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魂売りのレオ  作者: 休止中
第一話
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貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす 三

「どうだ、似合うか?」


 レオはハンガーにかかったままの服を体にあてがい、言った。


 ぼくらはいま、街の服屋にいた。


 今夜ぼくらはアンサー家に忍び込み、ヴルペクラに魂を渡して儀式を見届ける。

 それにあたって事前に下見をしておかなければならない。

 だって、いざ侵入しようとして魔術師の警備にでも引っかかればひどく面倒なことになる。

 貴族なら警備を雇っていて当然だ。

 レオほどの魔術師ならなにが来ても敵じゃないけど、それで予定が狂うこともあるから、やはり下見はしておかなければならない。


「しかし”ザル”だな」


 レオはアンサー家の豪邸に入り込み、思い切り見下して言った。


「これで警備とは笑わせる。たしかにところどころ警報結界を張ってあるが、外だけだ。いちど中に入ればあとは好き放題じゃないか。ろくでもない魔術師団を雇ったものだ。ま、そんなものだろうと思っていたがな。本来ならあの女が召喚術を使った時点で警報を鳴らさなければならないのに、それさえ気づかないんだから、とんだうつけだ」


 結局ぼくらは”顔を覚えられない魔法”で(てい)に侵入し、ヴルペクラに会って今夜の段取りを話した。


「そう、その時間だ。真夜中その時間になったらまたおまえの部屋に来る。そうしたらわたしはおまえに魂を手渡し、その場で金を受け取り、あとはこっそり儀式を見届けさせてもらう。ひとが起きて来ないかって? なに、だれも起きやしない。わたしが起きないと言ったら、もうだれも起きないんだ」


