第六話
少女のために予約した寿司を取りに行って8分ほどが経過した。
信号が青に変わると、スーレィはそのまま直進し350m程先の目的地、回転寿司屋の駐車場に右折するべくウインカーを出す。
何台か通過していき、安全確認を行うと、右折、しっかり画面に表示される後方の映像を確認しつつ駐車する。少し身だしなみを整え、バッグを背負い、スマホをポケットに入れつつ車から降りる。
東京の外気に触れ、感じ、鼻を通過する空気が新鮮だと感じていると、
「あれ!?あれってもしかちて!」
と、早速六歳くらいの女の子がこちらを指差して騒ぐ。
その指が示す先に自ずと視点を向かわせたその子の両親がスーレィに気がつき、驚愕の眼差しを向ける。
女の子が手を振ってきたので、こちらも手を振り返すと両親は口を半開きにしたまま硬直した。
両親が硬直したままなのを見ながら店内に入ると、店内の待合い席にいた客が思わず「え!?」と声を上げる。
店員は元々注文されていた時点では番号を確認するだけで誰が来るかなどは知るはずもなく、先ほどの少女の両親同様硬直した。
(──皆、尊敬しすぎてるんだよなぁ......)
私は大した人間じゃないのに、と思いながら、スマホでサイトに表示されている自分の受取番号「8」を確認する。
スーレィは年に二度休みを取る。
無論、しっかり休むのもあるのだが、自分が休みの日でもちゃんと仕事をしているかと確認する視察や、他社の店に行きどのようなサービスなどが客にウケていそうかという偵察、そして店内の壁などのわずかな汚れなどを確認し、何故そこに汚れがあるのかなどを部下からの情報などと照らし併せて考え、現場のスタッフの心理状態や今後のフォローを考える情報収集と思考の時間となっている。
この際お忍びのような格好はしないため、バレバレとなっているが、「ちょっとした脅しをかけるためなので......」と、ちょっとした鞭を入れるという思惑、部下だけにやらせず、百聞は一見にしかず法則で自ら見て、自ら考えたいという思惑の二つがある。
まあ、それを受ける側からすれば寧ろ光栄にすらなっているようだが。
ちなみにこの日は情報収集班の社員は全員休みとなるため、その日出勤する社員は一年の中で最も少なくなると言う。
それほどの人員を割くことから、情報は力なり、という数々の偉人、例えばチンギス・ハンなどが大事にした法則をスーレィが如何に大事にしているかが垣間見られる日であろう。
ただ今日に限ってはスーレィは臨時で有給を取って休みなので、情報収集班は今日も出勤している。
誰が言わずとも、全員席を譲ろうとするも、スーレィは手で待ったをかけ、
「皆さんが立つのなら、私も立ちます。その優しさ、できればもっと、私じゃない誰かにあげてみてください」
と言うと、客は皆感心したような顔をし、スマホをいじり始めた。
たぶん、SNSに投稿しているのだろう。
スーレィも後で寿司の写真とともにアップするか、と考えていると、「注文番号8番の方、受付までお越しください」とロボットが言い、スーレィは受付へ歩く。
若い女性店員が緊張した表情でこちらを見て、
「こ、こちらご注文の品となっ.....ておりますが、お間違えないでしょうか?」
と、寿司のパックが入った大きな袋を差し出しながら、若干揺れた声で質問する。
スーレィが袋の中をのぞき込むと、しっかりとたまごやハンバーグ、鮪やサーモン、そして醤油、わさびにフライドポテトが入っており、問題なさそうだ。
スーレィは一瞥し終わると、
「はい、大丈夫です。支払いは......」
と言って、スマホの、「お持ち帰り割引クーポン」とバーコードが表示されている画面を見せながら、
「この割引クーポンを使って、デビットで払うのでいいですか?」
と聞くと、
「は、はい。大丈夫です。お会計、割引価格で2600円となります。」
スーレィはバーコードを店員に読み込ませ、受付のカード読取画面にカードをかざし、支払いを完了させる。
そして袋を受け取り、出口へ向かう。
「ありがとうございました~」
という声と客からの視線を浴びながら、スーレィは店外に出た。
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約8分後、スーレィは自宅に着き、「ただいまー」と言いながら玄関のドアを開け中に入る。
食卓の上に袋を置き、階段を駆け足で上がり、少女のいる部屋のドアを開け、
「ただいま!お昼ご飯にしよっか!お寿司お寿司!」
と言うとがばっ、と少女は起き上がりこちらを見る。
スーレィは少女に歩み寄り、
「大丈夫?立てる?」
と言うと首を少し横に振る。
スーレィは
「そっかー。──ちょっと、横になってもらっていい?」
と言うと素直に横になったので、スーレィは少女をお姫様抱っこのように抱き上げる。
「ッ!?」
「ふふ、ちょっとびっくりした?」
スーレィはそう言うと、少女に顔を近づけ、まじまじと見つめる。
少女は顔と身体を強張らせ、スーレィに少し恐怖しているような眼を向ける。
「うーん、やっぱり可愛いなぁ......歩くよ、気をつけてね」
と顔を前に向け言い、スーレィは少女を抱き上げたまま一歩、一歩とゆっくりと歩み始めた。