第2話 未踏の森へ(7)
ベンとの勝負の夜は歓迎会を兼ねてみんなで和気あいあいと食事にする。
「いやー兄貴、見た目に寄らず体力があるなぁ。」
ベンはすっかりギジロウのことを慕い、兄貴と呼ぶようになっていた。
ギジロウはベンと話していると、ベンのニーテツでの生活についての話になる。
「ベンはニーテツでは鉱山で働いていたのか?」
「そうだぜ、兄貴。俺とシーは鉱山労働者の息子だったから、ニーテツの戦いの前から鉱山の補助作業をやっていたぜ。占領された後は鉱山内の労働力が足りなくなったこともあって、最深部での採掘作業も担当していたぞ。そのあといろいろあってニーテツからみんなで逃げてきたぜ。」
「そうだったのか、じゃあ。採掘作業は得意だな! それはありがたい!」
ギジロウは近くにいたルースとこそこそと話を始める。
「それは、いい考えね!」
数日後、ギジロウはみんなを集めて石灰探しを再開することを伝える。
「この拠点の建物をより強固にするためにも、石灰の探索を始めまーす。」
「おー!」
ルースだけが意気揚々と声を上げて答える。
「兄貴、石灰ってあの白い粉か? 採掘できるのか?」
「あぁ、元々あの粉は石灰岩という岩石を粉砕したものだからな。原料の岩石が採掘できれば作れるぞ。」
「そうなのか。それでその場所というのは?」
「前回、ベン達と出会った仮拠点の近くにあると思う。前回、俺が少し川を見たら石灰岩っぽい石を見つけていてな、上流で採れるのではないかと思ってる。」
ギジロウは川で拾ってきた石灰岩を見せながら説明する。
「そういうことなら、さっそく行きましょうぜ。」
ギジロウは今回の採掘のメンバーを発表する。ベン、シーは採掘の担当、マイヤー兄弟は往復する際に使用する馬車の操縦、ルースとエイダが食事の用意のために一緒に来ることになった。
傷が癒えたばかりのカイナを筆頭に女性陣は拠点に残って農作業やレンガ造りなどを進める。
準備ができたらギジロウ達はマイヤー兄弟の操縦する馬車で仮拠点に戻る。
「ブラックボア相手に戦ったし、サトメグリも出たようだから荒れているわね。」
「未踏の森で生き残るのが大変な理由がなんとなくわかるな。」
到着した初日はみんなで寝る場所を整備し、翌日からギジロウ、ベン、シーは川に沿って上流の方へ探索に向かう。ルース、エイダ、レン、ロンは本格的に採掘拠点にできるように整備する。
「では、今日は夕方までには戻るから。」
「気をつけてね。行ってらっしゃい。」
ギジロウ達は川に沿って上流へと歩く。しばらく歩くと木々の隙間から真っ白な岩の壁を見つけた。
「あの白い岩壁が恐らく石灰岩だ。」
ギジロウ達はアップダウンを繰り返しながら目的の白い壁に向かって歩く。岩壁までは近づかなくともその付近には大きな石灰岩が転がっておりギジロウはその中の1つを爪でひっかく。すると、少し粉っぽく白い粉が爪の間に入り込む。
「意外と早く見つかったし、少しだけ採掘して帰るか!」
「任せてください、兄貴! 採掘は慣れてます。やるぞ、シー!」
「わかったよベン。ギジロウさんは見ていてください!」
ベンとシーが意気揚々と岩を叩き崩して籠に入れていく。
拠点に帰るとルースが採掘初日から石灰岩が見つかったことにとても喜ぶ。
「到着して2日で見つかるなんて、すばらしいわ。今回の目的はもう達成かしら?」
「いや、もっと採掘したいし、さらに上流に何かないか探しに行きたいとは思う。」
「わかったわ、数日間はここを拠点に活動する感じね。」
3日後、ギジロウ達は採掘に出発し、ルース達も採掘拠点の整備を引き続き実施する。
「ルース様、本日は何をしますか。」
エイダはルースに本日の拠点に整備内容を確認する。
「そうね。エイダは燃料用の薪を拾ってきてくれるかしら?マイヤー兄弟は少しでも拠点に戻る道が進みやすいように道を整備してくれるかしら?私はしっかりとした小屋を建てるために土地を均しているわね。」
ルースが到着初日から更地にしている場所を指差しながら説明する。開拓地で食堂を建てた際に培った技術を生かすようだ。そして最後に付け加える。
「いつも通り、魔獣に遭遇したらすぐに呼びなさい。私の魔法で対処するわ。」
ルースから指示に従いエイダは薪集めに向かう。ここ数日で近場の細い枝はすべて使いつくしてしまったので少し太い枝を斧で切ったりしながら集める。
集めた薪をかまどの横に積んでいると、かまどの火が弱くなっていることに気付く。
「あら、消えてしまいそう。ちょっと燃やせるものを足しましょう。」
エイダが枝や落ち葉をかまどに入れると火が強くなると同時に大量の煙が立ち込める。
