第二話:朝から晴れ
「ん......」
スーレィはふと目を覚ますと、カーテンの隙間から日差しが見えることに気がついた。
身体は暖かく、布団が心地よさを出している。
ふとベッド近くのテーブルに視線を向けると、その上にあるデジタル時計は午前7:57を示していた。
「......いつもならとっくに出勤してるなあ......」
未だにぼうっとする頭で、そう考える。
そして左を見ると、少女が静かに寝息を立てていた。
無防備に眠る少女。よほど布団が心地よいのだろう。
スーレィは(......起こすのがもったいない……)と思いつつも、肩をトントン、と優しくたたく。
数回繰り返したが起きないので、頬を人差し指でツンツンとつつく。すると、「んぁ......」と間抜けそうな声を出して、うっすらと目を開けた。
その可愛さに一瞬固まるも、すぐに平静を取り戻し、「おはよう」と声をかける。
少女が口を開ける。どうやら返事をしようとしているようだが、「.....ぉ......ぁ......」と途切れ途切れになっていて、上手く声も出せないようだ。少し泣きそうにすらなっている。
スーレィはそんな少女の様子を見て、
「喉が痛いの?あ、頷くか首を横に振るかでいいよ。」
と尋ねると、少女は小さくこくこくと上目遣いで頷いた。
一度、少女の顔をじっと見る。
昨日あったクマはだいぶ良くなり、傷も少し回復しているように見える。
ただ、うっすらと開けている眼は弱々しく、自分に怯えているようにも見えた。
半ば死んでいるようにも見える。
そして耳。元々少し横に垂れるような位置なのかもしれないが、それにしては弱々しく垂れすぎている。
耳が感情を示すのかは定かではないが、まるで枯れ草のように垂れていることから、恐らく少女の心情か体調、いずれかが悪いことを示しているのだろう。
そうスーレィは考えていると、黙って見つめてくるスーレィを不思議に思った少女は小首を傾げる。その時、少しギュルル、といった音が少女の腹から聞こえたような気がした。
今度はスーレィが不思議そうに小首を傾げると、少女が少し恥ずかしそうにうつむく。その様子を見てスーレィは、
「ふふ、お腹すいたの?朝ご飯作ってあげるね。」
とスーレィは少女に微笑しながらそう言い、布団から出て部屋を出ていった。
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部屋から出た後、スーレィは階段を下り、台所へ向かう。
スーレィは台所に着くと、まず炊飯器の隣に置かれている電気ケトルのスイッチを入れ60℃に設定し、次に食器棚から白いマグカップを取り出し、続いてレトルト食品や食パンなどが置かれているスペースから、「生姜スープ 粉末」と書かれた箱と食パン(耳なしの柔らかいもの)を袋から取り出す。
そして箱から袋を一つ取り出し、袋を開けマグカップに粉を入れる。
お湯が沸くまで暇なので、ポケットからスマホを取り出しSNSを確認していると、昨日の投稿に安堵の声や何があったのか疑問に思う声、ドッキリという考察、その他様々な憶測が飛び交っており、著名人も混ざり広く話題となっている。
これは一度相談するべきかな、と考えながら見ていると、カチッ、と言う音が電気ケトルから聞こえたので、スーレィはスマホをポケットにしまい、電気ケトルを取り、マグカップに注ぐ。
マグカップからは湯気とともに生姜の香ばしい匂いが漂い、食欲をそそる。
そして食器棚から小さいスプーンを取り出すと、冷蔵庫から例の飲料を取り出し、スーレィはマグカップの持ち手をしっかり握り、食パン、飲料も持って寝室に向かう。
階段を一段一段慎重に上がり、寝室のドアをそっと開けると、少女がゆっくり寝返り、こちらを向く。
昨日は起きあがるだけでも痛そうにしていたが、だいぶ回復したようだ。
ただ依然として耳はだらんと垂れている。体は昨日洗い流したから衛生的なはずだ。となると、身体の状態を示すのでないのならば、心理状態を示すのだろうか。
心理状態はよくしておきたい。しかしよかれと思って下手なことを言うと尚更傷つく可能性もある。
そう考えると、少女が今喋れない状況を利用して、できる限り心理状態を把握するために、観察しておいた方がよいだろう。
