第5話 街道と街灯(6)
ルースの持っているツルハシを借りてギジロウは風穴の周囲を慎重に崩していく。
人が這って通れるくらいの大きさになったらギジロウは穴から顔を出して周囲の状況を確かめる。
穴の先はなだらかな斜面になっており、木の根もしっかりと張っている。上側も崩れてきそうなものは何もない。しかし、空は赤色に染まっていた。
「もう、山を下るのは大変だから、今夜はここで一泊するか。」
「そうね。これなら大型の魔獣は通れないから安全ね。」
ギジロウとルースは薪を集めるために荷物を置いていったん外に出る。
「ようやく、外の空気が吸えるわ。気持ちいわね。」
ルースは両手を夕焼け空に向かって伸ばし大きく背伸びをして深呼吸する。
「水晶も見つかったし、明日にはみんなに良い報告ができるわ。」
未踏の森は秋が深くなり、夜は非常に寒い。洞窟が奥に続いているため風邪が良く抜けるため体感を温度はさらに下がる。
2人で寝る場所の位置を少し上げて風の通り道から身を避けたり、焚火の中で石を焼き持っていた布でくるんで懐炉のようにして暖を取る。
交代で睡眠をとりながら朝を迎える。
「おはよう、ギジロウ。」
明け方から火の番をしていたルースがギジロウを起こす。
ギジロウが再び穴から顔を出して外の様子を確認すると、空には秋らしい透き通った青空が広がっていた。ギジロウが先に出て、ルースから荷物を受け取る。
「私のカバンで荷物は終わりよ。」
最後の荷物を手渡したルースが穴から這い出てくる。
服について土を手で払いルースはカバンを背負い出発の支度を整える。
先に出たギジロウはメモをもとに洞窟のメインの出口の方向を確認する。
「直線で行けばここから西南西方向だな。」
ギジロウは開拓地で手作りしたコンパスを見ながら、進むべき方角を見つめる。
「岩肌が突き出しているから迂回するように進むか。」
高低差は測れないためなるべく垂直方向には移動せず水平方向に進めるように方角を決めて元の出口を目指して歩く。
しばらく歩き南に大きく行き過ぎたため、今度は北西方向に歩く方位が変わる。
「このまま、北西方向にまっすぐに進むと滑り落ちた洞窟の入り口に着くと思う。」
ギジロウは地面に置いたコンパスを見るために屈みながらルースにあと少しでたどり着きそうであると説明する。
「ようやく、帰ってこれそうね。いったん休憩しましょう。」
ルースが少し進んだ先にあった石に腰かけて休憩する。
ギジロウの後方で木が折れる音がする。
「まって、こういう登場の仕方をするのは…………。」
ギジロウは冷や汗をかきながら後ろを振り返る。
人と出会って興奮するブラックボアがまさに突撃しようとしていた。
「ギジロウ伏せて!」
ルースがギジロウの頭上越しに攻撃魔法を放つ。
「ひっ!」
頭上を通過する攻撃魔法の光を感じて、ギジロウは思わず声を漏らす。
(ルースが俺に当てる気がないのも分かるし、そんなスレスレを攻撃魔法が通過していないのも分かるが、怖いものは怖い!)
ギジロウはその場から逃げるべく、地面に広げたメモ用ノートとクルクル針が回っているコンパスを回収してルースの方に走り出す。
「逃げるぞ、この方向だ。」
「いつも通り、攻撃が効きづらいわね。」
ギジロウ達も何度かブラックボアと戦いブラックボアの前面は攻撃魔法が効きづらいことは理解していた。そのためルースの攻撃魔法も当てる時と、手前の地面に撃って突撃を躊躇させる時で別れている。
ルースが最後にブラックボアの目の前に攻撃魔法を撃ちこんだら、ジグザグに走りながらブラックボアの突撃を交わしていく。
「ルース、次はあの二股に分かれた木を目掛けて走れ!」
「わかったわ。」
目的の方角を見失わないように必死で頭をフル回転させて逃げる方位をギジロウは指示していく。
(いつものことながら、回避がギリギリだ。)
ブラックボアも多少の軌道修正はできるため、ギジロウ達が直前と思って切り返してもブラックボアはくらいついてい来る。
隙を見てルースも身を翻して攻撃魔法を撃ちこみ逃げる余裕をつくる。
(そろそろ着いてもよいころだが、まだか!)
