第2話 未踏の森へ(4)
ブラックボアの毛皮や肉を燻したため体がとても煙臭くなる。
「ギジロウ、お風呂を作りましょうよ。」
ギジロウは少し悠長な気もしたが、今後重労働が増えていくのに疲れを取れる場所がないのはとてもストレスに感じており、ギジロウもお風呂が好きだったためお風呂を作ることになった。
風呂釜の素材としては、最初は木製も考えたが、今後のことも考えるとレンガが必要と言うことで、北方の湖まで粘土を探しに行くことにした。
「今回は、粘土を探しに行くのでよろしくな。」
ギジロウ達は途中までは軽トラックに乗り、いけるところまで行ったら軽トラックを降りて徒歩で向かう。少し歩くと体長3メートル近いとかげのような生き物を見つけ、近くにあった大きな岩の影に隠れる。
「あれは、トカゲでよいのか?」
「オオトカゲね。森の中では割りと一般的な魔獣よ。まあ、あれは普通より大きい気がするけど」
(そうか。日本にいるトカゲとは比べ物にならないほどでかいけどな。)
「カイナ協力してちょうだい。対処法するわ。」
ルースが石を拾ってとオオトカゲに向かって投げたが。放物線を描いた石はオオトカゲの向こう側に石が落ちる。ギジロウは当たっていないぞという視線でルースを見ると、ルースは2つ目の石を手に取りまた同じ場所に投げる。
「何をしているのだ?」
「もう、そろそろわかりますよ。」
ルッチが見ているように促す。
何回か同じ場所に石を落下させた後に、周囲で固まっているオオトカゲの内の一匹の体に石をあてた。すると石が当たったオオトカゲ先程まで石が落ちていた場所に向かって火を吹き初め、それにつられるように周囲にいた2匹のオオトカゲも同じ場所に火を吹く。」
(火を吹くとか、めちゃくちゃ危ない生き物じゃないか。)
「今よ!」
ルースが指示を出すとカイナが槍を持ってオオトカゲに向かっていく。ギジロウが呆気にとられているうちにカイナはオオトカゲに槍を突き立てていた。
「こうやって、オオトカゲの習性を利用して倒すのよ。」
「動きが鈍いなら、最初から攻撃魔法を打ち込めばよかったのではないのか?」
「オオトカゲに限らないのだけど魔獣は魔法の発動に対しての感知能力が高いのよ。オオトカゲを倒せるほどの魔法を発動したらあっという間に気付かれて火だるまよ。」
(そうなのか。魔法はやっぱりよくわからん。魔法の発動って感知できるのか。)
「で、そのオオトカゲの習性というのは何なんだ。」
「ギジロウ殿、オオトカゲは周囲の音や光に反応して警戒心が高まった状態で攻撃を感じとると周囲に居る仲間で一斉に火を吹きます。火を吹いている途中や吹き終わった直後は動きが鈍くなるのでその隙に倒すというのが一般的な仕留め方です。ただ、全員が火を吹くのではなく、周囲の中でも強い個体が火を吹くのですよ。弱い個体はその間に逃げていきます。なので、私が倒した3匹のオオトカゲは強い個体なのです。」
カイナが誇らしげに伝えてくる。
「そうか、それなら先に説明してほしかったな。」
「ごめんなさいね。見せた方が早いと思って。」
「それで、あの亡骸はどうするんだ食べるのか?」
「持って帰れないし、おいしくないからやめましょう。」
そのままオオトカゲの死骸を放置して湖の方へ進む。
湖では期待通り良質な粘土が採取できた。持てる分だけ持ち帰り道を急ぐ。
「ようやくここまで来ましたか。あ、先ほど私が仕留めたオオトカゲの死骸ですね。」
「オオトカゲって本当に利用方法ないのか?」
「炎袋に入っている油とても火が付きやすいで専用の道具があれば冬の暖房代わりになりますが、道具がないですし料理には使いませんので今のところは使い道がないですね。」
「そういうことなら、今回は放置して帰るか。」
