第6話 眠らない熊(5)
「昼間の話の続きだけど。」
作業の途中だったため打ち切った話の続きをするために、ギジロウとルースは実験小屋で続きを話す。
「端的に言うと俺らの作ったレンガは熱の変化に弱い。製鉄のために繰り返し炉を使おうとすると恐らく俺らのレンガは長期間の使用に耐えられない。」
フローレンス達が作っている煉瓦はギジロウ達が作った物と比較すると、色が白っぽく高温に熱したときに割れにくい。そんな特徴を炉の試行錯誤を繰り返す様子を見てギジロウは経験的に理解していた。
「使っている石灰が同じでだから、恐らく混ぜ物の粘土が違うんだと思う。」
「開拓地で作れるレンガだとまずいかしらね。」
「安全を考えると、なるべくなら炉の中心では使いたくないかな。」
ギジロウはレンガの耐久性については何も知らない。知らないため鉄を溶かしている途中に炉が壊れるような事故は避けたいと考えていた。
「そんなことは言っても、レンガの在庫も結構少ないのよ。」
フローレンスの拠点から届けられた煉瓦の供給は、マンテングマに遭遇した2日後を最後に止まっている。
(今まで届けられた煉瓦は建物にも使われているため壊せば手に再利用可能だがモルタルを丁寧にはがしたりすれば、再利用できるのか?)
再利用なんかして大丈夫なのかという不安がどうしてもギジロウは拭いきれない。
「マンテンクマを倒して街道の安全確保をしてフローレンス達のレンガを入手するか、鉄をあきらめるしかない。」
「悩ましいに二択ね。この前は、みんなに散々危ない目に合わせたしそれに1人は。」
探しに行けていないため男性1人の行方はいまだにわかっていない。
「仮に鉄をあきらめるとして、大砲自体は作れるのかしら?」
「まあ、作れなくはない。」
ギジロウが調査を進めていく中で、大砲自体は初期は青銅で作っていた時代があることも調査済みである。
「青銅ということは錫よね。原料の錫石は持っていると思うわよ。」
ルースは実験小屋の棚に並べられているルースの持ち出しコレクションから拳大の石を手に取る。
「持ってきたといっても私が持っている量では足りないわよね。錫も製錬されたインゴットを持ってくればよかったわ。」
ルースが持っているのは実験には良さそうであるが大砲の製作となると足りない。
「どこかで、錫石を確保してこないといけないが……。」
「なにか、当てがあるのかしら?」
「水晶洞窟だ。」
ギジロウとルースが2人で石灰採掘に行った際に見つけた水晶の取れる洞窟。入ろうとした瞬間に穴に落ちて地下深くから2人で脱出する上がってくる際に水晶を見つけていたため、ルースが水晶洞窟と命名した。
ベン達にはガラス作りのための石英の採掘を数回頼んでいる。
「安全が確認されていないから、奥深くや周囲を探索していないが、恐らく石英以外も採れるはずだ。」
水晶洞窟よりの近くで温泉が湧いていることから熱水鉱脈になっているのではないかとギジロウは想定する。
「そうなのね。ということは、いずれにしても……。」
ルースは錫石を机に置いてギジロウの方を見る。
「石灰採掘拠点までは安全を確保しないといけない。」
数日後、ギジロウは武器作りの現場の様子を見て回る。
(鋳鉄で大砲が作れなくても剣くらいは鉄製の武器を用意したい。)
「鉄づくりの進捗はどうだ?」
ギジロウは第2製錬小屋に行き作業しているルースとカイナに様子を聞く。
「みんなの協力とギジロウのアドバイスのおかげでギジロウの言っていた海綿鉄はできたわよ。」
ルースはレンガと粘土を組み合わせて作った炉をギジロウに説明する。
「まずは、こっちの熱風を作る場所ね。下段で起こしたで温めた熱を流す通路なのだけどこっちの魔法陣に魔力を込めることで、生み出される上昇気流を加速して缶への吸気と溶鉱炉への送風を兼ねているわ。ほんとはギジロウが言っていた熱交換機というのもやってみたかったんだけど、熱だけ奪って移す魔法陣っていうのがすぐにできないというか――」
(なるほど、魔法陣で無理やり過給しているのか。)
魔法でターボエンジンも作れそうだなとギジロウは新たな工作の可能性を見出しながらルースの説明を聞く。
そして、最後に今回のルースとカイナが作った炉の成果である鉄塊を受け取る。
「これくらいあれば剣にはなりそうだな。」
「次の工程は任せてよいかしら。」
出来上がった鉄塊をギジロウ、カイナの2人で熱しながら刃物の形に整える。
「ギジロウ殿、なぜこの鉄の塊を叩くことで強くなるのですか?」
暑い鍛冶場で汗まみれになりながら2人で黙々と鉄を叩いていると、カイナがギジロウになぜ叩いているのかを質問する。
「それはな、この塊の中にある炭素成分を叩いて飛ばすためだ。急にどおした。」
「最近、ギジロウ殿からいろいろなことを教わっていないと思いまして。それに、静かに2人で鉄を叩いているだけですと退屈というか、この大変な作業が永遠に続くような気がしてしまって。」
「そうだな、では気を紛らわせるためにも少し勉強するか。」
叩くこと半日。鍛冶の素人2人が鍛えた刃物らしき棒が出来上がる。最後に出来上がった刃物を石で研ぎ刃先を鋭くしていく。そして、カイナが作った柄と鍔を取り付けると鉄の刃物が完成する。
「ギジロウ殿。な、何とか形になりましたね。」
作ったカイナもギジロウもできに物凄い不安がある。見た目も輝いておらず、ブレイド部分もまっすぐではなく美しくない。
「と、とりあえず。切ってみるか。」
ギジロウはベンを呼び、試し切りをおねがいするが、ベンが師匠のポーラの方が適任であると言ったためポーラの元にお願いしに行く。ポーラは「わかった」とクールな声で短く返答したが、ギジロウが差し出してきた剣を見て若干顔を引きつらせる。
「と、とりあえず切るぞ。」
屋外に出て周りに人が居ないことを確認したら、まっすぐに地面に突き立てた木の棒に向かってポーラは剣を振るう。
すると、剣が通った場所で木が2つに分かれた。
「斬れたというよりも叩き折った感じだな。流石だな、ポーラ師匠。」
隣で見ていた、ベンが思わずポーラの剣の腕前に手を叩く。
「うん、まあそうだよな。俺たち素人だもんな。」
「ギジロウ殿もいつも言っていたじゃないですか、失敗を繰り返して正解に辿り着けばよいと。」
そうは言っても、少し悲しくなったギジロウとカイナは静かな声で反省会を行う。
「まあ。殴るには良いかもな……すまん。」
ポーラは申し訳なさそうな顔で剣としては使えないことを遠回しに伝える。
「いや、いいんだ。」
「そうです、ポーラ殿は悪くありません。」
ギジロウはポーラから刃こぼれした券を受け取る。
そこから3日間、開拓地内には鉄を叩く音が響き続けた。