第1話 助けを求める少女(4)
「おはよう、起きてちょうだい。人通りも無くなったからニーテツへ向かいましょう。」
車で移動しながらギジロウは疑問に思っていたことをルースに質問する。
「ニーテツにはどうやって入るつもりなのだ?」
「普通に入れるから私に任せてちょうだい。車は近くの森の中に隠してしまえば、後からでも車に戻りやすい思うわ。」
「ニーテツは城壁に囲われていないのか?」
「ニーテツは未踏の森に囲まれているから全集を囲んでいないの。そして南側は人の出入りが少ないから夜間は門を閉めて無人だったはずよ。昼間は人がいるから近づくと見つかってしまうけれど夜なら問題ないわ。」
「そうか、ではその作戦で行くか。」
しばらく進むとニーテツが見渡せる場所に出る。ニーテツへと続く進路上には灯りはなく誰かに出会う可能性が低いことが分かり2人で一安心する。ギジロウが望遠鏡で確認すると想定外の光景が広がっていた。
「ルース、想像以上にニーテツは壁に囲まれているようなのだが。それに城壁の上には歩哨がいるようだぞ。」
「え、本当?」
ギジロウはルースに簡易望遠鏡を渡し、確認するように促す。
「ご、ごめんなさい! 私が前回来たときには確かにあんなに立派な城壁はなくて、背の高さくらいの壁があるくらいだったの。」
「別に怒っていないよ。しかしどうやってニーテツに来るまで近づくか。」
ギジロウは、再びニーテツ周辺の地形を確認する。城壁の手前に数メートルくらいの位置に川があり、川を渡るにはどうしても城門の目の前の橋を車で渡る必要がある。
「どうする? 車を渡河させるのはあきらめるかしら?」
「手荷物のことを考えると、なるべくニーテツの近くに置いておきたいな。」
ギジロウが望遠鏡で下流の方を徐々に確認していくと、川幅が広くなっている見つかる。
「川幅が広い場所があるな、そこなら浅くなっていて渡れるかもしれない。」
「わかったわ。あなたにお任せするわ。」
闇夜の中新町に軽トラを運転すると目的の川幅の広い場所に着く。しかし、川の様子は見えなかったため翌朝に状況を確認することにする。
「まだ、夜だからとりあえず寝ましょうか。」
ルースは助手席から降りて荷台で寝袋に身をつつみ横になる。
「先に寝るわね。お休み。」
そういってルースは目を閉じる。すごく疲れているようですぐに寝息が聞こえてくる。
「出会ったばかりに男性を前にして警戒心がないな。それとも信頼されているのかな。」
翌朝、ギジロウは鳥のさえずりと太陽の光で目が覚ます。運転席で寝てせいで固まってしまった体をラジオ体操を口ずさみながらほぐしているとルースも目を覚ます。
「おはよう。川の様子を見てみましょう。」
川の中心には中洲があり、川が大きく2つに分されている。中洲の向こう側の様子が分からないためギジロウはルースに確認をお願いする。
「中洲の向こう側の水深はこちらがより浅いわ。私の拳がちょうど沈むくらいよ。川幅は目測で6ヨートくらいかしら。」
ギジロウの知らない単位で長さが返ってくる。
「1ヨートはどれくらいの長さなのだ。」
ルースは1メートル弱の幅に腕を広げこれくらいと示してくれた。
「メートルより少し短いか……。ヤードに近いな……といっても分からん。ルースすまない、この道具を使って長さを図ってきてくれ。」
ギジロウはルースにメジャーの使い方を教えて距離を計ってもらう。その結果、すぐに車で渡ることは難しそうな事が分かったためルースの案内で城門から入ることにする。
「ルース、どういった身分で町に入るのだ。俺はこの世界の身分証なんてないぞ。」
「あなたは私の使用人として付いてきてちょうだい。」
言われた通りギジロウはなるべく使用人らしくルースの後ろを歩く。ルースが門を叩き呼び掛けると会話用の小窓が開き、ルースが守衛と何か話をする。
「では、お通りください。」
やり取りが終わると門が明けられる。
中に入るとすぐに金属を叩く音が耳に入る。ギジロウが音の方向を確認すると、早朝にもかかわらず、既にほとんどの建物の煙突からは煙が立ち昇っていた。
「朝から随分と活気に満ちた町だ。採掘だけでなく鍛冶までやっているのか。」
「そのとおりよ、この町は採掘と製錬だけでなく、鍛冶職人も集まっているからね。窯の火が落とせないから昼夜を問わず町は動いているわ。」