「そうしましょう。」
もったいないなと思いながら2匹のオオトカゲの死骸の横を通りすぎ拠点へと進んでいった。
夜、食事をしていると、ルースが拠点の近くで動物の声がすることに気付く。
「静かに!動物の声がする。」
その場にいた全員が息を殺して聞き耳を立てる。ここに居る全員が魔獣ではなくても野生動物と生身で戦うのは危険と理解しており。無難にやり過ごせるよう祈ってたが、一向に動物が離れていく気配がない。
「仕方がない。少し様子を見てくる。」
「頼んだわよ。ギジロウ。」
「何かあったら応戦できるように準備を整えてくれ。」
「わかったわ。」
ギジロウが小さなナイフを片手に洞窟の影から外の様子を覗う。
新月ではないため月明りで動物のシルエットが見える。
傷ついたオオカミが。燻作業用の小屋の周りを歩いていた。
「おなかが減っているのかな。」
そう考えたギジロウはカイナに洞窟内で保管しているウサギの干し肉をカットして持ってきてもらう。
干し肉を片手に徐々に徐々にオオカミに近づいていく。オオカミもこちらに気付いたようで警戒をする。
(ここで背中を見せたら逆に襲ってきそうだ。)
目を合わせながらオオカミまで数メートルの距離に近づき、持っていた干し肉を下からやさしく、オオカミの前に投げる。
オオカミもびっくりしたらしく、落ちた干し肉に警戒を移す。においをかぎ、食べ物だということを認識したオオカミがギジロウを見つめたため、ギジロウもなんとなく頷き返す。すると、オオカミが干し肉を食べ始めた。とても空腹だったのかわずか数十秒で干し肉はなくなる。それを見計らって追加の干し肉をさらにオオカミに渡す。3切れ程干し肉を食べると満足したのか森の方へ帰っていった。
「大丈夫かしら?」
「あぁ、緊張した。」
「ご飯を探していただけの様ですね。」
「どうやらそのようだ。」
「どっと疲れたな。今日はもう寝るか。」
「そうねぇ。お休みギジロウ。」
次の日から毎日オオカミが干し肉ねだりにギジロウと達の元に来た。しかし、4日後には来なくなった。
オオカミが来なくなり少し寂しさを感じながらもギジロウはいつもどおり開拓を進める。
「では、ルース、カイナ、森の中の罠の確認は任せたな。」
「わかったわ。」
ルースとカイナが森に入ってしばらくすると、悲鳴と木が倒れる音が森に響く。
「これはもしかして?」
「えぇ、また魔獣に出会ったようですね。」
ギジロウとルッチは魔獣討伐のために再度森へ向かう。
「ルース、カイナ、大丈夫か?」
「ギジロウ、助かったわ。」
「また、ブラックボアか? 拠点に突進されたら畑やお風呂などの建物も再起不能だ。何とか拠点から離す方向に誘導できないか。」
「そんなことをいっても……来るわ!」
ブラックボアがルース達を目掛けて突進する。直撃するのを避けることはできたが、ブラックボアが過ぎ去った後は幹が倒れてきたり枝が落ちてきたりする。ここに居る全員が上にも注意を払わないといけないため、ブラックボアの突進だけに集中できずにいる。
「とりあえず、俺の方でブラックボアの注意を引き付けるから。ルースは魔法を打ち込む準備をしてくれ。」
「わ、分かったわ。」
そう言って、手ごろな石を拾ってブラックボアに投げつけ、大きな声と身振りでアピールをしてブラックボアの注意を引き付ける。ブラックボアがギジロウに向かって突進し始めたら進路からよける。
「うわ、何とかよけれた。ルース頼むぞ。」
「任せて。」
そう言って藪の中に突進したブラックボアに向かってルースが魔法を放つ。稲妻の様な光がブラックボアに向かって森の中を走りぬけていく。
「なぜか、魔法があまり効いていないようだわ。」
(なぜだ、以前、ルースが攻撃魔法を浴びせたときはかなり効いていたはずだ!)
