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魂売りのレオ  作者: 休止中
第一話
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貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす 四

 真夜中、ぼくらはヴルペクラの部屋を訪れた。


「よく警備に見つからずお入りになれましたね」


 ヴルペクラはそう言って驚いた。

 なにせ魔術師たちの警備をすり抜けるのは簡単じゃない。

 レオはその警備体制を”ザル”と呼んだが、じゃあ果たしてレオが真夜中の警備を魔法で抜けられるかというと、それは不可能だ。


 魔法を使えばかならず魔力が発生する。

 昼ならともかく、ひとが寝静まった真夜中に使えば明らかに不自然で、プロなら間違いなく気づいてしまう。

 あらかじめ外で顔を覚えられない魔法を使っておくという手もあるが、これもひとが通行する昼間だからこそ効果が高いわけで、真夜中では無意味に近い。


 そこでレオが使ったのは呪術だ。

 人間や自然のエネルギーを魔力に変換する魔法と違い、呪術は生き物の念を利用する。

 感情によって生まれたパワーを抽出して呪いをかけたり、ひとの感情そのものを増幅させたりするもので、今回レオは睡眠欲を利用する呪いをかけた。


 昼間下見をしたときに、ヴルペクラの部屋の扉に魔除けのしるしをしておき、同時に邸の四隅に”キズ”をつけておいた。

 こうすれば大量の人間を容易に呪い、かつヴルペクラのみ呪いから守ることができるという。


 レオは邸の前で異国の言葉からなる呪文を唱えた。

 すると邸の住人は”夜は寝たい”という感情を増幅され、眠り込んでしまった。


 どれほど優秀な魔術師でも、深い眠りの中では魔力に反応できない。

 それでぼくらは堂々と敷地に入り、警備小屋から鍵を盗んで侵入した。

 そしていま、ヴルペクラと話していた。


「まずは金だ」


 レオがそう言うと、ヴルペクラはクローゼットを開き、重たそうなかばんを取り出した。

 彼女の細腕では持つのがやっとで、レオの前まで持ってくると、どしゃりと大きな音を立てて捨てるように置いた。


「アーサー、中身を」


 ぼくはレオに言われ、かばんを開いた。


「うわぁ」


 中には数えきれないほどの金貨がぎっしり詰まっていた。

 レオといっしょにいなければ生涯見ることのなかったであろう莫大な金。

 これを半日でこっそり用意できるんだから貴族ってすごい。


 ——もっとも、ぼくが漏らした声は感嘆じゃなくて悲鳴だ。

 だって、ぼくの仕事はレオの受け取る代金を数えることなんだ。


「これ、数える……?」


「まあ、信用しておこう」


 そうしてくれると助かるなぁ。これほどの量となるとたぶん時間がかかりすぎる。

 それを踏まえての”信用”だろう。

 だって数時間後には朝が来て呪いが解けてしまう。こんなことで時間を食っていられない。


 レオは窓を開け、外に待機していたであろうアルテルフを呼び込んだ。

 その脚には銀のかごがつかまれている。

 レオはそれを受け取り、かわりにかばんを持たせた。


「軽くなる魔法をかけてある。間違って風に飛ばされないよう気をつけろよ」


 アルテルフはぴょおと鳴き、闇夜を矢のように飛んで行った。

 ホント、魔法は便利だなぁ。本来なら重くて浮き上がることもできないだろうに。


「さあ、これで魂はおまえのものだ。と言ってもおまえには見えないから信用できないか?」


 レオはヴルペクラにかごを渡した。

 ヴルペクラはそれをじっと覗き込み、


「信じましょう。ここまでしてくださる方がひとをだますとは思えません」


 と、あっさり言ってのけた。

 ぼくは耳を(うたが)ったよ。本気で言ってるのそれ? 君はそうやって男を信じた結果、こんなことになっちゃったんだろう?

 それなのに今日会ったばかりの赤の他人を信用して、見た感じ(から)っぽのかごに莫大なお金を払って、学習しないんだろうか。

 もう少し疑った方がいいと思うけどなぁ。


「それでは早速悪魔をお呼びしましょう」


 そう言ってヴルペクラはぼくらを空き部屋に案内した。元々使用人が使っていた部屋で、現在は物置として使われているらしい。板だけのベッドや無駄にでかいクローゼットなど様々な家具が壁沿いに置かれ、床には壊れた椅子の脚や折れた傘などのガラクタが転がっていた。


 ヴルペクラはクローゼットを開き、中から儀式の道具を取り出し、並べはじめた。

 部屋の中央に魔法陣の描かれた大きな紙を敷き、その周りにろうそくを立て、銀の食器を置く。

 ろうそくに火をつけるといかにもな雰囲気ができあがり、知識のないぼくにはさも悪魔を呼び出せそうな禍々(まがまが)しさが感じられた。


 ヴルペクラは言った。


「では儀式をはじめようと思いますが、たしかあなた方は隠れて儀式を見守ってくださるのですよね?」


 レオは不敵な笑みを浮かべ、じっとヴルペクラの瞳を覗き込み、妙に響く声で言った。


「ああ。だがおまえはそれを知らない。おまえはひとりで若い女を殺し、ひとりでこの魂を用意した。ここにはおまえしかいない。そうだろう?」


 するとヴルペクラはぼうっとして、


「……そうでした。わたくしはひとりで若い女を殺し、ひとりでこの魂を用意しました。ここにはわたくししかおりません」


 と、うつろな目で言った。明らかに正気じゃない。

 ぼくはレオに、


「呪術?」


 と訊いた。


「そうだ」


 レオはフフと笑い、言った。


「本来、愛した男を呪い殺すなどというおぞましい姿は見られたくないはずだ。だからその欲求を現実のものとして信じさせてやった」


「なんでそんなことを?」


「これほどのアホのことだ。我々が隠れて覗き見していると、きっとこちらに視線を向けたり、言葉に漏らしたりするだろう。それでは隠れられない。だから忘れてもらったのさ。さあ、わかったら隠れるぞ。いつまでも視界にいると呪いが解けてしまうからな。音は気にしなくていい。聞かれない魔法をかけた」


