第5話 街道と街灯(8)
ギジロウは炉から孔雀石を取り出して何か変化していないか眼を凝らす。
「何も変わっていないですよね?」
真っ直ぐな瞳で孔雀石を見つめるルッチから再び手厳しいお言葉を頂戴する。
後ろでは、ルースがあわあわとルッチに何かを伝えようと視線を送る。
(ルッチには、まったく誤魔化しが効かないな。)
「ルッチの言うとおり、今回はうまく行かなかったな。」
ギジロウは今回の試みが失敗だったことを認める。
「何がダメだったと思う?」
ギジロウはルース達に助言を求める。
「うーん、なんでしょうか?」
ルッチはギジロウから煤けた孔雀石を受け取りじっくりと眺める。
「ギジロウ殿、こっちの方わずかに色が変わっていない?」
カイナが孔雀石について煤を手で拭いても黒いままになっている場所があることに気付く。
「一応、変化しているようですね。ギジロウさん失礼しました。」
ルッチが頭を下げる。
「ありがとな。変化はしたが期待したものではなかったからな。」
「熱が足りないのかしら?」
ルースからは温度が足りないのではないかと指摘が入る。
「それなら、今度はたくさん空気を送って高温で加熱すればよいですかね?」
「とりあえず、そうしてみるか。」
ギジロウはカイナが再び孔雀石を炉に入れて加熱をするようにお願いする。今度はより強い火力が出るようにずっと隣でカイナが仰ぐことにする。
「なるほど、緑青って酸化銅ではなく塩基性炭酸銅なのか。」
ギジロウは魔導書で緑青について調べ自分の知識が間違っていたことに気付く。
(間違った知識で作業をしていたのか、恥ずかしい)
「ギジロウさんにだって間違いがあります。気にしないでください。何事も試行錯誤です、昔私に言ってくれたじゃないですか!」
ルッチはギジロウを励ます。
(次からはもう少し詳しく調べるようにしないとな。)
ギジロウは化学反応のプロセスを改めて確認する。
(まずは、孔雀石を酸化銅に変化させるプロセスが必要だったのか。)
酸化銅が炭素によって還元されるというのはギジロウの認識通りで間違っていなかった。
「ギジロウさん、何かわかりましたか?」
「このまま、炭素と一緒に加熱し続ければよいと思う。」
改めて加熱を続けているカイナの元へ行く。
「ギジロウ殿、このまま加熱し続けていればよいですかね?」
カイナは窯の熱で流した汗を手で拭いながら、どうしたらよいか確認する。
ギジロウは孔雀石を取り出して冷ますようにカイナに頼む。
「変化しているようです。色が赤っぽくなっています。」
ルッチが孔雀石の一部が変化している場所を指差す。
色が変化している部分を別の石にこすりつけると石にキラキラとした粉末が付着する。
「一応、銅が還元できているようだな。」
カイナとルッチがギジロウのつぶやきを聞いて手を取り小さく合って喜んでいる。
「しかし、ギジロウ殿、銅の精錬はこんなにも、大変なのですね。」
ギジロウも異世界に来て初めて実施した科学実験の成功? に少し喜びながらも疑問を持つ。
「こんなに反応が進まないのは何故なんだ?」
孔雀石の擦ったバブ分を確認すると元の青緑色の部分が見えている。
(かなりの時間加熱しているはずだぞ。)
既に日が落ちかけ徐々に景色が赤色に移り変わっていた。
「ギジロウ、孔雀石を炭と反応させるのなら粉にした方が良いのじゃないかしら。」
夜、ギジロウが実験小屋で魔導書と向き合っていると、そのとなりで各植物の炭を眺めていたルースが、自身の実験経験をもとにアドバイスする。
魔導書で小学校の酸化銅の還元実験の手順を見るが、粉末を混ぜ合わせて試験管で加熱している。
(この教科書も、こっちの教科書もそうだ。)
鉱石と炭をそのまま入れたのでは、表面積が少なくて表面の一部しか反応しないのか。
翌日、ギジロウ、カイナ、ルッチで孔雀石と炭をひたすら粉にする。
「ギジロウ殿、孔雀石って意外と脆いですね。」
銅が飛び散らないようにグリグリとその辺の硬い石を孔雀石に押し当てる。
2つの粉をよく混ぜ合わせて器に入れ炉に入れる。
「それでは、ギジロウ殿、ルッチ。私の方で火を着けておきますので先にご飯を食べてきてください。」
お昼前頃、ようやく火にかける準備が整った。
(まあ、お昼ご飯をみんなで食べてからでもよいと思ったが。)
カイナもルッチも銅を製錬するのが楽しかったのか、早く結果を見たかったようである。
交代しながら火の番をしてしばらく加熱する。ギジロウが中を覗くと粉だったもの中に黒色の塊が見える。
炉から取り出し表の面の黒色を削る。するときれいな銅色が顔を出す。
「今度こそ……、成功だ!」
ギジロウは小さな銅の塊を手に持って太陽の方へ掲げる。
「やりました!」
「やったわね!」
カイナ、ルッチはギジロウが掲げた手に届かせるように大きく手を振り上げて喜ぶ。
質量を計測しているわけではないので全部が反応しているかわ分からない。それでもギジロウ達は何もなかった未踏の森で金属を作り出すことに成功した。
「これで、電気が作れるのね。」
ルースは銅を手に取ってランプに照らす。
「いや、まだ発電の方法は考えていないのだが。」
「ハツデン?」
「簡単に言うと、雷を起こすことだ。」
永久磁石とコイルを使用してどちらかを回転させることで発電する。
「磁石が必要なのね。それなら私の持っている磁石を使ったら?」
(そういえば、ルースは磁石を持っていたな。)
「そうしたいところなのだが、加工が難しいと思うんだよな。」
ルースの持っている磁石は大きいとは言え拳より少し大きいくらいである。
棒磁石やU字磁石に加工するのは難しい。
ギジロウは磁石の作り方を魔導書で調べる。
(磁力中に溶かした鉄を置いて固めることで作り出せるのか。そうするとルースの磁石を割って方の両端に置くことで小さな磁石は作れるな。)
「磁石と言えば、ギジロウが手作りしていた方位磁石があったわよね。あんな感じに今度作る鉄に磁力を移せないかしら。」
ルースが机の隅に置かれている、方位磁石に目線を向ける。
鉄に磁石をくっつければ磁石になる。しかし、時間経過とともに磁力は失われていく。そのためギジロウが定期的にルースの磁石で針を磁化している。
(そういえば、ルースと洞窟探検に行ってから磁化していないな。)
ギジロウは磁化していないことを思い出して方位磁石を手に取る。
手に取って磁石を近づけると針がくるくると回り始める。
「そうだ!」
ギジロウはブラックボアと出会った時のことを思い出す。
「ルース!」
「は、はい!」
ギジロウはルースの方へ近づく。
「攻撃魔法だ!」
「え、え!?」





