第2話 未踏の森へ(8)
そこは、未踏の森を開拓したとは思えないほどしっかりと整備された場所だった。食堂などのしっかりとした建物が建てられており、拠点の周りは柵も設置されていた。
「建物がしっかりとしていますし、簡易的ではありますが柵もあり防御態勢も整ってますね。あの隅にある大木を吊るしているのは何でしょうか?」
ナターシャがギジロウ達が作った木製クレーンを操作するマイヤー姉妹を指差して護衛の女性に質問する。
「わからないですが、女性の力であの巨木を持ち上げているとすればすごい道具なのではないですか?」
ギジロウ達に案内されてナターシャ達は開拓地の中を見て回る。
「この辺りは魔獣が出ないのですか?」
「いや、ブラックボアが何回か来たことがあります。そのたびにギジロウさんが追い返してくれてます。」
一緒に回っていたルッチが過去の魔獣との戦いでのギジロウの活躍をナターシャ達に説明する。
「いやいや、ルッチ達も手伝ってくれただろ。」
ナターシャはルースからの言葉に驚く。
(この、細い男性がブラックボアを撃退したのですか! 手伝っていたとはいえたった8人で?)
「兄貴、ブラックボアなんか来たことあったっけ?」
「あぁ、ベン達も最近来たばかりだから知らないのか。ベン達が来る前にここで4人で暮していた時には、何回か襲撃されたのだよな。」
ベンとギジロウの会話を聞いてナターシャは護衛の女性とひっそりと話をする。
「ブラックボアを4人で撃退するとか、何者ですの? 私たちは20人近くいても苦労していたことがありましたよね。」
「いや、ニーテツでも数人の冒険者パーティが討伐していたじゃないですか。」
「それは屈強な冒険者だからでしょ。彼らはどう見ても冒険者の背格好ではないですよ。」
「あの、ナターシャさん。」
「は、はい!」
ギジロウに声を掛けられ、ナターシャはびっくりする。
「どうかな、ここの様子は?」
「未踏の森の中にここまで立派な村ができていることに非常に驚きました。私たちもこの村の一員にさせていただけないでしょうか?」
ナターシャ達は頭を下げる。
ナターシャ達が仲間に加わったことで、開拓地の人数は28人へと一気に増えた。
「寝るところがないな。」
「食堂や、お風呂小屋、洞窟とかで寝られるだけ寝てもらって、溢れてしまった人は野営してもらうしかないわね。まだ、夏だし死ぬことはないと思うけど……。早く安心して寝られる場所を整備してあげたいから、さっそく宿舎を建てましょう! 食堂を建てたときの経験を生かしてもっと強固なものを建てたいわ。モルタルが作れるのだからレンガ造りの壁が作れるようになるわね。」
「それもよいけど、今回は別の使い方もしてみようと思う。」
「え、別の材料にもなるの? それは楽しみね。あと、私はモルタルの作り方知らないのだけどギジロウ、調べられる。」
「あぁ、作業をしながら説明するよ。」
「えぇ、ほんと!」
ルースは目をキラキラさせる。
ギジロウは前日の間に調べて知識でセメントを作っていく。
「まずは、採掘した石灰岩を粉々に粉砕してくれ。道具はこの辺のハンマーや石を使ってくれ。飛び散った破片が目に入らないようにな。」
(こんな作業、元の世界で保護メガネなしでやったら安全衛生部門から怒られるな。)
「石を粉にするのは大変だよー。」
「シー、弱音を吐いてはだめよ。」
ベン、シー、エイダは仲良く石を粉にしていく。
次に、乾かした粘土等いくつかの材料と一緒に混ぜてさらに粉にする。
「石ですり潰してさらに細かくしていけばよいのですね。」
「ナターシャ様、粉がこぼれています。」
ナターシャ達が不慣れながらも一生懸命作業に取り組む。
混ぜ合わせた材料を器に移してレンガで作った炉に入れる。
「煉瓦の増産はこのためだったのですね。」
「そう、今回は高い温度にする必要があるから、全力で空気を送っくれ。」
「えっ!」
全員で力を合わせて全力で炉を下から仰ぎ空気を送る。
「兄さん、姉さん、交代してください。」
「頑張れー! 弟!」
「疲れました、カイナ交代してください。」
「えっ! もうなの! 私休んだばかりな気がするのだけど!」
「ギジロウさん、もっとよい送風方法はないのですか?」
