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魂売りのレオ  作者: 休止中
第九話
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アーサーのお留守番 二

 わたしはレオ・マイナー、十七歳。この世で最も美しい美女だ。

 しかもただ美しいだけではない。

 だれも敵うことのない巨大な魔力を持ち、また知性にもあふれ、すべてにおいて完璧だ。


 そんなわたしは世間が”魔の森”と呼ぶわたしの森に住み、魂の販売やそれにたずさわる業務を主とする個人魔術師をやっている。


 もちろん(みやこ)に行けばだれよりも稼げるだろうし、だれもが尊敬、いや、敬愛するだろう。

 だが魔術師というのはメンドウごとが多い。

 だからわたしはいろいろなことを気にせずに済むこの森でひっそりと暮らし続けている。


 なに、不満はない。

 趣味の演劇が見たくなれば街に行けばいいし、愛するパートナーがいるから退屈などない。


 夫の名はアーサー・マイナー。

 とてもかわいい男だ。


 わたしは男など興味ないが、こいつだけはどうしても好きになってしまった。

 理由は定かではない。

 だがひとを好きになるのに理由など必要ない。

 目を見ればこころが求め合っているとわかるものだ。


 まあ、しいて言うなら、かわいくていじめがいがあるからか?

 なにせ男のくせにいじめられてよろこぶヤツだからな。

 口ではいやと言うくせに、その実抵抗などせず下半身をおっ立たせて、結局はわたしの思い通りになってしまう。

 まったく、無様で、本当にかわいいヤツだ。


 わたしは今日、そんなアーサーにいたずらを仕掛けるためにアクア様と川に来ていた。


「あら、いいソファじゃない。こんなの外に持って来ていいの?」


 とアクア様がおっしゃったソファは残念ながら安物だ。

 旅好きのアクア様はひどい環境を山ほど見てらっしゃるから、下賤(げせん)が座るようなこの程度のものでもよろこんでしまう。


「いいのです。大切なアクア様をもてなすためならこの程度安いものです」


 そう、安物だ。

 こんなものいくら汚れても構わん。


 ソファは昨日のうちに河原に置いておいた。

 河原は無数の拳大の石でできており、ほかにも安物テーブルや安物絨毯(じゅうたん)、そして高級茶葉から作られた紅茶のセットと、やや大きめの鏡を用意してある。


「あら、あなたはウィスキーじゃないの?」


 とアクア様はふたつのティーカップを見て言った。


「あ、よろしいですか?」


「別に気を使わなくていいわよ。たのしいいたずらだもの。それにわたしたち、いま女子だけで街遊びしてることになってるのよ。師弟の垣根なんか取っ払いましょう」


「は、お気遣いありがとうございます。それでは……」


 と、わたしはあらかじめ清流で冷やしておいたウィスキーのビンを取り、栓を抜いて直接ラッパ飲みした。


「あら、ちょっとお下品じゃない? 男じゃないんだから、ちゃんとグラスに注いだら?」


「いえいえ、昨今はジェンダーフリーが叫ばれる世の中です。むしろこれこそ正しいマナーというヤツでしょう」


「まあ、詭弁ばっかり。あなたいつもそうね。師として恥ずかしいわ」


「おや、師弟の垣根を持ち出しますか?」


「ま! ウフフフ!」


「あははは!」


 そんなくだらないことを話しながらアクア様はソファに座り、テーブルの上の鏡を立てた。

 縦より横がやや長く、ソファに並んだ我々ふたりの顔がぴったり収まる大きさだ。


「じゃ、映すわよ」


 そう言ってアクア様は鏡に魔法をかけた。

 するとわたしの館のさまざまな部屋が鏡に映し出された。


「さすがアクア様、鏡写しの術などそう使えるものではありません」


「別にそんな大げさなものじゃないわよ」


 とアクア様はご謙遜なされたが、はっきり言ってすさまじいわざだ。


 ふつう鏡は目の前のものを映すが、なんとこの魔法を使えば別の鏡の反射を映すことができる。

 そのためには魔力の量もさることながら、かなり繊細な技術がいる。

 しかもアクア様はそれを複数の鏡で行う。

 いくらわたしが最強だとはいえ、このような小難しいわざは一面とてできない。

 だがまあ、強者は小わざなど使わんものだ。

 アリを踏み潰すのに特別な技術は必要ない。


「うん、ちゃんと六枚繋がってるわ」


 とアクア様は六分割された鏡面を見て言った。

 実は昨夜のうちにアクア様は館に忍び込み、発信の魔法を鏡に仕込んでいる。


 ひとつはわたしとアーサーの寝室。


 ひとつは玄関からロビーを映す一枚。


 ひとつはキッチン。


 ひとつは応接間。


 ひとつは浴場。


 ひとつは洗面台。


 これら六枚の反射が、目の前の鏡にそれぞれ映っている。

 するといまアーサーが、ロビーでなにやら右に行ったり左に行ったりしているのが左右反対に見えた。


「いたわ。なにしてるのかしら?」


「きっとなにをしようか考えているのでしょう」


「あら、アーサー君がなに考えてるのかわかるの?」


「ええ、わかりますとも。あいつのことはすべてわかります。いまアーサーはわたしがいなくて手持ち無沙汰になり、本を読もうか運動しようか、あるいは寝てしまおうかと思ってうろうろしているのでしょう」


