勇者パーティー崩壊
「は?」
遊び人の放った一言は勇者を困惑させるには十分な衝撃だった。
「考えても見ろ勇者。人間はそんなに強くない、戦士はフライパンを折り曲げるのが精々で、賢者は数学が得意な程度の頭でっかち。俺に関して言えばパチンカスだぞ?」
「みんな、僕にとっては掛け替えのない仲間なんだけど…?」
「優しい…優しくない?」
勇者はダダ甘だった。否定的なモノの言い方をすれば目が曇っているとも言える。
「俺は…正直無理だと思う」
恐る恐るといった雰囲気で勇者に意見したのは戦士だった。
「俺、正直無辜の民の為に頑張るとか世界を救うためとか言われてもピンと来ねぇよ。何が楽しいんだそれ?」
「みんなの笑顔を見ると勇気が湧いてこないか?」
「いや、全然……」
戦士は冷めた男だった。ぶっちゃけ他人の評価とかまるで気にしないタイプとも言える。
「私はさぁ、正直チヤホヤされたかっただけなんだよね」
テーブルに置かれた乾き物のツマミを口にしながら賢者は言葉を紡ぐ。
「勇者パーティーに入ってましたっていったらまあ、故郷だと英雄扱いだよね。他人ならスゴイやつだとか言われたら気分いいよねぇ……。それなのに勇者パーティー入ったらおもったより過酷だったんだよね。わかる? この気持ち」
勇者は訝しんだ。そもそも世界を救うために旅する勇者パーティーが過酷でないわけがないんじゃないか?
「そろそろ潮時かなぁ…ってさ。わかる。もう十分なのよ。十分私働いたと思うんよ。勇者パーティーに在籍してましたっていう経験を活かして良いところに就職できると思うんだよね」
賢者は自己承認欲求が高かった。ついでに自己中だった。
「勇者はもう勝手に世界でも救ったらいいんじゃないかなぁ」
遊び人がまるで他人事のようにそう呟く。
この世界、君の生きてる世界なんだけど。なんでそんなに投げやりなの?
「どうやら、みんな本気みたいなんだね……」
「「「一番本気なのは勇者なんだけど」」」
むしろ俺ら人生舐めてるから。
勇者みたいに本気で他人と向き合うのって息苦しいよ。
私はなぁ!働かずに飯を食いたいんだよぉ!!
上から遊び人、戦士、賢者の発言である。
勇者は至るところに吐瀉物が撒き散らされた酒場の床に両手を付き、深々と頭を下げる。
「お願いします!! 僕を見捨てないでくださいっ!!」
それは正しく土下座であった。
清々しいくらいに土下座だった。
「無理無理無理無理っ!! もう付き合いきれねぇんだって!! 払うから!! いくらでも払うから!! 頼むから縁切らせてくれよぉ!!」
「…俺もう、世界とか救いたくないんだよね。勇者、人間はね心が簡単に折れる生き物なんだよ? 君みたいな形状記憶合金みたいなメンタルしてないの」
「あのさぁ、他人のために身を粉にすることのどこに幸せがあるのさ? 私はね、君みたいに利他主義じゃないの。やめてくんない? 私は私の幸せを掴みたいんだけど。勇者、私の足を引っ張ってるってわかんないかなぁ?」
「でももうちょっとじゃん!! もうちょっとで七体目の魔王倒せるじゃん!!」
「「「六体も付きやってやっただろうがッ!!!!」」」
勇者パーティー、都合七度目の世界救済の出来事であった。
「な、なぁ、頼むよ遊び人!! 金だけ。お金だけ出してくれるだけでいいから!!」
「俺忘れてねぇからなぁ!! 俺がパーティーの資金源ってことで何回美人局られたか!!」
遊び人は優秀なゴト師だった。
口癖は「俺博打はしない主義だから」でカジノを渡り歩き、あらゆる手練手管でカジノから荒稼ぎした。
今ある装備やアイテムの大半は遊び人がカジノの景品として奪い取ったものばかりである。
それ故に、守るべき人間にも要注意人物扱いされ魔王達からも搦め手で倒すしかない存在として真っ先に命を狙われる存在だった。
