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第7話 クマさんクマさん火薬の鳴る方へ(7)

「昼近くだというのに今日も寒いな。」

 ギジロウはブラックボアのコートに身を包み自分の部屋を出る。

 吐いた息が白くなり天井へと昇っていく。


 外へ出て工房がある方角を見ると第1製錬小屋から煙が昇っているのが見える。

「既に始まっているのか、いや昨日の夜から始めているのか?」

 先日カイナから聞いた計画を思い出しながら実験小屋の方へと向かう。

 外は寒いため、外で活動している住民はほとんどいない。


(ナターシャ達は無事にたどり着いだろうか。そして、本当に教えてしまってよかったのだろうか?)

 数日前に見送ったナターシャ達のことを考え、立ち止まって空を見上げる。吐いた息が白くなり青空へと昇りそして消えていく。

「道の真ん中で立ち止まって、どうしたのかしら?」

 いつの間にかギジロウの後ろにいたルースがギジロウに声をかける。

「ナターシャ達は無事にたどり着いたかなと、思って。」

「そうねぇ、もう到着していてもよいころだものね。無事について火薬を合成できていると嬉しいわね。」

 ギジロウは、まだこの世界では発明されたばかりの知識が、前提となる教育を受けていない人々の間で結論だけが広まってしまうことに少しの不安を覚えていた。

(逃げてきている全員が教育を受けてきた人々ではない。とりあえず、追われた人々であるだろうが全員が善人であるとも限らない。)

 今回、ギジロウが教えたのは黒色火薬の合成法である。作成中でも取り扱いを間違えれれば十分に危険である。静電気といった概念などを知らない人々に作業をお願いししている。知らないことに対しては対策もしない。安全に合成できるのかをギジロウは心配していた。

 そして、黒色火薬の威力はニーテツの戦いで多くが実感している。これを自分たちで作れるようになったとき、人々はどのように考えるだろうか。

(もともと、ルースに協力してニーテツを取り戻すために相手と同じ兵器が必要だったから、火薬の合成は時間の問題だったか。)

 ギジロウとルースは2人で並んで実験小屋の扉の間に並ぶ。

 ルースが少し緊張をしながらその扉を開けると、鼻をツンと刺すようなにおいが部屋からあふれ出る。

「や、やっぱり臭いわね。」

 顔をしかめながらルースがギジロウの方を見る。

「まあ、尿だからな。」

 ルースは小屋の中に入るとすぐに窓を開ける。部屋の中を空気が抜けて少しは臭いがましになる。

「はぁ、火薬のためとはいえこれはきついわね。この前、子供たちに会ったら臭いって言われてショックだったわ……。わたし、女の子なのに。貴族なのに。」

 ルースはしょんぼりした顔をして少し下を見る。

「容赦ないな。子供たち。まあ、しょうがないな。もう少し離れたところに硝酸の合成工房でも建てるか?」

「そうね、それをお願いしたわ。レンに相談しておいてもらえるかしら? 大規模に合成できるように装置も改良しておくわね。」

 部屋の棚には合成された硝酸が入った瓶が並べられている。

「わかったわ。引き続き合成頼んだぞ。」



ギジロウは続いて工作小屋に顔を出す。

「ルッチ、旋盤の調子はどうだ。」

「上々ですね。まずは木製の旋盤を作って金属を削って、徐々に部品を木製から金属製に入れ替えています。昨日、青銅製のシャフトに置き換えたので軋み音が少なくなって少し快適です。」

 ルッチはほとんどが木でできた足踏み旋盤の剝き出しの主軸部分を指差してギジロウに説明をする。金属の棒に木製の歯車がついているという状況は少々滑稽であるが、ルッチの苦労が垣間見れる。

「ギジロウさんが言っていた玉軸受けやころ軸受けといったものはまだ作れそうにないので、接触面にはブラックボアの油を指しています。」

 ルッチが木の板に書いてあるチェックリストを見ながら動作前の確認を始める。

(あ、ちゃんと指差し確認をしている。)

 ギジロウは元居た世界ではミーム化していた猫のことを思い出しながら、ルッチのチェックリストを覗き込む。きれいな状態の文書ではなく、黒色で塗りつぶしたり削り取ったりして文言の修正が行われていた。ギジロウが教えたことを覚え、試行錯誤を繰り返しギジロウの思い描く旋盤の姿へ近づけようとするルッチの努力の痕跡が垣間見えた。

 

「ルッチ、そろそろ動かす?」

「うわ、いつの間に?」

 カイナが旋盤の影から顔を出す。カイナは対上がり汗を拭くの袖で拭う。その服は油汚れなどでところどころ黒く染みができていた。

「最初からいたよ。今日のメンテナンスは終わったから使えるよ。」

「旋盤のメンテナンスはカイナがやってくれているのか?」

「木製部品も多いから。今わね。」

「ありがとう、カイナ。」

 ルッチは旋盤の足元にある右側のペダルを踏む。すると旋盤の主軸が回り始め、ルッチはそれに合わせて一定のリズムでペダルを踏んでいき主軸の回転数を安定させていく。

(回転数の調整が人力なのか、これはしばらくはルッチしか扱えないない。)

「メンテナンスのおかげで、軸の回りがスムーズですね。カイナ、ありがと――。」

 バツンと音を立ててベルトが部品を叩く。

「あ、ベルトはもう摩耗してしまったのですね。仕方ないので編みなおしますか。」

 ルッチがベルトを外して近くの机でベルトの修理を始める。


「そういえば、カイナ。今日は砲身の鋳造の試作日じゃなかったっけ? ここに居てよいのか?」

「ギジロウ殿、それについてなのですが……。」

 カイナが口を紡ぐ。

「どうした、何か問題があったか?」

 ギジロウは少し焦ってカイナの方をじっと見て次の言葉に何が来るか心配で胸の鼓動が早くなる。

「私より、金属加工の得意な人物を見つけました。」

「え、それって誰だ。」

「ハイドです。」

「ハイドって、あのちびっこハイド?」

 ギジロウはナターシャとともにやってきた影の薄い少年のことを思い出す。

(獣人としては少し小柄で、後ろの方でおどおどしていたような気がするな。)

「いや、確かに小さいですが、本人の前でその呼び方はやめてくださいね。」

 カイナはやれやれと言った表情で首を振る。

「善処する。それで、ハイドが砲身製造の中心になっているのか?」

「見た目は頼りなさそうだけど、意外としっかりとしていますよ。」

「そ、そっか。」

 これまで何か加工と言ったらすべてカイナに頼んでいたという状況が少し改善されギジロウは少し安心する。


「カイナさん、頼まれていた。焼き入れの刃物を持ってきました。」

 カイナと話しているとハイドが新しい刃物を届けに工作小屋にやってくる。

「丁度良かった、ギジロウ殿。ハイドが作った切削工具を見てください。」

 その言葉を聞いてハイドは持ってきた切削工具をギジロウの前に差し出す。

 ギジロウは切削バイトを手に取りいろいろな角度から眺める。

(なんか、以前俺とカイナで作った者よりもずっしりしていて丈夫そうだ。それに刃の部分は焼き入れしているのか。)

「カイナ、君の言った通りハイドは金属加工のセンスがあるかもしれない。」

 黒鉄色で光る切削工具を見て少年の可能性に期待する。

 

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