「まあ。じゃ、ちょうどいいわね」


「はい、これ以上ないほどに」


 そう言ってわたしは上着のポケットから小さなブローチをふたつ取り出した。

 そして、


「アルテルフ、いるか?」


 と言った。すると、


「ぴょおー」


 と空中から鷹の鳴き声が聞こえ、間もなく地上に舞い降りた。


 そして少女の姿にへんげした。


「はーい、お待たせしましたー」


「アルテルフ、これを持て」


 わたしはアルテルフにブローチをひとつ持たせた。


「およ、これは……盗聴ですね」


 とアルテルフが言った。それと同時に机の上に置いたもうひとつが、


 ——およ、これは……盗聴ですね。


 と重ねて鳴った。

 このふたつのブローチには音を繋げる魔法がかかっている。

 アルテルフに持たせた方が発信で、テーブルの方が受信だ。


 さすがはアルテルフ。どうやらいたずらのにおいをかいだらしい。

 こいつはニヤリと笑って、


「で、あたしになにしてほしいんですか?」


 と、ふだんより低い声で言った。


「まあ、これを見てみろ」


 わたしは鏡を示した。すると、


「わっ、なにこれ! あたしんちが映ってるー!」


 バカ、おまえの家じゃない。わたしの館だ。


「なにこの魔法ー! あたしはじめて見たー! これアクアリウス様がやったんですかー!?」


「そうだ。そしておまえはこれからそのブローチを隠し持ち、アーサーのところへ行くんだ」


「アーサー様のところですか? あ、なるほど。そうするとアーサー様の動きと声がぜんぶここから見えることになりますね」


 アルテルフはしばし鏡を見つめたあと、えへへと笑って振り返り、


「わかった。アーサー様にいやらしいことするんでしょ〜。おふたりはそれを観察するってわけですねー」


「そういうことだ」


 まったく、こいつは本当にいたずらに関しては天才だな。

 まだなんの説明もしていないのにもうわかってしまった。

 使い魔はあるじに似るというが、四匹の中で最もわたしの性格が濃く出ているのがこいつだろう。


「でもなんでわざわざ遠くで見るんですか? てゆーかおふたりは街にお出かけになるはずでしたよね? 嘘ついてこんなところで観察して、なにがしたいんですか?」


「まあ、ちょっとした実験だ」


 わたしはソファの脇にひそませておいたグラスを取り、ウィスキーを注ぎながら言った。


「アーサーが約束を守れるかどうか見てみようと思ってな」


「へえー、約束」


「わたしは館を出るときに、あいつにお漏らししないよう言った」


「お漏らし?」


「夜にわたしと愛し合うから、それまでに決して無駄撃ちせず、すべてわたしに捧げるよう約束させたんだ」


「あー、なるほど。でも……別にしないんじゃないですか、お漏らし」


「いや、あいつはする。なにせ三日も我慢させてるんだ」


 と、わたしが言うと、


「ウフフ、レオったらアーサー君に禁欲させるために風邪引いたふりしてたのよ」


 とアクア様がおっしゃった。


 そう、わたしはここ数日風邪の演技をしていた。

 アーサーはやさしいから、わたしの体を気遣って決して手を出してこなかった。

 このわたしにだ。

 まったく、この美貌を前に我慢できるとは大したヤツだ。

 苦しかっただろうに。

 それが罠とも知らずになぁ。ククククク……


「いいか、あいつはいまたっぷり溜まっている。たとえるならコップなみなみに注がれた水だ。刺激しなければ夜まで待てるだろうが、ほんの少しちょこんと指でつつけばそれだけであふれてしまうだろう」


