第7話 クマさんクマさん火薬の鳴る方へ(4)
夜明けとともにギジロウ達は石灰の採掘拠点を出発し開拓地へ向かう。
「ポーラ、どこか痛んだりするかしら?」
ルースが担架に横たわるポーラの顔を覗きこむ。
ギジロウとベンが持つ簡易担架は上下に大きく揺れルースの目線からポーラの顔が外れる。
「ルース様の手当てのおかげて痛みはそこまで強くないです。本当にありがとうございます。」
ポーラは首を少しルースの方に向けて軽く笑みを浮かべた後に再び空を見る。
昨日までの曇天からかわりスッキリとした青空に低い雲が所々に浮いている。日差しはあるが冷たい風が肌を弾く。ブラックボアの毛皮で作った防寒着を着ていないければとてもじっとしていられない。
「無事に生きて居られるのが、少し不思議です。」
「ギジロウさーん。お疲れ様です。」
道の少し先にレンが馬車を操りながら大きく手を振る。
「よかった。シノがもう助けを呼んでくれたのね。」
「師匠、馬車がきた。これで俺らが運ぶよりは安静に運んでもらえるぜ。」
「そうか、ベン。ここまで運んできてくれてありがとう。」
ポーラは首を起こし足元の方を見るようにしてベンにお礼を言う。
動く馬車から女性が飛び降りてギジロウ達のもとへ走ってくる。
「ナ、ナターシャ!」
ギジロウはナターシャがレンと一緒にいることに驚き、担架から手を離しそうになる。
「ナ、ナターシャ様が来ているのですか?」
ポーラが頭の上を見るように顎を上げる。
「ポーラ、大丈夫ですか。」
ナターシャがポーラの左手を両手で掴み、自分の胸元へ寄せる。
「い、痛いです。ナターシャ様、ギジロウ様達のおかげで無事に生きて居ます。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
ナターシャは掴んだ手をそっとポーラのお腹の上に戻す。
「お帰りなさい。帰ってきてくれてよかった。」
「それでは出発します。怪我に触るといけないのでゆっくりと移動しますね。」
整備されてたいらになった道を馬車が進む。
(土をおし固めただけだが、随分と走りやすくなったな。あとは街灯が欲しいところだが。)
ギジロウは馬車に揺られながらみんなが整備した道の様子をしっかりと眺める。
(この調子でフローレンス達のところまで道がすんなりと作れれば良かったのだが。)
フローレンス達はガラス器や陶磁器を作ってくれているため、移動中に割れてしまうことも珍しくない。
割れるのを防ぐためにはゆっくりと移動する必要があり馬車を使っての荷物輸送は時間の掛かるものとなっている。
(その先を見据えるとクマ退治は必須だな。いづれは同じことをニーテツに向かってやる必要があるな。)
ギジロウはニーテツに続く道の先を見つめる。
視線の先ではルースがブラックボアの毛皮を被り静かに寝ていた。
「ポーラ殿を早急に降ろして浴室へ移動させましょう。湯を張って温めてあります。それにルース様の指示で薬草も溶かしてあります。」
ギジロウがベンと一緒にポーラを浴室の前まで移動させる。
建物の前にまで薬草の独特な香りが漂い鼻の奥を少し刺激する。
「ここからは、私たちがやります。お2人も休んでください。」
ナターシャとアイナに抱えられながらポーラは浴室の中へ消えていった。
「ベン、俺たちも休むか。」
「そうだな、兄貴。」
ギジロウは自分の宿舎の方に向かって歩き出す。ベンもその後ろを静かについて歩く。
「兄貴、俺は役に立ったか。」
「どうした急に。今回の一線でもベンがいたおかげで戦えたじゃないか。」
「具体的には?」
「……。」
ギジロウは具体的なベンの成果を思い出せなかった。
「もっと、クマに対して注意を向けていれば、いやもともと俺が転んで大声をあげなければクマに見つからなかったんじゃないか……。」
ギジロウが後ろを振り返るとベンが涙を浮かべながら立ち止まっていた。
「いや、そんなことは――。」
「絶対にそんなことはないって言えるのか!」
「ベン、お前のせいではない。お前はよくやった。」
「でも、俺のせいで師匠が!」
ギジロウはベンの方に歩み寄りその肩に手を置こうとするがベンはその手を振り払いギジロウを置いて走っていく。
「う、うわぁ!」
角ですれ違ったルースがぶつかりそうになり手に持っていた荷物を落とす。
ベンは一瞬立ち止まったがそのまま走り去る。
「ギ、ギジロウ。どうしたの。ベンがすごい勢いで走っていったのだけど。」
「ベンの奴、自分のせいでポーラが怪我をしたと思って思い詰めている。」
ギジロウはルースが落とした荷物を拾いながら少し話をする。
「そうねぇ。確かにクマに見つかったきっかけは、ベンが崖下に落ちたことだと思うわ。」
「事実はそうかもしれないが、伝えるべきではないだろ。」
事実を突きつけられるのは非常に重い。それが致命的な結果を招き、自分に責任の一端があるならなおさらだ。
(だからこそ、俺はモノづくりの現場で環境を悪者にして個人に対する責任追及をしてこなかった。)
「君の元に来た新人君が先日の設計ミスを気にしてやめちゃったよ。」
「責任追及などは別にしておりませんが。」
「どうして、ミスが起こったのか一緒に考えてあげたのか?」
「いえ、そこまでは……。」
「人が成長するには、失敗をすることもある。失敗を受け止め、受け入れ、乗り越える手助けをしてやらないと。」
「……善処します。」
ギジロウは、元居た世界での新人教育のことを思い出す。
「ギジロウ、大丈夫かしら?」
「あ、あぁ。」
「ベンは今回の失敗から、必死に逃げずに受け止めようとしている。ギジロウはその助けになってあげる必要があると思うわ?」
「俺か? それよりもシーやエイダとかの仲の良いメンバーがいるだろ。」
「私はギジロウが助けてあげるべきだと思うわ。」
ルースは真っすぐにギジロウを見つめる。
「ベンは今回の失敗のことを最初にギジロウに伝えた。ベンはギジロウ、あなたに助けてほしいと思っているはずよ。」
「……。分かった。」
「頑張ってね。ギジロウ、あなたも疲れているだろうから。荷物を置いて一休みするとよいと思うわ。」
ギジロウは自分の部屋につくと椅子に深く腰掛ける。
(どうやって励ましてあげればよい?)
悩んでもなにも思いつかない。
すこし、気分を変えるために部屋の外に出るために扉を開けると、シーとエイダが扉の前に立っていた。





