第5話 街道と街灯(7)
「今回の採掘、大成功ですわ!」
ナターシャが投げたボールを取ってきた犬のように興奮しながら状況を報告する。
その隣ではベンか両手にそれぞれ鉱石を手にして立っている。澄ました顔をしているが、こちらもご褒美を待つ犬のような雰囲気をまとっている。
「良くやったな! まさかこんなに早く達成できるとは思っていなかった! 採掘団のみんなには感謝するよ。」
ギジロウは自分が思い付く最大の褒め言葉で採掘に向かった仲間を褒め称える。
畑からの実りがほとんどなくなる頃、ナターシャ達が状況報告のために開拓地に帰ってくる。ニーテツを取り戻すと言うみんなの強い思いによって突貫で作業をしたため予定よりも早く帰還だった。
途中で体調を崩してしまった人もおり一時的に開拓地に帰ってきた人がいたため、ギジロウはかなり心配していたがナターシャからはみんな無事だと伝えられる。
ナターシャから採掘地の近況の報告が終わるとベンが具体的な成果を報告する。
「兄貴、聞いて驚くな。鉄鉱石は当然採掘できたぜ。だけどそれだけじゃない。なんと銅鉱石も採掘できたぜ!」
ベンの右手には鉄鉱石が、そして左手には銅鉱石が握られていた。
「まさか、銅が採掘できるとは、こんなに嬉しいことはない。」
ギジロウはものすごく嬉しそうににやける。
「そんなに嬉しいの? 鉄より?」
珍しくにやけ顔のギジロウにルースが不思議そうな顔をする。
「俺にとってはかなり嬉しいことなんだ。なんでかというと――。」
「まって、何に使うか当てるわ!」
ルースがこめかみに両手の人差し指を当てて目をつむる。
「わかったわ。通貨を作るのね! それでニーテツに潜入して必要な物資を買うのね!」
ルースは自らの答えに間違いないことを確信し、自信満々に言う。
(この貴族、偽造貨幣の製造を堂々と提案するのか。占領されているとはいえ自国の貨幣の偽物を製造するのはいかがなものか。)
ルースの突拍子のない発言にギジロウは少し頭を痛める。
当然、この国でも貨幣の偽造は犯罪である。
「ルースの考えは一旦置いておくとして、銅があったら電気回路が作れるなと思って。」
「電気回路!? 何かしらすごく興味が引かれる言葉ね。まず、電気って何かしら?」
ルースは新しいおもちゃを前にした犬のように、ギジロウに詰め寄る。
「まあ、落ち着け。そうだな、何から話すか。えっと、雷はわかるよな。」
「当然よ!」
「ものすごく簡単に言うと、あの雷の力を利用して、色々なことができるんだ。」
「えっと、具体的に言うと何ができるの?」
ルースはいまいち理解できずしかめ面になる。
「そうだなあ、俺が持っている懐中電灯だがあれは電気で動いている。以前、洞窟で即席の懐中電灯を作った際に黒色の円筒状の塊があったことは覚えているか?」
「そんなこともあったわね。覚えているわ。」
ようやくルースが理解できる話になり、しかめ面が徐々にほぐれる。
「あの塊は電池というのだが、あれには雷の力を閉じ込めている。」
「え! すごいわね!」
「そこから、少しずつ雷の力を取り出して、棒を光らせていたんだよ。」
「つまり、懐中電灯をいっぱいつくれて、夜でも色々なところが明るいということ!」
ルースは自分が理解できた内容をつなげて1つの答えを導き出す。
「まあ、他にも利用方法は色々あるが、まずはルースの言うとおり開拓地に明かりを灯そうと思う。」
開拓地の夜は真っ暗である。各部屋に簡易的な油ランプはあるが夜間に作業するには少し物足りない。屋外を照らすなどということは当然できない。
「そうと決まったら、早速作っていきましょう!」
「俺もそうしたいのだが、いろいろと障壁があるんだ。」