ギジロウに考える隙を与えないかのように態勢を整えたブラックボアが突進してくる
「ひぇ。」
ギジロウから情けない声が漏れる。間一髪のところでよけることができた。
「ルース、再度頼む!」
「わ、わかったわ。」
ルースが攻撃魔法を放つがやはり魔法の効きはいまいちのようだ。
「こんなのあと何回やればよいのだ」
3回目ともなると集中力が切れかけよけるが大きくよろけてしまう。
「ギジロウ、大丈夫?」
ギジロウは起き上がろうとするが疲れて思うように足が動かせない。疲れた表情をしてブラックボアの方に目をやると既に突進態勢に入っていた。
「ま、まずい!」
横に転がりながらとりあえず、ブラックボアの進路から外れようとするが間に合いそうにない。
(あぁ、終わったわ。)
ギジロウがそう思った瞬間。
わぉぉぉん
森の中から鳴き声が聞こえた後、ブラックボアに飛びつく影が見えた。
「こないだのオオカミ!」
オオカミがブラックボアの首元にくらいつき、ブラックボアが突進態勢を崩しオオカミを振り払おうと大きく首を振る。
「ルース、魔法をやめろ!カイナ、槍でブラックボアの脇腹に槍をさせるか?」
「わかりました。」
「ルッチ、俺にも槍を貸してくれ。」
「了解ですギジロウさん。」
カイナがブラックボアの脇腹に槍を差すとブラックボアの動きがさらに鈍る。その瞬間を狙いギジロウもブラックボアの目を狙って槍を突き刺す。動物を突き刺す少し嫌な感触が手に伝わる。追加でもう片方の目に槍を差そうとするが、激しく首を振るブラックボアの目に当てることはできず、固い頭蓋骨に槍が弾かれてしまう。その間にカイナは胴体に対して槍をもう一突きする。片方の視力を失ったブラックボアはよろよろと、次の突進態勢を整えようとしている。
「だいぶよろけてきた。みんな離れろ。ルース魔法を打ち込め。なるべく近づいて頭に当てるように打ち込めるか?」
「わ、分かったわ。」
ギジロウの合図を察したかのように、オオカミもブラックボアの首元を喰いちぎって離れる。
すぐにルースがブラックボアに向かって魔法を打ち込む。
傷がある分、先ほどより攻撃が効いているようにも見えるがまだ絶命には至っていない。
「とりあえず、全力で仕留めるぞ。」
オオカミにも加勢してもらい、その場にいる全員で、槍を突き刺したり棒で殴ったりしてブラックボアを仕留めた。
「はぁ、はぁ、ようやくやったわね。」
「やりました。」
みんなで歓声を上げる。
オオカミを一緒に喜びの遠吠えを上げていた。
討伐したブラックボアを解体していると、ギジロウがオオカミが燻製小屋の前で座っているのを見つける。
「今回の功労者はお前だな、ありがとう。」
ギジロウは燻製小屋に掛かっていたウサギの干し肉を一匹まるごとオオカミに与えた。
オオカミは嬉しそうにウサギにかぶりつくと、半分程食べて残りは燻製小屋の側において森へ去っていく。
「これは君の分だからまた食べに来なよ!」
翌日、ギジロウが目を覚ますと床にオオカミが寝ていた。
「わっぁぁぁぁ!」
「ど、どうしたの、ギジロウ!」
「大丈夫ですか、ギジロウ殿!」
「ギジロウさん、何がありました?」
声を聞きつけた3人がギジロウの寝床にやってくる。
「いや、オオカミがここで寝ていたので」
「これは……完全にギジロウに飼いならされわね。」
「ギジロウ殿、飼ってあげるしかないですよ。」
「私もそう思います。」
ギジロウはオオカミの方を見る。
「はぁ、少し強めな犬だと思えばよいのか。」
「ギジロウさん、名前はどうするのかしら」
ギジロウはオオカミの方を見て少し考え込む。
(そうだな、君は鋭い歯で俺を助けてくれたからな、ヤイバ、ブレードとかでもよいが、ここはあえて材料の方の名前を付けてみるか。)
「君の名前はハイスだ。よろしくな、ハイス。」
わぉぉぉん
オオカミが元気よく返事した。