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魂売りのレオ  作者: 休止中
第八話
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聖者ははかなくも夢を語る 三

 ——おおーい、みんな〜!


 男の声は遠かった。

 それなりに大声を出してはいるが、力なく、弱々しい声をしていた。


「なんだ、あの声は」


 ぼくらよりやや先を行っていたレオたちが戻って来た。


「とりあえず我々に”見えなくなる魔法”をかけた。これで音を立てなければ見つかる心配はないが……」


 そう言ってレオは声のした方へ顔を向けた。

 よかった、どうやらぼくがおかしなことになっていたのはバレていない。

 あやうく道の真ん中でとんでもないことをするところだった。

 まったく、いくらレオの魂の一部とはいえ、こんな幼い少女にいいようにされてしまうなんて……

 騎士として修行が足りないな。


 そんなぼくを困らせたアルテルフは、なにごともなかったかのように背伸びし、


「あー、あれじゃないですか? ほら、男のひとが歩いてますよ」


 と遠くを指さした。


「む、本当だ。わたしの館の近くまで来れるとは、いったい何者だ?」


 男はボロボロの服を着ていた。

 パッと見四十歳前後で、髪とひげは茶色く、そこまで歳はいっていない。

 遠目にも痩せこけているのがわかるほどやつれていて、顔色も悪い。

 しかしそれでもかなりの人格者と見てとれそうな堅実な顔立ちをしている。


 おそらく聖職者だろう。

 ところどころ汚れ、破けた衣服には、翼の生えた猫”バードフィリス”の紋章が編み込まれている。


 男は両手を口の左右に添え、再び叫んだ。


 ——みんなー、返事をしてくれー! どこに行ってしまったんだ〜!


 どうやらひとを探しているらしい。

 しかし教会の人間がなぜ魔の森でひと探しなんかしてるんだろう。


 そんなぼくの疑問に答えるようにレオが言った。


「なるほど、消えたな」


「消えた?」


「ああ。魔の森はわたしの害となる人物を迷わせ、取り殺す。おそらくあの様子だと同行していた者たちがいなくなり、探し回っているのだろう」


「そっか……でもいったいなにしに森に来たんだろう?」


「知らん。が、興味はある」


「聞いてみる?」


「うむ。しかし顔を見られたくない。いくら森が許したとはいえ、そうやすやすと魔の森にひとが住んでいると教えてはいかん。さて、どうしたものか……」


 ふうむ、とレオはあごに手を置き考えた。

 別に森が許したんなら害はないんじゃないの?

 魔術師ってホント知られることに対して慎重だよね。

 慎重過ぎるくらいだ。


「そうだ」


 レオはポンと拳を左手のひらに置き、


「幻術を使おう。あいつに神を見せてやる」


 そう言ってレオは深く息を吸い込み、フーッとぼくらに細い息を吐いた。

 ほんのり吐息が赤みがかっており、魔力が混じっているのがわかる。


 それを浴びた途端、世界が変わった。

 ぼくは目に映る光景に驚愕(きょうがく)した。


「そ、その格好は!?」


 レオは女神になっていた。


 真っ白い長布を服のように体に巻き、首や手首、その他さまざまな場所に猫と翼のマークがついた装飾品を着飾り、頭には猫耳つきの冠をかぶっている。

 演劇で見る神の代弁者の姿そのものだ。

 もちろん腰のあたりからは猫の尻尾が生えている。


 そしてアルテルフとウォルフもおなじような格好だった。

 ただ、装飾品は胸のワンポイントだけで、冠と尻尾はない。

 これはたしか従者の姿だ。

 ということは、代弁者とその従者という設定なのだろう。


「な、なんだべこれ! どーゆーこったべ!」


 ウォルフはぼくらを見回し、自分の体を確かめた。

 よく見るとウォルフの狼のような耳が猫耳になっている。


「幻術だ」


 レオは言った。


「わたしがおまえたちに少し複雑な魔法をかけた。これでおまえたちには、特定のものがわたしの意図したよう見えるようになった。みんな似合ってるじゃないか。とくにアーサー、いつにも増してかわいいぞ」


 へ? ぼく……?


「あっ!」


 みんなを見てて気づかなかったけど、ぼくも従者の格好になっていた。

 な、なんだか恥ずかしい。だってこれ女のいでたちじゃないか。

 しかもすごくスースーする。

 どうやら視覚だけでなく感覚も操作されているようで、下着なしで長布一枚巻きつけただけだからやけに風通しがいいし、それに、その……大事なものがブラブラしちゃってさ……うわぁ、まいったな。


