いかけて部屋をでる。
「ギジロウさん、ルース様。」
一緒に部屋を出るとすぐにロンから声を掛けられる。ロンの手には布らしきものに包まれた小包が握られていた。
「これを見てください。」
その小包を開けて中身を2人に見せる。
「フローレンス様の元でナターシャ様が調合に成功しました。」
「よくやったわ。」
ルースがロンの方を勢い良い叩く。
「ギジロウ、これで火薬の問題は解決したわね。」
「そ、そうだな……。」
ギジロウはその品質を疑問に思い歯切れが悪く返事をする。
「さて、あとは運搬の問題ね。仮にギジロウ、運搬できなかったとしたらどうやって戦うのかしら。」
「まあ、この拠点に設置して待ち伏せで撃つしか……。」
「それって、開拓地には被害が出るんじゃ……。」
そんなことを話していると、アイナとカミラに連れられた子供たち達とすれ違う。
「洞窟の方へ避難します。」
「子供達を頼んだ。」
「アイナ、またここが戦いの場になるの?」
子供の1人が不安そうな声でアイナに質問する。
「……大丈夫よ。ギジロウさん達が守ってくれるわ。そうですよね?」
「み、みんな。安心して頂戴。ポーリッシュ家の名に懸けてみんなを守るわ。」
その様子をみてルースも膝を折り、子供達の目線で優しく声をかける。
何度か言葉を交わしたあと、子供達は手を振りながら去っていった。
その様子を見てギジロウは考えを改める。
「ルース、ここを戦場にしてはだめだ。」
「奇遇ね、私もそう思うわ。それでどうするのかしら?」
どうしようかと考えながらハイドたちの居る組立小屋に向かっていると、小屋の前に馬が停まっており馬の後ろでカイナとルッチが何やら作業をしている様子がギジロウ達の眼に移る。
「カ、カイナ、それにルッチ、それは何だ?」
「あ、ギジロウさん。大砲を移動させる準備は進んでいますよ。」
「いや、その装具のことなのだが。」
「あ、こちらのことですか?」
ルッチが馬が装着しているそれに手を添える。
「馬車のハーネスを参考に私が設計して、カイナと2人で作りました。」
馬と大砲がハーネスで接続されけん引できる体制が整っていた。
「ギジロウ殿に設計を任せっきりにしているわけに行きませんでしたからね。」
「ギジロウさんが馬に牽引させたいとぼやいていたので、私の方で設計しました。」
ギジロウは馬に近づいてハーネスを眺める。
「ギジロウさん、私の設計はどうですか?」
ギジロウは全体的に必要よりも少し大きめにつくられているハーネスに触れる。
(洗練された見た目ではないが必要な機能は
満たしていそうだな。)
「強度計算が少し甘いが一度牽引するだけなら使えそうだ。」
強度の怪しい場所を呼び指しながらルッチに素直な結果を伝える。
「しかし、ここまで良く準備してくれた! 設計で追い込めなかった部分は一旦運用で乗りきろう。」
「わ、わかりました。」
ルッチはやっぱりまだまだですねとカイナと顔を見合わせて笑顔で改善点をメモしていた。
「ハイド、この部分に力が加わらないように気を付けろ。」
「わ、わかりました。」
「大砲の運搬の目処は立ったわね! ハイド、砲弾の生産はどの程度できているのかしら?」
「それなら、20発程度は実践に投入可能なものがつくれていると思います。」
ルースの質問に対してハイドが木箱をのふたを開けて出来上がった砲弾を見せる。
(加工精度の悪さが原因で大量につくった割に使えるものは少ないな。)
「やはり、旋盤の主軸を金属製に変えるのが先でしたかね?」
「工作機械の精度はこれが乗りきれたら追求しましょう。」
そんな会話を聞き流しながら、ギジロウは砲弾を1つ手に取り確かめる。
(バリ取りは最低限できてるな。一応、表面に巣はない。)
「ギジロウ、ねえ、聞いている?」
返事を返さないギジロウにルースが何度か呼び掛ける。
「大砲の準備はこれで良いかしら?」
(一度も撃っていないが、大丈夫か?)
キジロウは目の前の砲弾、大砲を交互にみたあとルース達を見渡す。
(みんなのモノ作りにかけた情熱を信じよう!)
「よし、みんなの努力の結晶の、この大砲で立ち向かうぞ!」