全力で走っているためコンパスを確認する余裕などはギジロウにはない。
ルースも攻撃魔法を撃ちながら走っているため息切れをしている。
「ど、洞窟で鉱石を集め過ぎたわ!」
ルースは泣き言をいうが、決してカバンを手放そうとしない。
疲れた顔をしているが、後悔した顔はしていない。
「洞窟が見えたわ! ギジロウどうするの!?」
見覚えのある洞窟の入り口が徐々に大きくなってくる。
「ルース、いったんカバンを捨てろ! 後で絶対に回収するから!」
「わ、分かったわ。」
ギジロウもルースも走りながらカバンの紐を脱いでいく。
そしてブラックボアにつぶされないように脇の方に投げる。
幸いなことに斜面ではないためカバンは着地点で2、3回転して止まる。
「俺らが落ちた穴を飛び越えるぞ!」
ルースとギジロウは最後の力を振り絞って速度を上げる。
「上ではなくて前へ跳べ!」
落ちた穴のギリギリで2人は踏み切る。
低い天井に頭をぶつけないようにするため、水泳の飛び込みのように頭を低くして洞窟の奥へ続く道へと2人で一緒に飛び込む。
穴の反対側にギジロウは着地するが、ルースはギリギリ届かず、下半身が穴の中に吸い込まれる。
「助けて! ギジロウ!」
ルースが泣きそうな顔をしながらギジロウを呼ぶ。
ギジロウはすぐにルースの腰を掴んで穴の上にルースを引き上げる。
その後ろでは穴に気が付いたブラックボアが急ブレーキをかける。しかし、勢いが止まらず直前までルースがぶら下がっていた壁に激突してそのまま穴の中へ消えていく。
「あ、危なかったわ。」
ルースはギジロウに抱き着き冷や汗をかいて言葉を漏らす。
「ギジロウ、ありがとう。」
落ち着いたら2人で立ち上がり。穴の中をのぞく。
「下まで落ちていったようだな。」
「よかったわ、しばらくは戻ってこられないわね。」
「たぶん、二度と日の目を見ることはないと思うぞ。」
「ルース、もう一回飛び越えられるか。」
「もう、そんな体力はないわ。」
「そうだな。俺も同じだ。」
「さっきと同じように迂回しましょう。」
「コンパスもメモもないが。」
「ギジロウと私の2人なら何とかなるわ。一緒に頑張りましょう!」
疲れているけど、また一緒に頑張ろう。そんなルースの気持ちがこもった笑顔でルースは返事をする。
狭い穴から同じように洞窟を出て、記憶を頼りに2人で山道を歩く。
「あの倒木ってさっきブラックボアがへし折った木よね。」
最後は自分たちを追い詰めたブラックボアの痕跡を頼りに洞窟の入り口にたどり着く。
「ギジロウ、落とした懐中電灯があったわよ。」
洞窟の端の方に二度と出会えないとギジロウが思っていた懐中電灯が落ちていた。
ギジロウはスイッチを操作するが光は点かない。
(スイッチが入りっぱなしでなくなったんだな。)
「壊れちゃったのかしら?」
「大丈夫だ、電球も割れていないから電池を変えればまた光るさ。」
「そ、そうなのね。」
ルースはいまいち理解できていない様子で、納得したような反応をする。
「さぁ、荷物はすべて回収できたし帰るか。」
「ねぇ?」
「どうした。」
「また、温泉に寄ってよい?」
おねだりする顔でルースは提案する。
「そうだな、俺もすっきりしたい!」
「それじゃ決定ね!」
2人は軽い足取りで温泉に向かう。
そして、温泉を堪能した後に開拓地に戻った。