「フフフ、安心しろ。実際には元の服を着ているからポロリといくことはない。幻影の中で布をめくれば見えてしまうがな」


 げっ、気をつけよう。


「さて、それじゃあ訊いてみようか。おまえたち、ちゃんとわたしの演技に合わせろよ」


 男はちょうどぼくたちのいる方に歩いて来ていた。

 そこでレオは男の前まで行き、幻術の吐息を吹きかけた。


「ん……?」


 男は風を感じて立ち止まり、不思議そうにぼくらがいる方向を見回した。


 そこに、レオが言った。


(なんじ)、いずこへ行く」


「えっ!?」


 男の肩が跳ねた。

 しかしそれほど恐怖は抱いていない。レオの声は荘厳(そうごん)で、実にあたたかだった。


「汝、神のしもべがなぜ魔の森をさまよう」


「あ、あなたはだれでしょうか……」


「われの姿が見えんか」


 そう言うと、レオは”見えなくなる魔法”を解いた。すると、


「おおっ! あなた様は!」


 男はひざまずき、感涙せんばかりに目を輝かせた。


「そのお姿! バードフィリスの代弁者様ではありませんか!」


「そうだ。われは神の代弁者、翼を持つ猫たちからレオと名を授かった者だ」


「ああ、こんなところで代弁者様とお会いできるとは……なんという奇跡!」


 そう言って男は腰が砕けたように崩れ落ち、そしてひとこと、


「う、美しい……神族とはこんなにもお美しいのか!」


 それを聞くとレオはフフフと笑った。

 たぶん気に入ったな。レオは美しいって言われればたいがい機嫌よくなるからね。


 レオはさっきよりさらにあたたかい声で言った。


「その姿、神のしもべと見て間違いないな」


「ははっ、その通りでございます。わたくしは名をジェロームという、矮小(わいしょう)な神父でございます」


「そうか。ところでわれは最上猫様が天上よりうっかり落としあそばされたボールを探しに来たのだが……汝、ねずみとチーズの模様のボールをどこかで見なかったか?」


「いえ、残念ですがそのようなものは見ておりません」


「そうか……しかし汝はなにをしている。ここは魔の森、魔物が()(あや)しの土地ではないか。汝のような神のしもべがうろつく場所ではなかろう。見れば服も汚れ、身も細っているではないか」


「は、それが……なんとも不思議なことが起こりまして……」


「ほう、不思議なこととな。なにがあった」


「それが……仲間たちが突然消えてしまいまして」


 そう言った途端、ジェローム神父はうなだれ、めそめそと涙を流しはじめた。


「いったいなにがあったのか……わたくしは仲間たちと森を散策しておりました。みな敬虔(けいけん)な信者でございます。それが、この森に入って十分も経たないうちだったでしょうか……わたくしは天を見上げていました。この森の暗さをやや恐ろしく感じ、陽の光が恋しくなり、空はないか、緑の影の中に青い輝きがないかとやすらぎを求めました。しかしどこまで行っても鬱蒼(うっそう)とした森。光は葉を透かした淡いものしかありません。だがわたしには仲間がいる——それだけでも闇の中では心強いと思い、視線を元に戻しました。すると、なんとそれまでほんの手の届くところにいたはずの仲間たちが消えていたのです」


「ほう、それは奇怪な」


 とレオはいぶかしむように言った。


 へえ……それってもしや魔の森の空間魔法に捕まったのかな。

 だってこの森には悪さをするような魔物はいないし、ほかに理由が思いつかないもの。

 レオったらわかってるくせに演技がうまいなぁ。


 神父はさらに続けた。


「それが一週間前でございます。わたくしは消えてしまった仲間たちを探すためにあちらの川を拠点にさまよっていました。しかし一向に見つからず、昨日までは向こう側を探していたので、今日はこちらの方面を見ようと思い、こうして探し歩いていたのです」


 げっ、”こちら”ってレオの館がある方じゃないか。

 あちらの川ってレオの川のことだろう?

 じゃあここで出会わずに放っておいたら館まで来てたってことか。


「なるほど、理解した」


 レオは小さくうなずき、


「しかしなぜこの森に入った。ここは聖職者の来るような場所ではなかろう。いったいここでなにをしていた」


「はい、それは——」


 とジェローム神父は言いかけて、


「うっ……うぐっ、ぐぐ」


 突然お腹を押さえ、苦しそうにうめき出した。


「だ、大丈夫!?」


 ぼくは咄嗟に彼の傍に駆け寄り、うずくまる背中を支えた。


「お腹が……うっ、ううう……」


 どうやらお腹が痛いらしい。

 食中毒でも起こしたのか。体をぎちぎちに丸め、顔じゅうにあぶら汗が浮かんでいる。

 それを見たアルテルフが、


「レオ様、彼は神のしもべです。お救いになるべきかと思われますが」


 と、ふだんじゃ絶対口にしない落ち着き払った声で言った。

 するとレオは、


「うむ、ではこの男のために休憩所を作ろう」


 そう言って館の方面に手を伸ばし、


「館よ、いでよ」


 と叫んだ。

 すると館の方から白い輝きが現れ、いかにも遠くでなにかがあったかのように光が広がった。


「よし、いま向こうに館を建てた。アーサー、そこまで行くからこの男の肩を支えてやりなさい」


「わかった、任せて」


 ぼくはそう言って神父の腕をかかえようとした。

 すると、


「バカ者! いつになったら口の利き方を覚える!」


「えっ?」


「しもべがわれにそのような言葉遣いをしてよいと思っているのか!」


 え、なに? しもべ? ぼくはレオの夫じゃないの?


 ぼくがそんなふうに困惑していると、アルテルフがこそっと耳元で、


「アーサー様、演技、演技」


「あっ」


 そうか。そういう設定でやってるんだったね。ごめんごめん。


「申し訳ございません。ぼく……じゃなくて、えーと、わたくしがこの男を運ばせていただきます」


「う、うむ……」


 あー、なんかレオ苦い顔してるなぁ。やっぱりぼくは演技下手かな?

 でもしょうがないよ。騎士だもん。役者じゃないもん。それを突然やれって言う方が悪いよ。


 まあいいや。とりあえずさっさと館まで運んであげよう。

 苦しそうだし早く助けてあげなきゃね。

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