「げほ、げほ……。目が痛い。」
エイダが屈みながら目を閉じて大きくせき込んでいると誰かがエイダの元に近づく。
「あ、ルース様。すいません。少し湿気っていたみたいで、ものすごい煙です。」
エイダがゆっくりと目を開けると、知らない女性が心配そうな顔でエイダを見つめていた。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「きゃ、きゃぁぁぁぁ! 誰ですかぁぁぁ!?」
エイダの悲鳴が森に響く。
「エイダ! だ、大丈夫かしら!?」
慌ててルースがエイダの元に帰ってくる。
「ど、どちら様かしら?」
ルースの目の前に知らない金髪の女性とそれに率いられた集団がいた。
「わ、私たちはニーテツから逃げてきた放浪者です。あなた方はここで暮しているのですか?」
女性はお腹を鳴らしながら質問をする。
「いえ、もう少し北に行った場所に10人ほどで暮しているわよ。もしかして、お腹が減っているのかしら?」
ルースが警戒しながら質問に答える。
「……はい。ずっと森を彷徨っていて、ここ2日ほど何も食べられていなくて。」
女性はかなり疲れた表情で返答する。
「そうなのですか! ルース様、疲れているようですし拠点に連れて行ってしょくりょうをわけてあげるのはどうでしょうか?」
「よいのですか、それは嬉しいです。」
女性の大変な状況を思ったエイダが拠点に連れて帰ることをルースに提案する。
「採掘に出かけている仲間に相談するわ。とりあえず、おなかが減っているようであれば、ブラックボアの肉が少しだけあるからみんなで分けて食べてちょうだい。エイダ、取りに行きましょう。」
荷物から肉を取り出しながら、ルースがエイダにひっそりと話しかける。
「エイダ、逃亡者を装った追手だったらどうするの?剣を持っている人もいるようだし。」
「ご、ごめんなさい……。でも、あの方はニーテツ鉱業ギルドのギルドマスターの娘さんだと思います。剣を持っているのは護衛の方だったかと思います。その他の方はわからないですが。」
「……そうなのね。まぁ、率いている人の身元が分かっているなら、とりあえずは大丈夫かしらね。」
夕方、ギジロウ達が採掘を終えて戻ってくる。
「ルース、人数が増えているのだがどういうことだ。」
ギジロウの当然の質問に、ルースが経緯を説明する。
「ということなので、ニーテツから逃げてきた人たちのようなのだけど、どうするかしら?」
「ニーテツの住民ならここに放置するわけにもいかないし連れていく以外にないだろ。これからニーテツ奪還に向けて準備するためには人手も必要だろうし、ニーテツ奪還後に後ろ盾となってくれそうな組織と関係を築いておくのはよいのではないか? 護衛の人の経歴はわからないが、少なくとも俺よりは剣や武器の扱いに慣れているだろうし、戦いに向けて訓練をしてもらえると思う。」
「もし、あの中に敵が紛れていたら、どうするのかしら?」
「今の段階では見分ける方法がないから対処できないけど、仮に既に敵が紛れているなら置いていっても追ってくるだろうから、一緒に居て監視下に置いた方が良いのではないか?」
「確かにね。レンにも確認したけどリーダーの女性はニーテツ鉱業ギルドのギルドマスターの娘であることは間違いなようよ。グループ内に不審な人物がいないかは後で聞いておくかしら?」
「そうだな、後でひっそりと聞いてみてくれ。」
話し合いがまとまるとギジロウとルースはリーダーの女性に話しかける。
「えっと。」
「ナターシャです。」
「俺はギジロウという名前だ。こっちはルースという。」
「ギジロウ様、ルース様…………。はい、なんでしょうか?」
「ナターシャさん達はニーテツから逃げてきたのだよな。俺たちの開拓地は人手が足りないのだけど、ナターシャさん達がよかったら一緒に暮らさないか?」
「素敵な提案です。少し仲間と話してもよろしいでしょうか?」
ナターシャは隣にいる女性たちと相談を始める。しかし、なかなか結論がまとまらないようで、ずっと話し込んでおり、しびれを切らしたルースがナターシャ達に話しかける。
「私たちは明日には拠点に戻るから一度私たちの拠点を見て考えるのはどうかしら!」
「も、申し訳ありません。そうさせていただきます。」
翌日、ギジロウ達は大量に採掘できた石灰岩とナターシャ達を連れて拠点に戻る。
「ギジロウ殿、ルース様、お帰りなさい……ってなんか人が増えてる!」
カイナとルッチは人数が増えていることにとても驚く。
「森でニーテツからの逃亡者と出会ったから連れて帰ってきたわ。彼女たちが気に入ったら一緒に住んでもらうつもりよ。」