 わたしはウィスキーをひとくち飲み、言った。


「だからつついてやれ。そしてあいつから搾り取ってやれ」


「なるほど〜、そーゆう実験ですね」


 アルテルフは少女がしないような悪どい笑みを浮かべ、自信満々に言った。


「わかりました! あたしがしっかりお漏らしさせてみせます!」


「ああ、でも直接はするなよ」


「どゆこと?」


「あくまであいつが約束を守れるかの実験だ。動けなくして無理やり搾ればお漏らしして当然だろう。だから誘うだけだ。アーサーが自由に行動でき、かつ自分の意思で決定できる状態でなければ意味がない。わかるな?」


「あー、そーゆーことですね。大丈夫、動けても動けなくてもおんなじですよ。アーサー様はチョロいですから」


 チョロい?


「クスクス。だってアーサー様っていじめられるのが好きな変態マゾだしー、騎士道って言えばなんでも言うこと聞いちゃうクソザコですもん」


 こ、こいつ……あるじの夫をなんだと思ってる。……その通りだが。


「ま、あたしに任せてください。簡単にピュッピュさせちゃいますからー。じゃ、行って来まーす!」


 そう言ってアルテルフは鷹の姿に戻り、送信用のブローチを持って空高く飛んで行った。

 それと同時にテーブルの上のブローチが風を切る音を鳴らした。


「さ、はじまるわね」


 アクア様は紅茶をひと口すすり、ウフフとにこやかに笑った。


 ちなみにこの企画はアクア様のお考えだ。

 先週会った際、わたしが、


「男なんぞ性欲でしか動かんアホです。アーサーもわたしを愛しているとはいえ、ほかの女に言い寄られればすぐ浮気するに決まってます」


 と言ったのに対し、


「そんなことないわ。アーサー君はあなたにメロメロよ。わたしくらいの美女相手ならともかく、そう簡単に浮気なんかしないわ。身もこころもあなただけのものなのよ」


 などとおっしゃった。それでいろいろ話した結果、


「じゃあ実験してみましょう。アーサー君が誘惑に耐えられるかどうか」


 ということになり、わざわざ嘘の約束までしてこの状況を作った。


 しかしわたしにはわかっている。

 アクア様は決してアーサーのこころを確かめようなどと思ってない。

 ただのいたずらだ。

 単にアーサーをいじめて遊びたいだけなのだ。


 なにせアクア様はいたずら好きだ。

 自分で「アクアリウスはいつだって、気まぐれでいたずら好きなのよ」なんて決めゼリフを言うくらいだ。

 まったく、恥ずかしくないのだろうか。

 もう三十を越えてらっしゃるというのに、よくもまあそんな子供じみたセリフが言える。

 わたしだったらたとえ金を積まれてもおことわりだ。


 そんなアクア様は魔法のポケットからクッキーを取り出し、サクサク食いはじめた。


「はい、お茶うけ。あなたもどうぞ」


「ありがとうございます」


 このクッキーはどこかにあるアクア様の拠点に安置されているものだ。

 それをこのお方は空間を繋げるという恐ろしく複雑な魔法を使うことによって取り出している。


 これほどのわざを持ちながら、することはいたずらなのだからなぁ。

 本当にしょうがないひとだ。


 ——レオ様ー、聞こえますか?


 不意にブローチからアルテルフの声がした。

 気づけばもう風の音はやんでいた。


 ——いまアーサー様はロビーにいるみたいですー。さっそくお漏らしさせちゃいますねー。

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