第1話 助けを求める少女(3)
村民が逃げて無人となった村を堂々と軽トラで走る。
「畑に何も植えられていないようなのだが、今の季節はいつなの?」
「今は春先よ。5日ほど前が春分だったわ。」
(まだ春先なのか、飛ばされる前は夏だったが季節がずれていたのか。真冬に転移させられていたら凍死するところだった。)
ギジロウは長袖長ズボンを着ていた当時の自分の判断に心の中で賞賛を送った。
「どうかしたの?」
「いや、自分は運が良かったなと思って。」
車は村の道路から水路の管理通路を通り徐々に獣道に入っていく。そしてしばらく進むと獣道もなくなる。
「こんな整備されていない道を走ることもできるなんて、軽トラってすごいわね。」
「褒めてくれて光栄だ。しかし、本当にこのまま進めば正しいのか?」
「まっすぐこのままに進めば、山を越えてニーテツに続く道に出られると……思う……。」
「え、自信ないの! ごめん、俺もすでに方角の感覚を失っている。」
「ご、ごめんなさい。私も方角が正確にわからないの。」
その言葉を聞いて、ギジロウはブレーキを踏み車を停める。
「迷ったっぽいな。いったん落ち着こう。ルース、この紙に周辺の地図を書いてくれ。」
ギジロウはルースに鉛筆とノートを渡す。ルースは「とても上質な紙ね」「この筆記具は何かしら」など驚いた後に地図を描きギジロウに周辺の地理関係を説明する。
「最初にこれをするべきだったわね。ここが先ほどまでいた村ね。それで、私たちが今いるのは恐らくこの辺りだと思う。」
ルースは地図上に×印を書く。
「村の周囲ではこんな感じに山脈が北東側から南西に伸びた後に北西に伸びているわ。」
ルースはV字に稜線を記載する。
「このあたりある鞍部を越えてニーテツに続く道に出る予定よ。現在の位置からだと南西方向だと思うわ。」
ルースが作成した地図に進むべきルートを記載する。地図を眺めながらギジロウはルースに質問する。
「進むルートはわかった。次は方角を知りたいな。ルースは普段どうやって方角を知っているのだ。」
「すぐに方角を知りたいという状況にならないからね。夜なら、北を示す星があるからそれを頼りにするわね。」
(北極星はあるようだが昼間の移動では使えないな。)
ギジロウは魔導書を手に取って方角を知る方法を探す。
「その本は何かしら?」
「あぁ、これは求める知識に応じて内容が変わる本だよ。」
「物凄い魔道具じゃない! なんでこんな本を持っているのかしら?」
「俺も気づいたら持っていた。」
「召喚というのは不思議な事が起こるわね。」
本で初めに見つけたアナログ時計を使った方法は現在時刻が正確にわからないため却下する。
次にコンパスの作り方を見つけたのでルースに質問する。
「ルースは確か鉱石をたくさん持っていたよな? 磁石を持っていたりするか? 鉄を引き寄せる石だ。」
「磁石という名前は知らないけど、そんな特徴の鉱石ならあるわよ。」
ルースはカバンから鉱石を1つ取り出す。ギジロウが車のキーホルダーについているマルカンを近づけるとその鉱石に吸い寄せられる。
「これは……、俺も人生で初めて見た。」
ルースは強力な天然磁石を持っていた。
「すごいでしょ。この国では貴重な鉱石なのよ! 珍しいから私も欲しくて大金を積んで買ってきたのよ! ギジロウにとっても珍しいのかしら?」
ギジロウの初めて見たという言葉を聞いて、ルースは興奮するようにまくしたてる。
「あぁ、ここまで強い磁石は初めてだ」
「磁石という名前なのね。覚えておくわ!」
磁石が手に入ったのでコンパスを作る。キーホルダーからマルカンを取り外し、持っていた金槌などを駆使してまっすぐな棒にする。
「ルース、磁石を貸してくれ。」
「わかったわ。でもどうするの。」
「今作った鉄の棒に磁石をこすりつける。すると鉄の棒も磁石になる。」
磁石をこすりつけた鉄の棒をルースに渡す。怪訝な顔をしているが金槌に鉄の棒が引き寄せられる様子を見てルースも驚く。
次にペットボトルのキャップをひっくり返し磁石の棒を載せて水たまりの上に浮かべる。するとゆっくりと棒が回転し一定の方向を指して止まった。それを見たルースはまた驚く。
「わ、私にもやらせて! なにこれすごい!」
ルースは簡易コンパスを何度も角度を変えて水に浮かべ直す。そのたびに棒が同じ向きになる様子を見てルースは興奮する。