活気に満ちた町の中をしばらく歩くと総督の館に到着する。かなり立派な建物であり、その佇まいにギジロウは思わず威圧されてしまう。そんなギジロウの様子を見ていないルースは遠慮なく館の門をたたく。
「ごめんください。ポーリッシュ家のルースといいます。総督に面会したく参りました。」
中から女性が出てきた応対してくれる。
「ただいま、総督は不在にしております。面会のご連絡はされていますでしょうか。」
「ごめんなさい。連絡はしていないわ。」
「少々、お待ちください」
対応した女性が家の中に1度引き返す。少し経つとより格式の高い身なりをした初老の男性が出てくる。
「ようこそおいでくださいました。ポーリッシュ家のご息女、ルース様。私はここの執務長のアルパータと申します。総督は外出しておりますが、お昼ごろには戻ると思いますので、それまで館内でお待ちください。」
「お心遣い感謝します。中で待たせていただきます。」
屋敷内に招き入れられ客間に案内された。
「それでは、総督が戻るまでしばらくお待ちください。お茶とお菓子をお持ちします、」
一息つくとギジロウはルースに気になっていたことを質問する。
「ルース様は貴族の娘だったのですか。」
「ごめんなさい。隠すつもりはなかったのだけれど、言いそびれていたわ。私はここから東にあるオステナート伯爵領の領主、ポーリッシュ家の娘なの。」
「そうでしたか。いきなり知ってびっくりしましたよ。私が使用人という身分は説明がしやすくてよいですね。」
「いきなり、丁寧にならないでよ。恥ずかしわ。これまでと同じように気軽に話してちょうだい」
「わかった、そうするよ。」
しばらく部屋で待っていると、執事長に連れられ1人の男性が部屋に入ってくる。
「総督、お久しぶりでございます。魔法の石を引き取った時以来ですね。」
「ルース様。お久しぶりでございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「本日は総督に助力を求めに来ました。」
「……わかりました。話を聞きましょう。」
ルースは町での出来事と、町の人を助けるために軍を派遣してほしいことを伝える。
「話は分かりました。しかし、今回は力をお貸しすることはできません。」
「それはどうしてでしょうか。」
「まず、ニーテツ東門から町への行く道の橋を落としてしまっておりたどり着けません。南門からでは距離が遠すぎます。それならオステナート伯爵領で待機中の海軍陸戦隊に頼んだ方がよいです。」
何も言い返せないルースは黙ってしまう。
「また、ニーテツ駐留の部隊は防戦に特化しており遠征をする装備がないのです。どうかご理解願いたい。感情ではなく理性で判断する必要があるのです。」
「……確かにそうですね。」
「ルース様も領地に帰るか南方に逃げるかを考えた方がよい。オステナートは今や最前線だ。あなたは貴族だから王都に逃げて助けてもらうこともできるでしょう。」
「検討させてもらいます。」
「先ほど住民に逃げる伝手があるものはニーテツから脱出するように通達を出しました。今日の夜から脱出が始まるでしょう。そこに便乗すれば楽に移動ができるかもしれません。何にせよ少し考える時間が必要でしょうからしばらくはこの館に滞在してください。」
「わかりました。ありがとうございます。」
面会が終わり総督は部屋を出る。わずか数分の面会だったがとても暗い雰囲気になる。ギジロウがルースの方を見ると明かに落ち込んでいた。
占領された町の建物の一角で司令官が部下から報告を受ける。
「司令官、昨日南方に出させた先遣部隊がオステナート西の村を占拠しました。これで、主力部隊の移動に関して障害はなくなりました。」
「了解。別動隊へ伝令を走らせろ。我々は明後日の未明にオステナートへ到達する予定。攻撃開始の合図を待つ。」
「了解しました。すぐに馬を出します。」
市街地が包囲されつつあるオステナートでも幹部が対策のために慌ただしく動く。
「住民の避難を優先しますか。」
「いやいや、既にここは避難民であふれていているのだぞ。どこに逃げればよいのやら。」
「領主様から橋の破壊命令が出ました。」
「わかった、本日の夕方を持って橋の破壊を指示する。必要な人材を集めておくように。」
両陣営で戦闘に備えた準備行われる。
しかし、彼らは知らなかった。開戦から既に半年以上続いているこの戦争はまだ始まったばかりで今後泥沼化していくことを。