 話が終わるとぼくらは邸を正門から堂々と抜け出した。

 当然貴族の玄関には見張りがいる。だけど彼らはぼくらを見てもなにひとつ(とが)めなかった。

 それもこれも”顔を覚えられない魔法”のおかげだ。


 この魔法はふだん使う魔法の中で最も便利なもののひとつと言っていい。

 これがかけてあると、どんな格好でも、なにがあっても目立たない。

 目に見えているのに、いないかのような存在になる。

 たとえるなら道端にある石ころを覚えられないようなもので、人間として目に映るけど、それは一切無個性の”人間”にしか見えない。

 もちろん”見えなくなる魔法”もレオは使えるけど、それだとむしろ魔術師や霊感持ちに見つかりやすくなる。

 見える人間にとっては見えないものの方が目立つんだ。だからレオはいつもこの魔法を使う。


 そんなわけでぼくらは下見を終わらせ、街でショッピングをたのしんでいた。

 なんせ決行は真夜中だ。

 いまはまだ陽がかたむきはじめたばかりだから、まだ時間はたっぷりある。


「どうだアーサー、こういうのもかわいいだろう」


「そうだね、すごく似合ってるよ」


 ぼくはそう言って、服を取っ替え引っ替えするレオをほめた。レオはきれいだからなにを着ても似合ってしまう。本人もそれはわかっていて、


「まったく、美人は損だな。これじゃ選びがいがない」


 自分で言うかなぁ……まあ、たしかにその通りなんだけどさ。

 レオは思ったことはなんでも言う。

 どんなひどいことも、どんな傲慢(ごうまん)なことも、一切隠そうとしない。

 ふつうなら相手が傷つくと思ってやんわり言葉を変えたり、言えば心象を悪くすると思って躊躇(ちゅうちょ)するようなことも、ぜんぶストレートに言う。

 そんなんだから、


「どうだ、うれしいだろう。こんなに美しいわたしのファッションショーが見れて」


 なんて平気で言う。

 自分で言っちゃダメだよそれは……うれしいけどさ。


「そうだ、これを着てみようか」


 レオはなにやら悪だくみするときの顔をして二、三着服を選び、


「ちょっと待ってろ」


 と試着用のカーテンに潜り込んだ。

 いったいなにを考えてるんだろう。あの顔じゃまたろくでもないことに違いない。

 そう思って待っていると、


「これなんかどうだ」


「わっ!」


 カーテンを開いたレオはスケスケの網みたいな服を着ていた。

 下着が半分以上透けていて、服と呼ぶにはいかがな代物だった。


「どうだ、似合うか?」


「ちょっと、外でそんな格好して……もしだれかに見られでもしたら……」


「おいおい、いま我々は目立たないんだぞ。そのことはよくわかっているだろう?」


「そ、そうだけど……」


 ああもう、なにかと思ったらやっぱりいやらしいことじゃないか。

 たしかにレオの言う通りぼくらはいま目立たない。

 それはよくわかっている。

 ぼくがはじめて”顔を覚えられない魔法”の説明を受けたとき、レオはその証明に道の真ん中で服をめくって、ポロンと胸をはだけて見せた。

 ぼくはしどろもどろになってわーわー騒いだが、それでもだれひとりぼくらに注目するひとはいなかった。


「どうだ、これが顔を覚えられない魔法だ。なんならぜんぶ脱いで見せてもいいぞ」


 ぼくはそれだけはやめてくれと止めたが、とにかくこの魔法にはそんな効果がある。

 もっとも魔術師すべてがこれだけの効果を出せるわけじゃない。

 レオの実力があっての効果だ。

 なまじ半端者のかけた魔法だと、服をめくった時点で大注目されてしまう。


 とにかく魔法のおかげでレオはストリッパーのような服を着ても平気でいられる。

 それはわかってるけど、やっぱりぼくは恥ずかしいよ。


 だけどレオはそんなぼくを見てたのしんでいるようで、


「フフフ、そんなに慌てて……なに? 見ているだけで恥ずかしい? 裸よりいやらしく見える? よし、買いだ!」


 そんな感じでいやらしい服を着てはぼくの反応を確かめ、結局ふつうの服を二着と、外では決して着られないような服を十着も買った。

 ふつう逆じゃないか? 外で着られる服を十着買って、恥ずかしいのを二着買うのがまともな人間の思考じゃ——


 ……いや、違った。ふつうはいやらしい服なんか一着も買わないんだった。

 一年近くもいっしょにいるせいでぼくも感覚が変わってきちゃったなぁ……


 服屋を出ると、レオは空を見上げ、


「アルテルフ、いるか?」


 と言った。

 すると上空からぴょおーと鷹の鳴き声が聞こえ、一羽の鷹がぼくらの前に舞い降りた。

 途端、鷹の体がにゅるにゅる伸び、膨らみ、五体が生え、数秒後には少女になった。


 アルテルフ——何匹かいるレオの使い魔の一匹で、レオに忠誠を誓うことで人間の姿を得て、しもべとして生活している。

 鷹としてはやや小柄で、それはひとの姿になったときにも反映しており、背は低く、体つきは細く、やや生意気な感じの目がくりっと可愛らしい。

 茶色い髪は両脇でリボンで縛り、ゆるくバラけるすだれのようなおさげを作っている。

 服は薄着で、ヘソは丸出し、スカートは太ももがほとんどあらわと、小児性愛者(しょうにせいあいしゃ)でなくとも目のやり場に困ってしまう。


 そんなアルテルフの仕事は上空の目になることと、レオが持って歩くのが邪魔なものを館まで持っていくことだ。


「アルテルフ、これを頼む」


 とレオが買ったばかりの衣類を差し出した。アルテルフは、


「はーい、お預かりしまーす」


 と言いながら、うやうやしくおじぎするように受け取った。

 すると大きく開いた襟の隙間から平たい乳房の先端が見えそうになり、


 ——うっ! いけない!


 と、ぼくは吸い込まれかけた視線をぐっと持ち上げた。

 騎士としてそんなものを見てはいけない。

 ぼくは男だ。高潔な騎士の末裔(まつえい)だ。ひとりの女を愛し、ほかの女を性的に見てはいけない。

 それもこんな少女を、ましてや覗きだなんて……


 しかしアルテルフはそんなぼくの視線に気づいたらしく、ニヤリと笑って、


「あれえ? アーサー様、突然空なんて見てどうしたんですかぁ?」


 と、わざわざ前屈みのままぼくの方を向いてきた。

 レオのしもべなだけあって、こういうことにすごく挑発的だ。


「え、ええと……いい天気だと思ってさ」


「ふーん、でも天気なんかどーでもいいよねー? それよりレオ様の服の方が興味あるでしょー? ほら、この服どう思いますー? 見てくださいよーねえー」


 見ちゃダメだ。

 そっちを見たら、きっと覗き込んでしまう。


「ねえー、無視するんですかー? こっち見てくださいよー」


「うっ……」


 ”無視”という言葉がぼくの耳に引っかかった。

 ぼくは無視がきらいだ。騎士として、ひとのこころを踏みにじるような行為は許されない。

 そう言われたら見るしかなく、視線を一瞬で服に合わせるべくバッと降ろし、


「う、うん。ぼくは好きだなぁ」


 自分でもわかるくらいうわずった声で言った。

 すると、


「ええー? こんな、恥ずかしいところがぱっくり開いたショーツがお好きなんですかー?」


「あっ! わわわ!」


 やられた! 二段構えだ!

 アルテルフはいつもイタズラばかりしているせいか、こういうことによく頭が回る。

 たぶん地上に降りた時点でこうすると決めていたんだろう。

 鷹はすごく目がいいから、上空ですでにショーツに気づき、ここまでのプランを組み立てていたに違いない。

 だって、そもそもひとの姿になる必要がないんだ。


 ぼくが慌てて目を白黒させていると、


「ハハハ。その辺にしておけ、アルテルフ」


 とレオが笑いながらたしなめた。


「はーい」


 アルテルフは素直に背を伸ばし、


「それじゃーまたなにかあったら呼んでくださいねー」


 と言って鷹の姿に戻り、いつのまにかリボンでまとめられた衣類を脚でつかんで飛んで行った。


 ぼくはやっと視線が落ち着き、崩れ落ちるように、ひざに手を置いた。

 体に力が入っていたからひどく疲れた気がする。

 ぼく、あの子苦手だ……

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