「これがあれば、どこでも方角がわかるじゃない! すごいわ! なぜ誰も気づかなかったのかしら。」
方角がわかったら、次は目的地の方位を調べる。
「ルース、現在位置から目標の鞍部の方向は分かるか。」
「さすがに木に覆われていて見えないわね。ちょっと飛んで確認してきましょうか。」
「え! 飛べるの!?」
「私くらい魔法が使えると、自分自身を浮かせることもできるわ。長時間だったり重いものを持ちながらだったりは無理だけど。」
そういうとルースは空を飛んで鞍部のある方向を指してくれた。地上に現れたルースの腕の影の方向とコンパスを用いて、これから向かうべき方向がおおよそ西南西であると判明する。
「ありがとう! これで進むべき道はわかったな。行くか!」
しばらく進み昼下がりごろギジロウ達は鞍部を越える。超えた先には広大な森が広がっている。
「これが未踏の森よ。今まで多くの冒険者を追い返し、多くの為政者に開拓をあきらめた土地ね。あの隅に少し人工物があるのが分かるかしら。あれがニーテツよ。開拓開始から2年程なのだけど、既に400人以上の死者を出しているらしく、いまだにあの程度しか切り開けていないわ。だけどニーテツは銅などの地下資源を連邦に供給する大切な土地ということで連邦もあきらめずに多くの人材や資金を投じているし、駐留している兵士も連邦直轄軍だわ。」
「なるほどね。資源開拓の一環で作られた都市なのか。」
「そのとおりよ。また、未踏の森は魔獣が強いことでも有名よ。だから冒険者などが腕試しのために多く集まる街にもなっているわ。」
ギジロウは望遠鏡を取り出しニーテツの様子を確認する。
「なにそれ!」
案の定、ルースが望遠鏡に興味を持つ。
「すごいわ。遠くのものが近くに見えるのね。これは私の家にあった虫眼鏡かしら。」
「ごめん。君の家から拝借した。」
「気にしなくてよいわ。おかげでこんなにすごい道具に出会えたのだから。」
ルースは楽しそうに望遠鏡であちらこちらを眺めていた。
ルースが満足するまで望遠鏡を使ったらあとさらに車を進め、夕方ごろには2人はニーテツへと続く道が見える場所までたどり着いた。
「このまま進めばよいか?」
「いえ、人の往来が無くなる夜間まで待ちましょう。夜間でもこの車走れるのでしょ?」
「あぁ、道が整備されていれば問題ないよ。」
夜まで時間があるため少し眠かったギジロウは仮眠することをルースに伝える。
「俺は少し寝るけれどよいか?」」
「わかったわ。」
ギジロウは荷台に乗り寝袋を広げて横になる。それを見たルースは驚きの声を上げる。
「その布は布団だったのね」
「そうだよ、これで安心して寝られるな。少し冷たいし、痛いけど寝られないことはないな。ルースはどうする?」
「私は自分の荷物を少し整理したいわ。」
「もし眠たくなったら、そこにある寝袋や毛布を使って寝てくれ。」
「わかったわ。ありがとう。」
ギジロウが寝た後、ルースは荷物の整理をしながら驚きの連続だった今日のことを振り返る。
「私は多くの知識を身に着けてきたと思ったけど、驚かされてばっかりだったわ。やはり異世界の人ね。しかし、優しい人で良かったわ。もし助けてくれなかったらどうなっていたかしら。」
捕まったことを想像してルースは鳥肌が立つ。
「本当に感謝しかないわ。何かお礼をしないと。ニーテツに着いたら何か考えましょう。だけど、この人がやってきたということは何かと大変なことが起こりそうだわ。」
少し強い風が吹き周囲の木々を揺らす。ルースはとてつもない胸騒ぎを感じる。
荷物の整理が終わるとルースも少し眠くなり寝ることにする。
「しかし、これはどうやって広げるのかしら。」
ルースは寝袋相手に四苦八苦していた。
「例の女は捕らえられたか?」
「それが、恐らくニーテツに逃げ込まれてしまい無理でした……。あの、いかがなさいましょう。」
「女1人捕まえるために都市攻略をしては割に合わない。我々の目的はその女の親が領主をやっている都市の占領だ。女の確保はそのための手段に過ぎない。」
「司令官殿、今回の失敗に対する処分は……。」
「必要ない。代わりに貴様らには次の戦いで、とある人物の捕獲を行ってもらう。それができれば今回のことは水に流す。よいな。」
「了解!」
司令官と呼ばれた男は部隊の幹部たちが待機している部屋に向かう。
「次の作戦の準備だ。町から食料と馬車を徴用しろ。兵たちには数日間の休息を与える。準備ができ次第、次の作戦を実行する。」