「竹とかあれば割と簡単に筒が作れるのだがな。」
「竹? 竹って何ですかぁぁ!?」
しっかりと高温で焼けたら、ゆっくりと冷やしていき炉から取り出す。再度、粉砕して粉にしたらセメントの完成だ。
「この粉がモルタルの材料なのね。」
「そうだ、これに砂を混ぜればモルタルになる。それでモルタル以外の使い方だが、今回はコンクリートにしようと思う。」
「コンクリート?」
カイナに用意してもらった木の板で、大きな型枠を作る。
作ったセメントを砂利、砂、水と一緒によく混ぜ合わせる。
「ギジロウさん、かなり熱くないですか。」
「セメントは固まるときに熱を出すんだ。熱いから気をつけて。」
調度よい粘り気になったら型枠に移していく。
「数日程、これで待つ!」
「楽しみね。」
数日後、ギジロウ達は満を持して型枠を外す。
「凄い立派な石の壁? ができたわね。この数日間、何度か雨が降っていたのに泥みたいなのが固まっているわね。」
「これは俺がいた場所ではコンクリートと呼ばれていたものだ。」
ギジロウ達はコンクリートを大きく2つの用法で使用することにする。
1つ目は、建物の基礎としての使用、2つ目は魔獣から開拓地の防備のために置くコンクリートブロックである。
「この、コンクリートブロック、便利ね。」
ルースが完成したコンクリートブロックに攻撃魔法を撃ちながらギジロウに話しかける。
「攻撃魔法で抉れづらいのはレンガの壁と一緒だけど、攻撃魔法の圧力に対する抵抗力が違うわね。同じ厚さでも崩れないわ。」
「気に入ってくれて何よりだ。望み通り強い建物は作れそうか?」
「えぇ、防備にも便利だわ。」
その様子を見てナターシャが護衛の女性に話しかける。
「確かに、この方がいればニーテツの奪還は可能かもしれないですね。」
ナターシャは開拓地に来た翌日、セメント作りを始める前の出来事を思い出す。
「この場所を気に入ってくれたなら嬉しいわ。これからもよろしくね。」
ルースはナターシャを改めて歓迎する。
「改めて自己紹介します。私はナターシャです。それでこちらが。」
ナターシャの隣に立つ、りりしい顔立ちの女性が少し前に出る。
「ポーラだ。ナターシャ様の護衛をしている。ナターシャ様に危害を加えるなどしたら容赦はしない。」
ポーラは左腰に下げた剣を触りながらきりっとした表情であいさつする。
「私はシノです。ナターシャ様にとは未踏の森を彷徨っている途中で出会って同行しています。」
おどおどした表情の獣人の少女がポーラの後ろに少し隠れるように挨拶する。
ギジロウにはブルーブラックの猫耳が少し垂れさがっているように見える。
「シノはかなり人見知りなのですが、とても運動神経が良いですので皆さんのお役には立てると思いますよ。」
その後もナターシャと一緒に行動していた人たちが順場に自己紹介をしていく。
「よろしく、頼むわ! 私は前にも話したけれどルースよ。」
「あの、ルース様は、オステナート領の領主、ポーリッシュ伯爵家の娘のルース様ですか?」
「えぇ、そうよ。」
「いつの間にか、ニーテツに居たのですね。しかし、どうして戦闘になる前にニーテツから脱出しなかったのですか?」
「私は、貴族の家系よ。ニーテツの領主ではないとはいえ民を守るために戦うのは当然でしょ。」
「だけど今回は負けてしまったので、未踏の森に逃げてきたということですか?」
「……まあ、そういうことになるわね。でも、私はただ逃げたのではなくて、ニーテツを取り戻すために力を蓄えて反撃の機会を伺っているのよ。」
「ルース様は、そんなことが可能だと思っているのですか?」
「えぇ、可能と思っているわ。隣にいるギジロウはとっても凄いのだから! これまでも何度も私を助けてくれたわ!」
(はぁ、この男性はそんなに優秀な方なのでしょうか? ルース様の方がすごい魔法使いなのでは?)
(まえは、そんなに頼りになるかと疑問でしたがーー。)
「ルース様! 確かにギジロウ様の技術力や知識はすごいですね。」
「そうでしょ! 私が何度も助けられたというのも納得でしょ! あなた達もニーテツを大切にしていたのよね! 一緒にニーテツ奪還に向けて頑張りましょう!」
「はい! よろしくお願いします!」