まずは、電源。ギジロウの手元にはまともな電源が無い。懐中電灯に使っている乾電池があるがそろそろ限界である。
また、電球の製造の難易度も高い。フィラメントの素材としては洞窟の探検でも使った竹炭箸が残っているが未踏の森の中で新しい素材を探す必要がある。
そして、銅鉱石からどうやって銅を抽出して銅線に加工するノウハウをギジロウ達は持っていなかった。
「まあ、順番にやっていきましょう。冬越えの準備も最盛期を終えたから少しは余裕があるでしょ。」
「そうだな、先日送った材料をフローレンス達が加工しているから、それらが返ってきたら取り掛かるか。」
数日後、フローレンスの元から加工品が届きギジロウを中心とした電球作りが始まる。
ギジロウは新しく建てられた実験小屋でフローレンス達から送られてきたガラスの器を棚に並べていく。
「シャーレというには大きいが、ガラスが手に入るようになったから実験ができるようになったな。他の実験機材が届くのも楽しみだ。」
ギジロウはレンガ、ガラスの器、セメントを届けてくれた人にフラスコや試験管の形状を教えて作成を依頼していた。
「まさか、坩堝まで手に入るとは。」
ギジロウが未踏の森で作った土器とは比べ物にならないくらい美しい陶器を底からうっとりと眺める。
「本当にきれいですね。」
一緒に作業していたカイナが坩堝の見込みを覗き込む。ギジロウとカイナ、2人の顔がうっすらと坩堝の内外に映る。
「ただいま。……口が開いたままよ。」
帰ってきたルースに指摘されて2人は直ぐに口を閉じる。
「まずは、未踏の森の中からいろいろな植物を採取してきたわよ。」
ルースが採取してきた木の枝、葉、実、草などを机の上に広げる。
「あまり注目していなかったけど、結構いろいろ生えているのだな。」
「私も知らなかったわ。これらを炭にすればよいのね。」
「よろしく頼むな。」
実験大好きなルースが自ら窯を作って材料を炭にしていく。途中で子供たちを引き連れたアイナとカミラがやってきて何を作るのかを尋ねる。
「未来を照らす明るい光よ!」
ルースは詩的な表現で子供たちにかっこよく電球を紹介する。
ルースが外でいろいろな炭を作っている間、ギジロウはルッチ、カイナと一緒にどうやって石から銅を取り出すか考える。
「見た感じ、孔雀石のようだな。」
魔導書で鉱物図鑑を照合しながら、ギジロウは石の正体を推測する。
「この緑色の石があの赤っぽい色の金属になるの?」
カイナが孔雀石を手にまじまじと眺める。
「よく見る銅の錆らしいから、炭と一緒に焼けば還元されるんじゃないか。」
ギジロウは錆だから銅の酸化物だと思い酸素を取ればよいと考える。
「還元とは何ですか? なにかかえってくるのですか?」
説明するには小学校レベルの理科の知識が必要である。
ギジロウは一旦大雑把な説明を2人にして、後日詳細な内容を教えることにする。
「とりあえず、炭と一緒に焼けばよいというのなら食堂から炭をもらってきて一緒に焼きますか。」
ギジロウ達も実験小屋から出て屋外にレンガで四角形の炉を作り、その中にフローレンス達から送られてきた坩堝ではなく自分たちで作った不格好な大きな土器を置き、その中に孔雀石と炭を置く。
そして下から加熱する。
しばらく放置してギジロウは孔雀石の様子を確認する。
「なんか、心なしか少し表面が銅色になった気がする。」
ギジロウは少しでもうまくいったかのような表現で状況を報告する。
ルース、カイナ、ルッチが続いて炉の中を覗き込む。
「成功したなら、このまま引き続きやれば良いのかしらね?」
ルースは成功を怪しむ。
「いや、ほとんど変わっていないですよね。」
ルッチから容赦のない評価が下される。
 