「人間って糞だよ。どうして勇者はうんこのために戦おうとするの?」
戦士はだいぶ精神的に参ってた。度重なる旅路で人間の酸いも甘いも見続けた彼は立派な人間不信になっていた。
「やっぱり自然はいいよね。厳しいけど俺たちを裏切ったりしないし……むしろクールっていうのかな? 俺好きだよ、未開の地を開拓するの。もっとさ、世界を冒険してエンジョイしない?」
もともと冒険者気質であったが、最近は輪にかけて未踏の地や未開の大地に対する憧れが強まってきた。
同時に人間とか知的生命体に対する嫌悪感が強くなっていた。幸か不幸か、そのせいで妙に対人戦闘経験が蓄えられ、下手すれば人を殺しかねないので主武器がフライパンになった。
「私はなぁ! みんなにチヤホヤされて、何もせずに崇められて、ぬくぬく楽に生きたいんだよぉ!! それがなにより賢い生き方だるるぉ!!!!」
賢者は賢者だった。
◇◆◇◆◇
それから数年の月日が流れた。
「たすけてください」
そこには土下座して慈悲を乞う賢者の姿があった。
「えぇ……」
都合813体目の魔王を倒し、異世界から元の世界に戻った瞬間だった
「何があったの?」
「聞いてください! 私働かされそうなんです!!」
「働きなよ」
「かーっ! これだから世界を救った勇者様は!! あなたもっとできない人の心に寄り添うべきですよ!!」
「君もだいぶできる方だよね? そうじゃなきゃ勇者パーティーに選ばないよ?」
賢者は数学ができた。なのでこの世のだいたいのことが出来た。建築も出来れば兵器開発もできるし、音楽も物理学も科学もなんでも出来た。ガチの賢者なのである。
「最近は、なんだっけ……ろけっと? って言うの作ってるんでしょ」
「そうなのよ! 戦士のやつ『世界は大体見て回ったから今度は世界の外を冒険したい』っていうのよ!」
「作ったら宜しいのでは?」
「ヤダ! めんどい!!」
それで勇者に泣きついてくるってどうなの?
「へへっ、昔パーティー組んでた仲じゃないのよ…」
「パーティー辞めたいって言ったの君らなんだけど……」
もう遅い…遅くない?
「うるさい! 食っちゃ寝生活を理想とする私に恥なんてあるわけないじゃない!!」
「無敵の人かな?」
「大体なんなのよ! 核爆弾作ったんだからそれを最大限活用できる弾道弾システムぐらい思いつきなさいよ!! アレさえあればロケット開発なんて楽勝よ!!」
そんなの思いつけるの賢者だけだと思います。
「私も異世界に行こうかなぁ。知識無双で逆ハーレムのウハウハよ!」
「今も割とそうじゃない?」
「近くにいるのが宇宙兄弟とパチンカスなんだけど…」
「よかったね、モテモテだね」
まあ、異世界に行ったら行ったで酷使させられるのでは? いや止そう。僕の勝手な想像で賢者を混乱させるべきじゃない。
「今からでもパーティー組む?」
「いや、止めておこう。数千キロ離れた魔王に次元断絶でダメージを与えることできないでしょ?」
「ちょっとなにいってるかわからないですね」
理解らないか、この領域の話は…。
最近の魔王は貧弱だ。だいたいワンパンで終わる。
やっぱり邪神をメインに討伐したほうがいいのかもしれない。
最近は蟻の巣に如雨露で水をぶっかける感覚で殺れる。
「遊び人にはいったの?」
「あいつ私を働かせる側なんですけど……なんか知らないけど今国王よあいつ」
「ふぅーん、そう」
まあ、遊び人なら国王ぐらいは余裕だろう。遊び人だし。
閑話休題。そんなことを思うと不意に地面が輝き出す。
「あっ、次の召喚だ」
「今よ! 乗り込むわっ!!」
勇者に抱きつくように自ら召喚陣を踏む賢者、そのバストは平坦だった。
「あっ、ちょ…来るな!!」
「もうこんな世界捨ててやるわ! ビバ異世界転移!! 新たな世界でモテモテイケメンハーレムよ!!」
数秒後、そこには世界を救って元の世界に帰還した2人の姿があった。