傷を深くすることよりは非道ではない......それに近くにいた方が観察しやすく、信頼感が出るかもしれない......とスーレィは半ば言い訳するように考えながら、少女に近づく。
少女は匂いに敏感なようで、生姜スープが入っているマグカップを少し興味があるように見ている。
ベッド近くの椅子に座り机の上に食パンとマグカップを置くと、少女がまたもや腹を鳴らす。
「おいで」
とスーレィが言うと、少しずつ傍まで近寄ってきて、上半身だけ起き上がってきた。
布団をギュッと強くつかみ、なにやら警戒してそうな雰囲気。ただ食欲には勝ることができないのが動物である。
スーレィがスプーンで生姜スープをすくい、ふー、ふー、とよく息を吹きかけ冷まし、、「あーん」と少女の口の前に持ってくると、少女は決心したのか眼を固く閉じて少女がスプーンをくわえる。
「!!!」
少女が目を見開く。
「おいしい?」とすかさず聞くと、少女は素早くこくこく、と頷いた。
そしてまた生姜スープをスプーンですくい、少女に「あーん」とする。さっきと段違いの速度でスプーンをくわえ、先程の警戒心はいずこへ。おいしくてたまらないといった、実に嬉しそうな表情をした。
もっと欲しい、といった表情をしたので、スーレィは次に食パンを一口サイズにちぎり、生姜スープに浸す。
そして食パンを興味津々そうに見る少女に「あーん」とし、食パンを与える。
しばらく咀嚼した後、これまたたまらないといった太陽顔負けの明るい表情を見せる。
耳も弱々しく垂れていたのが、少しマシになったようにも見える。
やっぱり食は人を笑顔にするな、と思いながら、スーレィはまた少女に「あーん」をするのだった。
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約十分後。
途中例の飲料も飲みつつ、スープと食パンを食べ終え、すっかりご満悦の様子の少女。口をティッシュで拭きながら、
「よろこんでくれてよかった。歯とかは大丈夫?」
と聞くと、表情晴れ模様でこくこくと頷く。
「そっか。じゃあ、今日の昼と夜ご飯、もっとおいしいの作ってあげるね」
と言うと、少女の目がぱあっと輝いたようにも見えた。
「お皿戻してくるね」と言いつつ部屋を出て、台所へ向かうべく階段を下りる。
丁度降りきった瞬間、スマホが振動し始める。どうやら着信のようだ。
スーレィは近くの机に皿を置き、その発信元を見て、「ちょうどいい、相談させてもらおうっと」と呟きながら、電話に出る。
「もしも───」
「スーーーレーーーィ!!!大丈夫!?怪我とかしてない!?ごめん昨日会談があって連絡できなかったの!!!......あれ、スーレィ、もしもし?」
「リアお姉ちゃん......私は大丈夫だから......それと、相談が──」
「え、なになに!?何でも聞くよ!!可愛い妹のために、ね!!」
「......切っていい?」
「ご、ごめんっ」
リア、と呼ばれるこの女性。実は日本の総理大臣である。
若年26歳にして総理。女性の社会進出と流行りの政治若年進出というダブルウェーブに乗った彼女は、政策も成功し人気は莫大である。
経済のボス、スーレィと絡んでいるからこそ、政治も上手く成功している。一姉妹が世界を牛耳ることに不満を覚える声もあるが、上手くいっているのでなんとなく社会は受け入れている。
「......で、相談って何?昨日の事絡み?」
「......うん、実は───」
これまでのいきさつを説明する。
山でホモ・サピエンスとは思えぬ猫のような耳を持つ少女を発見したこと。
その少女の容態。
この二つを説明する。
「猫のような耳を持つ女の子、かぁ......」
「うん......だから、下手に発表しちゃうと、色々なところやその子にも迷惑かなって。」
「だよねぇ......ていうか、その子どこから......あ、聞けないんだった。まあ、とりあえず、」
「うん。」
「スーレィは他言しないで。あとで明石さんにも言っておいてね。」
「あ、もう言ってあるよ。」
「そっか。それと、その子をしっかりケアしてて。喋れるようになったら私に言って。質問は私が考えとくから。」
「分かった。とりあえず、今は看病に注力するよ。」
「うん。じゃあ、切るね。じゃーねー!」
「うん!!」
そして、電話は終了した。