 ぼくらは急いでクローゼットに隠れ、戸の隙間から部屋の様子をうかがった。

 ちょうどヴルペクラと魔法陣が横に並んで見える絶好の位置だった。


 やがてヴルペクラは意識を取り戻したようで、手に持っている銀のかごを再び覗き込んだ。

 すると、


「ふふ……ふふふ……あははは」


 笑った。

 静かに、ぞくぞくするような気持ちの悪い声でほくそ笑んだ。

 その顔は徐々に(ゆが)んでいき、ぐにゃりと湿った音のしそうな得体の知れない笑顔になった。


「殺せる……これであの土民を呪い殺せる……あははは! あははははは!」


「うわぁ……」


 ぼくは思わず声を漏らした。

 これが人間の顔なのか。まるでバケモノじゃないか。

 目はギラギラに見開き、口は裂けそうなほど開いている。もしこれと夜道で出会ったら、ぼくは正気(しょうき)でいられる自信がない。

 貴族は見てくれを気にするから、ぼくらの前では猫かぶってたんだろう。

 顔だけでなく、言葉も大きく歪んでいた。


「おまえが悪いんだ! わたしをだましたおまえが! 殺してやる! 絶対に殺してやる! 苦しめ! 苦しめ! 苦しんで死ね! 悪魔の呪いで最悪の苦痛を味あわせて殺してやる! 手足をもいでもらおうか! 体中をずたずたにしてもらおうか! それともわたしをだまして(たね)(そそ)いだ、あのあさましいいちもつをねじり切ってもらおうか! あははは! あははは!」


 ……壊れてる。

 これが本当の彼女なのか。

 それとも苦しみにもがくうちに、こうなってしまったのか。


 いったいどれだけ苦しめば、ひとはこうなってしまうのだろう。

 そう思うとぼくは悲しくなって、胸がズキズキ痛くなった。


「アーサー……」


 レオが急に心配そうな声を出した。


「なんだい、レオ?」


「なぜ泣いている」


「えっ?」


 そう言われ、ぼくは自分が涙をこぼしていることに気づいた。


「あっ……」


「どうした。なぜおまえが泣く。あの女は他人じゃないか」


「そう……そうだけど、悲しいじゃないか」


「ほう?」


「だって、ヴルペクラはただ好きになったひとをひたすら愛しただけなんだろう? ただ愛したひとといっしょになりたいって願っただけなんだろう? それなのに、あんなふうになってしまうなんて……悲しいじゃないか」


 そう言った途端、ぼくは自分でもわかるくらいぼろぼろ涙を流した。

 口に出した途端、感情が込み上げて抑えきれなくなっていた。


「だがアーサー、自業自得だ。貴族の身で、しかも許嫁(いいなづけ)があるというのに、その立場のまま農夫と関係を持ったあの女が悪い。子供ができれば思い通りになるなどと勝手に決めつけ、欲望に身を任せた結果があれだ」


「そんなのわかってるよ!」


「……」


「その通りさ。彼女にも非があることくらいわかってる。たしかに男も悪いけど、ろくに考えもしなかった彼女も大間違いだってことくらいぼくにもわかる。わかってる。だけど……それでも彼女はただひとを愛しただけじゃないか!」


「……」


「それなのにあんな顔になって、あんな言葉を口にして、最後には死んじゃうなんて……そんなのってないよ!」


「アーサー……」


 レオは嗚咽(おえつ)混じりに震えるぼくの体をぎゅっと抱きしめた。ぼくはその胸にしがみつき、


「助けたい! どうにかして、あのひとを救ってあげたい!」


「それは無理だ……」


「どうして!?」


「もう死相が出ている。助かりようがない。そもそも我々と出会ったときから死相が出ていたじゃないか」


「……」


 ぼくは言葉に詰まった。

 そう、死相が出てしまえばもう、どうあっても助からない。

 そんなことはわかっているはずだった。


「まったく、おまえは……」


 狭いクローゼットの中、レオはぼくの両肩をつかみ、言った。


「いいだろう。無理だとは思うが、なんとか救う努力をしてみよう」


「本当?」


「本来ならあんな女、死のうがどうなろうが構わんのだが、おまえが悲しむのであればわたしもこころ(ぐる)しい。金なら十分むしり取ったしな。ただし無理だぞ。いままでいちどだって死相の出た人間を救えた試しはないんだ。できたら幸運程度に思え」


 レオはやさしく、そしてきびしい声で言った。

 なにも見えない暗闇の中、レオの鋭い眼差しがぼくの目をまっすぐ見つめているのがわかった。

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