第6話 眠らない熊(3)
採掘拠点には大きな建物が3つある。
1番大きく開けた土地の中心に位置するのが宿舎小屋である。一番大きな建物であり8m×20m程度の横長の建物である。
宿舎小屋の北西には薪小屋があり薪割をする場所と割った薪を積む場所がある。こちらは4方を壁に囲われているわけではなく、3方が壁に覆われており屋根があるといった半屋外の建物である。
宿舎小屋の西側には建築資材を主に保管する倉庫がある。フローレンスの拠点から運ばれてきた資材が置かれたり、フローレンスの拠点へ運び出す素材が置かれている。4方が壁に囲われており大きな荷物が運び出せるように宿舎小屋の方に向かって4枚扉の引き分け戸がある。
ギジロウとは手短にルース達に作戦を伝える。
(クマとの距離はまだあるが……。機械に頼らない世界で鍛えてた体で勝負だ!)
クマの注目を引くようにギジロウから出てハイスが吠える。
そして、薪小屋と反対の方向の宿舎小屋の角へ向かって走り出す。
クマは目立つギジロウ達の方に向かって走り出す。
(よし、予定どおり俺らの方に向かってきてくれた! が、早すぎる。)
ギジロウは宿舎小屋の角まで方向を変えて宿舎小屋に沿うよに走る方向を変える。
クマの走る速度は一般的な人間の速度を圧倒する。オオカミのハイスならともかく直線の勝負では当然ギジロウが熊に勝てるわけがない。
筋力においてはオオカミをも圧倒する。正面から戦っても勝てないし、まっすぐ逃げてもすぐに追いつかれてしまうため、ギジロウは宿舎小屋の周囲を回るように走りながら逃げることでベン達が逃げる時間と作戦を立てる時間をより長く稼ごうと考えた。
次の角を曲がると、ベンが薪小屋に入っていくのが見える。
「ベン、クマが来る! いったん隠れろ。」
ベンはギジロウの言葉に反応することなく素早く陰に身を隠す。
(あとは……)
ギジロウは物置小屋の方に視線を向ける。
物置小屋からはシノが扉から頭を少しだけ出してギジロウの方を頷くと顔を引っ込めて扉を静かに占める。
ギジロウの後ろでは攻撃魔法の光が瞬く。
屋根の上を見るとルースが身を低くしながら攻撃魔法をクマに撃っている姿が少しだけ見える。
攻撃魔法の着弾地点ではクマの鳴き声く。ギジロウは上半身を少しひねりクマの様子を確認すると、何事もなかったかのように追いかけてくる熊が視界に入る。
(やっぱり、この世界の獣は固いな。しかし、ハイスが吠えてくれるおかげでルースには気が向いていないようだ。)
正面を向きなおしたギジロウの背後では、続けざまに攻撃魔法は発せられ、その光によってギジロウ自身の影が何度か地面に浮かび上がる。
(どんな感じに魔法を撃っているんだ、ルースは大丈夫か?)
クマの追いかけてくる気配を背中で感じることから、クマが倒せていないことをギジロウは理解し、次の角をに宿舎小屋の周囲を回る。
次の角を曲がると水溜まりがありギジロウは思わずジャンプしようかどうか迷いながら躊躇していると片足を泥水に突っ込みその片足で跳ぶ。その隣ではハイスは躊躇なく水溜まりを蹴っていく。
着地した後も靴が濡れて滑りそうになりながらもなんとか体勢を維持してギジロウは次の角を曲がる。
「クマの死角に入ったわ! ベン、今よ!」
ギジロウがはじめと同じ位置の戻るころ、上からクマの位置を確認していたルースがベンに声をかける。
(よし、何とかベン達は逃げ切れるか?)
順番に角をまがっていくと、ベンが森に入っていくのがチラッと見えた。
「ギジロウ! ベンは逃げきれたは私たちはどうするの!?」
「ルース、シノは何か見つけられたか?」
「セメントとして混ぜ合わせる前の石灰、粘土の粉、砂利があったって!」
ギジロウは下を見ながら走り、この窮地を乗り切る方法を考える。
(今から、コンクリートを作っていては間に合わない! 砂利で上からぶつけるか?)
ルースはあまり重量のあるものを持って上を飛ぶことができない。
足元では先ほど通った時についたであろうクマの足跡に水が溜まっている。
(粉の攻撃と言ったら粉塵爆発だが、密閉空間じゃないし、そもそも石灰や粘土でできるのか? あとは粉で煙幕のように……無理だな。 そうだ、石灰なら!)
ギジロウは、コンクリートを作った時のことが頭をよぎる。
(今あるのはどっちだ! 石灰岩の粉か? 生石灰か?)
「ルース、シノ、石灰の粉は1種類だけか?」
「容器は2つに分けられていたみたい!」
(わからんが、試してみるしかない!)
「シノ、それぞれの粉に少しだけ水をかけて熱くなるか確認してくれ。くれぐれも水を浸けた指で直接粉を触るなよ。ルース、クマに水を掛けられるように準備をしてくれ!」
姿が見えないルースとシノに対してギジロウは指示を飛ばす。
ギジロウとクマの追いかけっこも3周目に突入する。
(もうそろそろ限界だ! この周で決着をつける!)
「ギジロウ! 熱くなる粉とならない粉がある見たい!」
ルースからの吉報が宿舎小屋の反対側からギジロウに届く。
「どっちでもよい! 熱くなった方の粉をクマにかけて、その後にクマに水を掛けろ!」
ギジロウが角を曲がるとルースが何かを持って屋根の上へ飛び移るのが見える。
「えい!」
ギジロウの後ろでルースが掛け声を出す。
ギジロウは角まで走って後ろを振り向くと粉の煙の中からクマが飛び出してくる。
「ギジロウ! 効いていないようだわ!」
何が起きるのか理解できていない様子のルースは自分が何か間違えてしまったのかという焦りの表情で屋根から顔を出してギジロウの方を見る。
「大丈夫だ! 安心しろ! すぐにわかる!」
ギジロウは再び走り出し次の角を目指す。
角を曲がるとシノが水の入った桶をもって待ち伏せていた。
「ギジロウ、これでよい?」
「あぁ、思いっきりクマに水をぶちまけてやれ!」
シノの横を全力で走り抜けてギジロウは元の位置に帰り後ろの様子を見る。
クマが現れると同時にシノが水を掛ける。
クマは急に水を掛けられたことで驚き急に立ち止まる。
「シノ、すぐに逃げろ。」
ハイスがクマに向かって吠えて、シノに注意が向かないようにする。
シノは身軽に飛び木の柱を掴んで屋根の上に飛び乗る。
水がかかったクマはその場でのたうち回る、よく見ると少し毛の表面が収縮している。
そして、よろよろと立ち上がり再びギジロウの方を睨みつける。その瞬間にルースが攻撃魔法を撃ちこむとクマは森の中へ消えていった。
採掘拠点には静寂が帰ってくる。